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いろいろ日記

2002年03月28日(木) �А,気茲覆�

もう 2度と行くまいと言う気持ちと裏腹に・・・
どぉしても HIROのHPへ 飛んでいってしまうわたしの心

HIROの側に居たかった
HIROの言葉を聞きたかった
HIROを感じていたかった

でも 前みたいに書き込んでも 心から楽しめない自分がいる。

それは誰のせいでもない・・自分の気持ちがしぼんでいるだけ・・

それから 直ぐにチャットの機会を得た。
短い時間だったけど 2人きりで 話すことができた。

わたしは 伝えたかった 思いを ぶつけた。

『HIRO・・あのね・・』

『ん?』

『わたしね・・HIROに教わったことで 実行してることあるんだ』

『なに?』

『メールはすべて削除する・・』

『それは 自分だけとっておくのが悔しいから?』

『違うよ・・・あると何度も読み返してしまって・・
心が残るから・・・・はは(^O^) たわいないことしか書かれてないのにね』

『でもね・・HIRO・・どうしても あのメールだけは 削除できなかった・・
「いつも通りだよ」って言ってくれたあのメールだけは・・・できなかった。
嬉しくって 泣いてしまったよ 』

『ほんとはさぁ あの日記書いた後 消えるつもりやったの。

でも・・・あのメールもらって どれだけ嬉しかったことか・・
ほんまに ほんまに嬉しかった。
 
HIRO・・ありがとう・・』




チャットを終えると わたしは あの桃井かおりと根津甚八の
ヘネシーの広告の詩をメールで送った。

『あんなぁ・・わたしね HIROとこんな関係だったらええなぁって
思てるねん。』


HIROからは なんの返事も来なかったが・・・きっと同じ思いだと
そう信じている。 今もそう信じている。




一日一日 同じように時間は過ぎていく・・
知り合ったばかりの楽しかった毎日も
好きになって苦しいばかりの毎日も
同じように 過ぎていく・・


ここに 留まっていても 自分が苦しいだけ。
HIROを独占することはできない。
HIROはみんなのヒーローなんだから。

いつか・・アリサが言っていた・・
残されたものの気持ちを考えることが大事だよ・・って。

ネットで寂しさを紛らし 楽しい時間を過ごすことが
わたしには必要だった。

でも それが できない今・・わたしは消えるしかないのだ。

残された者の悲しみを思いやるだけの 気持ちの広さや余裕は
ない・・・それっぽちの小さな人間・・・






いつの日か・・・笑ってみんなの前に 出てくることができるのだろうか?
今のわたしには わからない。

みんなみんな 大好きだった。
みんなみんな 大切なお友達だった。

忘れることはできない。
捨て去ることは引き裂かれるような痛みだ。

でも・・・わたしは この道を選ぶ。

さよなら・・みんな・・・。
さよなら・・HIRO・・。

大好きだった。

さよなら・・そして・・ありがとう・・。




きっと わたしは またいつの日か 
ネットの世界で 遊んでいることだろう

でも 自分から この居心地の良いみんなの所へ帰るつもりはない
再会を望みながら・・・強い自分になって 帰る事を夢見ながら・・

しばらく・・消える・・さようなら・・・


                          終わり


















2002年03月27日(水) �Α“詭�

わたしは 今まで誰にも話したことがなかった自分の事を
日記に綴ることにした。(3月1日〜19日の日記と同じ内容)

そして この日記を書き終えたとき みんなの前から
消えようと・・そう思った。

ネットの中で知り合い 大親友だと 信じているナッツ
それと わたしを一番 理解してくれてきたHIRO

2人にメールを送る。

「日記、また書き始めたんだ。
ちょっと痛い日記なんだけど・・・
よかったら 読んでね。
で、お願いがあるんだけど この日記の存在は
秘密にしといて欲しいんだ。
それから・・
感想とかは一切言わないで欲しいの」


HIROとは メールのやりとりは 随分とやっていなかった。
HIROの日記フォームからこのメールを送った。

それから しばらくは いつものとおり
彼のBBSで 遊ぶ毎日だった。

ある日・・・HIROとチャットをする機会が訪れる。

何かの拍子でメールのことになった。
わたしが送ったHIROの日記の感想メールが届いていないと言う。

「えーーーーーーーーー!!じゃぁ わたしの日記も読んでないの?
メールでURL送ったんだよぉ。。。 」

改めてHIROにURLを知らせた。

日記が核心に近づいてきたある日、わたしは一気に書き上げた。
涙でボロボロになりながら 辛い過去を吐き出した。

脱力感でもう何も考えたくなかったが・・・
最後の力を振り絞り お別れのカキコに行く。

HIROにはメールした。

「一気にUPしたんで 疲れた・・・
しばらく お休みするね・・」

わたしは そのまま お別れするつもりだった。




その日・・・HIROは一日中 講習を受けていて
相当疲れていたはずだった。

それなのに あの日記をスベテ読んでくれた。

そして すぐに HIROから メールが届いたのだった。




「全部読んだよ。あれ読んだら普通の人だったら
気軽に冗談も言えなくなるだろうけど じぶんは普通じゃないから
今まで通りだよ。・・・・・・
自分の好きな時に行きたいとこに行く・・今のスタイルでいいんじゃないかい?
HIROのHPばぁっか行ってって言われてもしょうがないじゃん。
ワシ おもろいもん。 なぁ。」





あったかい言葉に 泣き崩れてしまった。

HIROのことを好きになったことが
幸せだと感じられた。

そこには まだ 踏ん切りつけられない自分がいた。


それでも わたしは
HIROやみんなのURLを削除した。

だが 
直ぐに元に戻したり・・・
他のお友達の日記を検索してリンクで飛んでったりした。











2002年03月26日(火) �ァ_,郡鵑擦詛�



その間 HIROのHPで動きがあった。

HIROがどんな心境の変化を起こしたのか・・
定かではないが 自分のHPを皆に公開したのだった。

メールで HIROは こう言った。




『実は 閉じるつもりなんや 自分とこ。
その前に まぁ 皆が 知りたがってたみたいやから
公開したってわけや・・』





ドッと人が押し寄せる・・彼のHPへ・・・






その中に どうしても 来て欲しくない人がいた。




それは わたしの醜い心・・・・ちっぽけな汚い心・・・・

絶対言えなかった・・・わたしの本心。

彼女とHIROが仲良くやりとりしている場面を
悔しさとせつなさと嫉妬の炎で読む・・・






ある日 彼女の日記に どうしても 許せないことが
書かれていた。
それは子どもに関すること。

わたしは ついつい マジになってしまう。
メールも出した。

それは 本当に 彼女の子どもの事を思っての行動だったが・・
でも 何処かに これで 彼女とわたしの交流を絶つことが
できる・・・という気持ちもあったのだった。


しかし・・・彼女はわたしに向けて感謝していた。
本気で考えてくれて嬉しかったと感謝していた。




自分の醜い心に・・・わたしは泣いた。




彼女と知り合い・・・彼女の影響を受け・・
彼女からネットの楽しさを教えてもらい・・
一緒になって 怒って 泣いて 笑って 

わたしの為に チャットもつけてくれたんだっけ(笑)


そんな日々をともに過ごしたことさえ忘れていた。
醜い嫉妬心で 何も見えなくなっていた。




彼女はいろんな問題を抱えている。

わたしは繊細で明るくって優しい彼女が大好きだった。

今 平常心になり・・・彼女への気持ちも穏やかな
春風のようになれる自分がいる・・・



それが この先の自分にとっては 嬉しい心境の変化であった。

彼のHPは一旦閉鎖してしまった。
・・・が みんなの強い要望で また復帰することになったのである。

 
皆・・・彼の魅力に囚われた。
皆・・・彼のことが大好きだ。

彼に対してのラブコールは日増しに強くなっていった。
いろんな女性が彼を慕っていた。

もしかしたら・・・わたしだけがマジになっていて
彼も彼女達もただネット上で軽く遊んでいるだけかもしれない・・・

それでも そんな様子を見るのは哀しかった。

けれども 以前のような嫉妬心は不思議なくらいなかった。

ただただ 言いようもない悲しみと寂しさが心を締め付けているだけ。




わたしは・・・また日記を書き始める・・・・





2002年03月25日(月) �ぁ�HP事情




 


わたしは 一番最初に開いていたHPを再度UPすることにした。

それは・・・すべて HIRO の為。

HIROに わたしを 知って欲しかったから。

このHPでも たくさんの想い出ができた。
楽しくって楽しくって・・・・幸せだった。






 12月に入ったある日・・・
風邪でずっとお休みをしていた真ん中の子の様子が
おかしくなっていく。
風邪は ほとんど 良くなりつつあるのに
学校に行かなくなったのだ。

いや 行かなくなった・・というより行けなくなった・・
といった方が正しいかもしれない。

わたしは 途方に暮れた。

ネットに夢中になり 子どものSOSに
まったく気づいてやれなかった自分が悔しかった。

何度も学校に無理やり連れて行き・・・
その度に逃亡する子ども・・

パート先に教頭先生から 心配する電話がかかってくる・・・
早退して・・・

家に居る子どもを見て ホッとするだけで
あとは なす術もなく・・・

子どもの暗い顔を見るのは辛かった。

わたしは決意した。

学校なんて 別に行かないなら行かなくてもいい。
行けるように 応援はするけど
行けっ!と強制することはやめよう・・・・と。

そして 子どもと向き合う為に 一旦 自分のHPを
休止した。ネットのお友達のHPへ遊びに行くのもやめた。

わたしの気持ちの切り替えが いい方向に向いたのか・・
子どもの様子も変わって来る。

「休む・・」とグズグズ言う日も 少しずつ減ってきていた。

わたしは又 ボチボチっとネットを始めた。。。








それは 冬休みが終わってしばらくしてからのことだった。 

長女のお友達が わたしのHPを親子で覗いていることがわかった。

そこのお母さんには前のURLは教えていたが 
このHPのURLは まったく新しくなっている。
どうやら 以前のお友達のリンク先から飛んできたようだった。

気の合う人だったら 別に構わない。
シャレのわかる人だったら 気にならなかったかもしれない。

だが 明らかに わたし達親子に 一物 持っているのが
わかるような・・・そんな・・・親子だった。

表面上はすごくいい人だったが 役員の仕事を一緒にやって
彼女の裏表の落差に愕然とした思いをもっていたので
わたしは このまま HPを続ける勇気がなくなって行った。

そして 計画的にHPを閉鎖した。

ネットも しばらく ロムだけになっていく。










2002年03月24日(日) �� 欲望

HIROとは お互いのBBSでのやりとり以外でも
メールやチャットでも遊んでもらった。

なんで こんなに感性が似ているのだろう?

楽しくって楽しくって・・・

彼との時間は至福の時間だった。。


HIROの言葉 カキコ 覚えてる

HIROとやったチャット 
胸がどきどきする二人だけのチャット 忘れない

HIROと交わしたメール・・たわいないことしか書かれてないけど
私だけの為に 時間を作って 書いてくれたメール 嬉しかった

二人の仲は友達だ。

わかってるはずだったのに・・・
それ以上の気持ちをもってしまったのは私。


ある日・・・・

アリサとわたしとHIROの3人でチャットをした。

HIROのアリサに対する気持ちがジワーッと伝わってくる・・
様な・・そんな気がした。

ものすごい嫉妬がわたしの心を焼き尽くす。

居ても立ってもいられず・・・
チャットから抜けた。

『風邪ひいたみたい・・・2,3日寝とくわぁ・・』

彼のBBSにそう残した。

『はよ よく なしてや』

そんなレスがついてた。

なんの涙だったのだろう・・・・
泣けて泣けて。

発作的に自分のHPを閉じてしまった。


『HIRO・・ごめん 消えます。
     HIROとの時間 とっても楽しかったよ。
     楽しすぎて・・・辛くなった。

     HIROのメール嬉しかった

     HIROとのチャット ドキドキしてた

     BBSでのやりとり 笑いあったね

 HIROのことが・・好きになって・・好きになりすぎて
 辛くなった。

 もう ここに居ることが 辛くなってしまった。

 きっとHIROが 他の女の人と仲良くしているとこ見たら
 焼もちやいて・・・すごく見苦しくなると思う・・・
 そんな自分をHIROに見せるのが嫌なの。
 だから 消えます・・
 
 ごめんね。 さよなら。
          そして 今まで ありがとう。』


・・・・送信ボタンを押す・・・・


わたしは ネット親友のナッツと、
知り合ったばっかりのケンちゃんの2人だけと
交流した。
当時の ケンちゃんのHPへのお客様は 極わずかだった。
ここを隠れ家にさせてもらった。
ケンちゃんは優しい男。
なにも理由は聞かず 慰めてくれ 励ましてくれた。

心の穴は埋まらなかったけど 2人のお陰で
悲しみは癒されていた。



もう2度と覗くまい・・と思っていたHIROのBBSには
わたしに向かって 呼びかけてくれるHIROの書き込みが
何日も続いていた。。。。

わたしは たまらなくなって アリサにメールする。

『なんで?なんで あんなんカキコするのん?
せっかく 忘れようと思ってたのに・・・
わたしの気持ち 全然わかってくれてへん・・・』

アリサからの返信は・・・

『わたし・・アンのこと嫌いになりそうだよ。
  アンは自分の気持ちばっかり・・・

  HIROのことを 本当に好きだったら
  HIRIOの気持ちをもっと思ってやって。

 このままじゃ HIROは 他の女性に冗談も言えなくなってしまうよ』

ガンっと殴られた思いだった。

そして やはり HIROの側に居たいと思っているのは
自分自身だということに気がつく。

HIROにメールで謝った。
BBSにも普段とおり 冗談を書き込んだ。

すぐに HIROからメールが来た。

『心配してたんだよ。いてくれてよかった。
 BBSで呼びかけたカイがあったよ・・よかった。

あんなぁ・・アン・・・
ネットの中で出会って 好きになっても 
    SEXできるわけでも
      結婚できるわけでもない。

ネットやりながらでも 自分の気持ち 整理して行けるんじゃないか?』


わかってる・・・わかってるってば・・・

HIRO・・・・結婚したいわけじゃないよ・・・
      SEXしたかったわけでもない・・
      

ただ・・・ただ 私を見ていて欲しかっただけ
わたしだけを 見ていて欲しかっただけ・・・・・




・・・・・・・・・・・・・・・続く







2002年03月23日(土) �◆ ̄�れ家



HIROはおもしろくって楽しい奴。
彼とのBBSでのやりとりは 新鮮で わたしのツボを
しっかり押さえてくれた。

突っ込んだり ボケたり エロネタ 言ったり
毎日 彼の書き込みが 楽しみで 心待ちだった。

ある日 ひょんなことから 彼には 彼の隠しHPがあることを
知る。

「見つけてごらん〜♪」

という彼の言葉に探してみるものの 
なかなか見つけることは出来なかった。

なかば 諦めていた時・・・・
彼と初めて出合ったHPの管理人である彼女・アリサからメールを
もらった。



「HIROのアドレスはここよ。彼、待ってるから・・・」



彼のHPは限られた人のみが通う隠れ家的存在だった。





彼はアリサの為にそのHPを作ったようだった。
アリサのところはいつも賑わっていた。
彼女自身ホッと息抜きできる場所が必要・・・
と思ったHIROの優しさからできたHPだった。(と思う。)

それから・・・・毎日毎日 わたしは 彼のHPに通い始める。

一日に何度も彼のBBSに行き・・・
彼のレスを読み返し・・・

HIROもわたしのHPに通ってくれた。

わたしとHIROとアリサの3人の充実した関係はとても
気持ちよかった。
わたしはHIROもアリサも同じくらい大好きだった。








人の気持ちはどこでどんな風に変わるのだろう・・・・・
そのきっかけは ほんの些細なことだと思う。







気がついてみれば 自分にとって なくてはならない存在であり
忘れられない人になっていた。





HIROを・・・・好きになっていた・・・・・





      ・・・・・・・・・・・・・・・続く







2002年03月22日(金) � |僕�達

 
こんな広告が雑誌にあった・・・
     根津甚八 の ヘネシーの広告 




     〜桃井かおりが来る〜

『桃井かおりは、男女の友情が好きである。

恋愛にはいつか別れが来るが、
いい温度にさえしておけば、友情は一生持つ。

それはさながら、 いつでも入れる心地よい温泉を
ずっと持っているようなものだ、 とさらりと言ってのける。

僕はそんな彼女との友情をこよなく愛している。
なぜなら、その温泉にはいつも
とびきりの美酒がついているからだ。・・・・・・・・・・・』

                             


わたしには こんな友情を感じる男友達がいる。






以前、HPを開いていた。

ある日 あるお友達のところで 偶然出会ったのが
彼だった。

その時の出会いは ただ お互い 挨拶を交わすのみ。

そのすぐ後・・・
わたしは HP を閉じてしまい 彼との縁は切れたかのように
思えた。
いや 彼のことなんか 全然 その時点では 頭の隅にも
残ってはいなかった。


それから 半年・・・

わたしは 又 ネットを始める。

初めは 以前のお友達の所をまわっていた。

でも やはり それだけでは 我慢できなくなり
日記とBBSだけの簡単なHPを作ったのだった・・・・・


                     
楽しかった。
以前のお友達以外にもどんどんお友達が増えていき
ネットでの交流はわたしの生活に色をつけてくれた。

ある日 わたしのBBSに ある人が書き込みする。

初めてのお客様は嬉しいものだ。

そして 大切に していきたいと思う。

それが・・・彼との再会だった。

彼のHNは HIRO・・・







・・・・・続く




2002年03月21日(木) 醒めるわたし

ネットってさ、知らない自分を発見できるとこ。

なのに 自分の過去や 現実の自分を 暴露してしまって・・・
だんだん秘密の部分がなくなっていって・・・・

そうしたら とたんに 醒めていくんだよねぇ。

知られてない自分をわかるよに わからないよに 表現していく楽しみが
なくなってしまったんだもん。

もぉ消えようかなって思ってる。。。
もぉBBSにカキコにいくのにも 疲れてしまった。。。








2002年03月20日(水) 礎。

いろんな人と巡り会った。
恋をして 失恋し・・・。

楽しかった思い出も 
嬉しいと単純に喜んだあの素直な気持ちも
悲しみにうちひしがられた出来事も
せつなくって 辛くって 泣いてたあの日のことさえも

自分の中できっといい礎になったと・・・

そう思う。

そう信じてる。








2002年03月19日(火) 16・・・昇天

わたしは 父の 姿が脳裏に浮かんできた。

父は浄霊師がイメージで送った真っ白い装束を
身にまとっていた。

あの時のボロボロの父ではなかった。

いつもわたしの事を心配していた 優しく 穏やかな顔の
父だった。

でも まだ踏ん切りがつかないようで 
なかなか 船に乗ろうとしない。

『おとうさん・・だいじょうぶだよ。
じっちゃんのことも ばぁちゃんのことも おかあさんんことも
おみせだって・・わたしたちのことも・・・心配しないで
ちゃんと やっていくから そっちの世界で見守っていて・・』



終わった・・・と思った。

脱力感が押し寄せてきた・・・と思っていたら・・・

心に フワーっ と舞い降りた・・・

懐かしい思いが 舞い降りてくる・・

浄霊師はわたしの気持ちにお構い無しに浄霊をはじめた。

『・・・・ジロー・・・・』

どうして?! なんで あなたがここにいるの?!



ジローは ずっと昔 恋人だった人。
愛して愛してやまなかった人。

何故?どうして?

ジローのこころは落ち着いていた。
春の日差しのようにあたたかに感じられた。

ずっと このまま ジローを感じていたかった・・・・。

ふっと辺りに ジローのコロンと煙草の混じった香りが〜
けれども それはすぐに 消えた。

そして 浄霊は 終わった。 



 
 
 
 
 
「先生・・・最後の方は・・・」

「ここで起きて そして終わったことは 何も聞かないほうが
良いのですよ。 みな ご成仏されていきました。
よかったですね。」

「はい・・ありがとうございました・・・」


わたしは 涙と汗でぐちゃぐちゃになっていた。
着ている服も乱れていた。


 
 
 
  
不思議なことに それまで 重く重く重かった頭や肩が
すーっと軽くなっていた。
そして くよくよ めそめそ していた気持ちも 
吹き飛んでいた。

待合室に下りると 先ほどわたしの前に浄霊してもらっていた
人がいる。

あの暗かった顔は微塵もなく 底抜けに明るい笑顔で
おしゃべりしていた。

わたしは お布施を払うと 街に 出る。

ショーウインドウには 見知らぬ自分の顔が映っている様な
気がした。






その後 わかったこと

ジローはガンに侵され わたしの父が亡くなる数年前に 亡くなっていた。
誰とも結婚していなかったそうだ。

ジローのお母さんも ジローが亡くなると
後を追うようにして 亡くなったと言う事だった。

                        終わり。







2002年03月18日(月) 15・・・浄霊

 
 
 
ビルの一室で待つ。

順番に消えていく人たち。
みな 一様に 暗い顔 だった。

「わたしも あんな顔してるのかなぁ?」


わたしを担当してくださる方がいらっしゃったとのことで
エレベーターで別の部屋に向かう。

お香の香りが ぷぅん と漂っていた。

一対一で机をはさんで 座る。

別に何を聞くわけでもなく その人は こう言った。

「今から起こること、やることを 信じる気持ちがないと
浄霊はうまくいきません。信じれば救われていく・・・
苦しんでいるご先祖様も喜ばれ昇天できるのです。」

わたしは 本を読んで傾倒していたし もともと こういうものを
現象を信じるタイプだったので

「はい」

と答えた。


「では ご自分の胸の前に 手と手を合わせて下さい。
目は軽く閉じて・・・ 」

その方が 昔のいにしえ言葉をつぶやきだした。

「おんまーたはーら あまのはらに・・・・・・」

しばらくすると 自分の頭がググっともちあがっていく。
そして まばゆいライトを浴びせられたかのような
光りが燦燦とわたしに向かって降り注がれていく。

不思議な体験だった。

自分の意識はしっかりあるのに 別の意識がどんどん出てくるのが
わかった。

その一人一人を慰め 愛の言葉で 霊界へと送る。

初めは フンっとそっぽを向いていた ご先祖様さえも
最後は 感謝して 霊界へ行くのがわかった。

そう いろんな意識、気持ちが、自分の心で感じられるのだった。

苦しさ、嘆き、辛さ、痛み、悲しみが 歓喜と感謝 に変わった時
地獄の底から 天霊界に吸い込まれるように 昇華していく。

一人一人の苦しみを一緒に悲しみ、慈愛の声をかけ続ける・・・

もう随分と時間がたったに違いない。

わたしの身体は霊に反応して 泣いたり ぐるぐる回ったり
震えたり 寒くなったり 熱くなったり 

それでも 嫌な感じではなかった。

みんながみんな 喜んでくれるのがわかったから。





そして 父 だった。

わたしには はっきり わかった。

涙がとめどなく溢れる。

浄霊師と父のやりとりは 家族しか 
知らないようなことばかりだった。

父は どうしても行きたがらなかった。

私のことが 心配で心配で 

そして 今 痛みと苦しみの地獄で辛くて辛くてたまらないと・・

わたしは心の中で父にずっと話し掛けていた。

『おとうさん・・・天霊界に行ってください。
みんな 大丈夫です。 みんな おとうさんが 
そちらで 見守ってくれてると信じてるから・・・
大丈夫だから・・・・
そんな 辛いとこから 早く抜け出て・・・』  と。。。







2002年03月17日(日) 14・・・供養

 
 
わたしは 霊の世界を信じている。

 
 
 
それは 不思議な体験だった・・・。

父が亡くなり、しばらくすると、
心に誰かの声が聴こえて来る。

それは いつも 重要な決断の時だった。

しかし わたしは ことごとく その声とは反対の事ばかり
やっていた。
その結果は無残なものだった。 
 
 

ある日 ふと手にとった 本にのめりこんだわたしは 
そこが主催している ある支部で 浄霊 してもらうことに決めた。

別に悪霊がついているとか そういう感じではなかったが
‘先祖供養’のところに惹かれたからだ。

いろんなご先祖様が苦しんでいる・・そのご先祖様を供養して
天霊界に導いてやる・・・・

わたしは そのご先祖様の中には 
きっと 苦しんでいる父がいるかもしれないと
思っていた。





何故 父が苦しんでいると思ったのか・・・

父は 轢き逃げされて亡くなってしまったが、
もしかしたら 借金苦で 自殺したのではないか・・・
という思いがぬぐいきれなかったからだ。

 
 
 
  
現実のこととして それまでの借金は 保険金で
チャラになったし みなに 幾ばくかのお金も入った。
まぁ 今となっては すべて水泡に帰してしまったのだが。(苦笑)

わたしは  浄霊を初めて体験した。 
 
 
 
 
 
 
そして・・・・
  

 
 
 
  
そこで・・・・

 
 
 
 
 
  
驚くような再会をするのだった。
 
 
               ・・・・・続く




2002年03月14日(木) 13・・・失敗

株の情報誌には 小さい所まで眼を通していた。

ある日、気になる記事があった。
コラムのようなところだったが なんかひっかかった。

わたしがつぎ込んだ会社に関連しているような気がした。
顧問会社に確認するが 「いや そんなことはありません」
だけだった。

売ろうか・・・このまま 塩ヅケか・・・

躊躇していたら・・・そこの会社の社長が 逃げたっ!
株はますます 急降下した。

投売りして・・・

そして あの 一千数百万とそれまでの利益は パーとなったのである。




それは 年末のことだった。
わたしは フラフラになり 寝込んだ。

そして 後悔した。死にたい。死ねば楽になる。
本気でそう思った。

ブキに すべて 話した。

様子がおかしいわたしを気遣い
ブキは責めることはしなかった。

唯一の救いは ブキや子どもの貯金に 手をつけなかったこと。

しかし その後
ブキも 株で失敗し 我が家の資産は10分の1になってしまう。
 
 
 
 
わたしがもらったお金は
よくよく 考えれば 初めは なかったお金だ。
お金に振り回され 亡者となって 他人を責めることばかりしていたが
結局は自分がやったこと。

やっと 最近そう思えるようになってきた。

健康で 借金もなく 働ける・・・それだけで幸せだと・・・
やっと思えるようになっていた。


・・・・・続く





2002年03月12日(火) 12・・・過ち 

わたしにも一千数百万のお金が入り込んできた。

わたしは どうしても このお金を増やしたかった。

そして それまで 細々とやっていた株に 300万つぎ込む。
その株は倒産寸前 急騰し 半年で 300万が600万になった。

欲が出たわたしは もっともっと増やしたかった。

決してお金の亡者になっていたわけではない・・・
いや・・なっていたのかもしれない・・・

素人同然だったが 本やメディアからの情報で 
なかなかの利益をあげていた。

そう・・・あの日が来るまで・・・・




わたしは不安だった。

そこで 投資顧問会社に任せてみることにした。

初めは500万だけだった。

30万円の顧問料を支払い 投資する。

が 一向に上がらない。

上がらないばかりか 下がってきている。

1ヶ月後、電話がなる。

『極秘情報があります。最高級の会員にだけ教えられるもので
1ヶ月後には3倍になります。あと100万円振り込んでください。』

馬鹿なわたしだった・・・・

そして その情報を元に お金をつぎ込んでいく・・・


           ・・・続く




2002年03月11日(月) 11・・・最悪の日


手術は何度も繰り返された。
両足も切断された。
意識はあるはずもなく・・・

頭蓋骨も骨折していたそうだが 幸い脳が小さかった為
脳自体には傷は見当たらなかったそうだ。

しかし 身体の方は もう極限状態だったのだろう。

・・・2月3日・・・

最悪の日が訪れた。

朝 11時45分 死亡確認。
家族が見守る中、 医師が心臓マッサージを繰り返す。
何度も何度も 強い力が 父の胸を 押す。
 
 
 
 

わたしは この時初めて ICU に入った。 
みんな、わたしが入るのを止めたし わたしも 父が元気になると
信じていたから あえて入らず 待合室のソファの上で 待ち続けていた。

 
 
 
そこにいた、、、 
父は・・・・父ではなかった。
 
 
  

伯父が言った。

「先生。もういいです。もう充分です。有難うございました。」
 
 
 
 

嫌ぁっ〜〜〜〜〜〜〜。。。。。。。









2月5日・・・・・

お葬式は2月5日
      暖かい日だった。

わたしとブキの結婚記念日・・・

それ以来、祝う事をやめてしまった記念日。

社葬でおこなわれたお葬式は500人近くの人が
見送ってくれた。
盛大なことが大好きだった父は最後の最後まで
豪快に終わらせた。

祖父と祖母の様子は 見ていて辛かった。苦しかった。
一人息子が年老いた自分達より先に逝くことの哀しみ。

自分が親になってからこそ わかる痛み。

幾晩も幾晩も床に伏せっていた。

父は法人の生命保険に入っていた。
何億というお金が入り 会社の借金はすべて返済された。
倒産は免れたが 残ったお金に 全然知らない人たちが群がった。








2002年03月10日(日) 10・・・事故

「アン・・」

・・・・母からの電話だった・・・・

そして すぐに弟に代わられた。

「姉ちゃん、オヤジが事故って 今 病院。医大の救急の方。
今 手術中やけん。 」

「えっ?!!!」

「大丈夫。心配ないけど、一応報告と思って。」

落ち着いた声だったが わたしは胸騒ぎがしていた。

ほんの 1週間前、父と母は我が家にやってきて
一緒にお昼を食べたばかりだった。

その時何故か急に 実家に行きたくなり そのまま 子ども達と
一緒に両親のもとで一泊したのだった。

翌日 我が家に帰るとき 父は果物を並べていた。
わたしは 後ろからそっと近づき・・・

「お父さんっ! じゃ、帰るけんね。」と笑って言った。

父はニコリとすると お店の前まで出てきてくれ
わたし達が見えなくなるまで 手をふってくれていた・・・・・・。
 
 
 
 

わたしは 子どもを連れ、電車に飛び乗った。


      

     



病院には家族ばかりか 親戚一同が集まっていた。

手術は長引いた。

わたしは 知らなかった。
父の怪我がどれくらい悲惨なものだったかということを。。。

ひき逃げだった。

2日後 その男は捕まった。
事故の常習犯だった。
 
 
 

早朝、市場に出かけるために 駐車場へ車をとりに行く父。
 
県道を渡る父に向かって
100kのスピードで10トントラックが突っ込んできた。

父は自動販売機の横にボロキレのように吹き飛ばされた。

そのまま 1時間以上も・・・・誰にも気づかれず・・・
父は冷たいアスファルトの上に 放置された。

救急車の中で意識が戻り 立ち上がろうとしたそうだ。
弟と母は必死に押さえ 祈った・・祈り続けた・・

病院までの道のりが 異様に長く 果てしない時間に思えた・・・




・・・続く
     



2002年03月09日(土) 9・・・からまわり

お店は繁盛していた・・様に見えた。

いつも お客さんが一杯で忙しかったし
遠方からいらっしゃる常連さんもたくさん居た。

日曜日は朝7時に開店して 朝市をしていたこともあった。
そんなに早い時間でもお客様は来てくれ、朝市は午後1時まで
長い列が続いていた。
美味しいお茶をふるまうとお年寄りは喜んだ。

夕市では 金魚スクイやヨーヨーつり、花火大会等のイベント。

どこで どう狂ったんだろう・・・わたしには全くわからなかった。

別会社の業績も落ち込み 父の苦悩は 傍目で見てもわかるくらいに
なっていった。
人相も変わり・・家族や仕事の憂さから逃げるように
女や酒に走っていった。

それでも わたしや孫には優しかった。
穏やかで優しいおじぃちゃんだった。

父はお店と別会社の社長のほかにもうひとつの顔をもっていた。

それは あるスーパーチェーンの九州支部長というものだった。
父はその仕事にのめり込んだ。

もう その頃は 弟2人が お店の切り盛りをしていたが
借金の額は一向に減らなかったようだ。

わたしは知らなかったが 家族会議を何度も開いたそうだった。

父は 「自分のやり方が悪くて こうなってしまった・・」
と うなだれる。

その姿を見たら 弟も何も言えず ただただ 借金を減らすよう
頑張ってやっていくしかない・・・そう思うだけだったそうだ。








       1月31日 朝10時半。

          電話が鳴った。



              ・・・・続く





2002年03月08日(金) 8・・・転勤・転勤

急に転勤になる。

その時 わたしは長女を身ごもっていた。

ブキは会議で毎月大阪に行く。

そこで どうしてそうなったのか
わからない・・・・知りたくもなかった・・・・・
ただ事実は事実として横たわっているだけだ。

過去のこととわかっていても
       胸の奥にチクリと針がさす。

わたしは許していないのかもしれない。
 
 
 
 

・・やっぱり・・・この事は 
           今の わたしには まだ書けないや。







結婚して わたしは わたしの両親といい関係になった。
両親は時々 うちに 泊まりにやってきた。

そして 帰り際 必ずブキとわたしに こう言った。

「仲良くして、幸せに暮らすのが一番。」

穏やかな父の顔があった。
 
 
 
 

それから4年後・・・福岡に転勤になる。

楽しい毎日だった。
嫌なことは考えないようにしていた。

ブキと心をわって話したわけではない。
それどころか ブキは わたしが一連の事実を知っていることさえ
知らないだろう。

それで いい と思った。
優しくあったかいブキが側に居てくれるだけで・・
それだけで いい と思った。
 
 
 
 
 

ある日 母が 言った。

「今、大変な状態で・・・お店の経営が・・・借金が・・・・」

その借金の額は億を超えていた。






2002年03月07日(木) 7・・・桜並木

わたしたちは 大阪城が見えるマンションに住んだ。
大阪城公園がすぐ側で 春になると 桜が満開だ。

毎朝、ブキとわたしは 手をつないで 桜並木の中を歩いた。

ハラハラと花びらが落ちる・・・

肩に落ちてきた花びらを そっと 手に取り 
フッと飛ばしてみた。

その先には 変わらぬブキの笑顔があった。




               ・・・・続く







2002年03月06日(水) 6・・・離婚・・・結婚・・・

ブキの過去・・・・

わたしは何も聞かなかった。
ブキもわたしに何も話さなかった。

ただ一言 「終わったこと」 とだけ言った。

わたしはブキを信じた。

2月5日 二人は結婚する。

ブキは優しかった。

わたしは幸せだった。

愛していた。

愛されていた。

あの日のことを知るまでは 信じていた。
疑うことはなかった。







ブキの職場はブキが婿養子として入った家の
近くにある。
中くらいの工場を経営していたそうだった。

一人娘のその人と結婚し 女の子が産まれた。

前妻の両親はブキに 『会社をやめ 工場を継げ』と迫った。

結婚する時は 『工場はやめるんで 二人は二人で
やっていくように』・・ということだったのに。

前妻は親の言うなりだった。

そして 別居し 離婚に至った・・・

これは すべて 叔母から聞いた話。
スベテの情報は叔母からもたらされた・・・
聞きたくないことも・・なにもかも・・スベテ・・・



              ・・・・続く



2002年03月05日(火) 5・・・幸せの涙

ブキは大阪の叔父夫婦と一緒に挨拶に来てくれた。

わたしの家では みんな赤くなったり青くなったり・・・

とっくの昔に別れていると思っていた二人の仲が
そんなにまでも 盛り上がっていることに
家族は動揺していた。

けれども わたしは以前のワタシではなかった。

『ブキと一緒にいたい』
『ブキの鼓動を聴いていたい』
『ブキと一緒に笑いあいたい』
『ブキに幸せになって欲しい』

・・・そう そして わたしも幸せになる・・・・
 
 
 
 

不思議なことに ブキと会うまでは 絶対に許さん! と息巻いていた
父親が・・・・いつの間にか ブキと一緒に笑いあっていた。

わたしは 嬉しくって ホッとして 不安が喜びに変わり・・・

そして 

堤防の堰が崩れていくように 涙があふれだした。


                    ・・・・続く




2002年03月04日(月) 4・・・逢瀬

二人は密かに逢瀬を重ねた。

ブキは 大阪から 1週間に1度 訪ねて来てくれる。
土日が忙しいわたしの都合にあわせ ウィークディに
有給をとって 逢いに来てくれることもあった。

身体の関係が深まり お互いの気持ちも高まってきたある日・・

ブキは言った

   「結婚したい」 と・・・

わたしに迷いは なかった

 雷が鳴り響くラブホテルの一室で
            初めて 女の喜びを味わった遠いあの日





                  ・・・・・続く



2002年03月03日(日) 3・・・ふたり

二人はまた付き合いだした。

ブキは あの別れの電話の後、わたしの家のすぐ側まで
来たが 会う勇気がなかった そのことを ずーっと
後悔していたが 自分から 積極的に動くことはできなかった
どうしても 自分の過去が(×1)ひかっかって動けなかった
と話し、わたしの電話をすごく喜んでくれた。

ある日 わたしはブキに言う。

「今度 そっちに行っていい?」

4月の末、叔父の紹介で初めて出会って 約1年が経とうとしていた。
 
 

久しぶりに見る顔。聞きなれた声。優しい笑顔。あったかい言葉。
 
 

・・・・・・・・その夜、二人は結ばれた・・・・・・




                 ・・・・続く





2002年03月02日(土) 2・・・06-■※☆-・・・・

ブキ(旦那)は何も言わなかった。
いや 言えなかったのだろう。

わたしたちは こうして別れた。

たった 数ヶ月の付き合い・・・
お互い なんの傷も負わなかった。
そう 別れる時は そう思い込まなければ
自分が かわいそ過ぎる。

ただひとつ 気になったのは あのヒラメキのことだった。

「この人と結婚するんだ」 

一目 見ただけで そう思ったのに・・・・

なにか 釈然としないものが 胸の奥底でグルグルと
渦巻いていた。

また 独りぼっちになってしまった。
いつもそうだった。

父は一人娘の私が かわいくてしょうがないのだろう。
どんな人でも気に入らない。

お見合いの話を持って来られても 片っ端から壊していった。

わたしも 親の愛にどっぷり浸かっていたかった。
嫌だと思いながら 反目し、拒絶したふりして
親の擁護下で 何も考えず ぬくぬく
している方に身をおいておきたかった。
楽な方へ楽な方へと流れていった。



私は彼にまつわるものをスベテ処分した。

未練があると次に進めない・・・・





ある日 プライドがズタズタになる出来事があった。

お見合いで 
「高卒はダメ。塾のお手伝いができる大卒の人じゃないと」
と言われたのだ。

じゃぁ なんで 会ったんだよ!・・口にこそ出さなかったが
むしゃくしゃして 悔しくって 腹がたった。

こんな時は 親友のヨーコに電話する。
彼女もまだ独り。
ヨーコの恋人は 一歳上だ。
一浪して 留年して そいでもって就職留年した野郎。
私立の名門大出身だけど ボンボン で ひ弱な感じだった。
甘えたで頼りない男。 
私がボロクソに言うと 必ず ヨーコは彼をかばう。
そのかばい方がかわいくって また ボロクソに言ったりしていた。
 
ヨーコを
呼び出して 一緒に飲もう・・・そう思った。

「ヨーコのアパートの電話番号は・・・・っと・・・」

ひさしぶりに開いた住所録に 数字の走り書きがある。

それは ブキ(旦那)の電話番号だった。
封印していた思いがあふれてきた。

ブキはいつも優しかった。
私はいつも醒めていた。

電話が苦手な私。。。でも遠い地に住むブキと 唯一 繋がりを
感じられるのは 電話だけだった。

そう、電話をかけてくるのは いつも ブキ。
いつも夜の9時半になると かけてきてた。

「こんばんは・・・」と言って無意味に笑う。

ここは笑うとこじゃないだろ!と思いつつ
ブキの笑い声につられて笑って・・・
笑っているうちに その日あった嫌なことは
すべて忘れられたのだった。

            ・・・・・続く





2002年03月01日(金) 1・・・ 出会い

うちの旦那と知り合ったのは 初夏のまぶしい季節。
私の叔父の紹介だった。

旦那は×1で子持ちだった。
子どもは奥さんがひきとっている。

私は旦那を一目見て 「あっ この人と結婚する」って
わかった。

二人は付き合い始めた。
遠距離だったので もっぱら電話で交流を深めた。
だが このお付き合いは 叔父夫婦とわたしと彼だけの秘密。

ある日、ひょんなことから 二人の付き合いがバレテシマッタ。
わたしの両親は激怒する。
祖父母も親戚も 皆 大反対。

『なんで 一人娘を そんな 傷もん のとこにやらんといかんのか』

わたしは まだその頃 親の言うなりだった・・・・

好きだったけど 愛してはいなかったのかもしれない。
泣く泣く 電話でお別れの言葉を口にしていた。

                     明日へ続く







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