LORANの日記
DiaryINDEX|past|will

毎朝行く海岸に、「はまひるがお」が咲いています。
その小さな、淡いピンクの花はとても可憐です。
広大な海岸の砂地にひっついたようにグリーンの島が点在し、そこに たくさんの「はまひるがお」が花を開いています。
誰にも知られなくても、見てもらえなくても、ひっそりと、でも堂々と咲く 「はまひるがお」はとてもすてきです。
時々、その海岸をサーファーの4WD車が砂を巻き上げて行きます。
海岸は生き物の聖域です。 私たちは、その邪魔をしてはいけません。
| 2004年05月15日(土) |
インド・不可触民・佐々井秀嶺上人 |
佐々井秀嶺上人(1935年生れ)は、東京都八王子・高尾山薬王院からの派遣でタイでの2年間を過ごして1967年8月、インドへ入りました。 それ以来、12年間の参篭(外へ出ない)行のつもりが37年にもなってしまいました。 この間、日本へ帰っていないそうです。
独立インド政府の初代法務大臣を務めた、故・ババサヘブ・アンベードカル博士の遺志を継いで、不可触民の仏教への転向を進めました。
インド(人口10億2700万人・2001年調)ではヒンドゥー教徒82.7%、イスラム教徒11.2%、キリスト教徒2.6%、シーク教徒1.9%、仏教徒0.7%、ジャイナ教徒0.5%です。
信者が圧倒的に多いヒンドゥー教の教義にカースト制度という身分制度があります。 カースト制度の4階級の外に「不可触民」と言われる貧民層があり、「見ても、思っても穢れ、触れれば生涯穢れる」と牛、豚以下の扱いを受けていました。
前述のババサヘブ・アンベードカル博士は「不可触民」の出身でしたので、彼らにも「自由と平等」を与えようと憲法の制定をしたのですが、差別はなくなりませんでした。
お釈迦様は仏教の僧伽(サンガ)と呼ぶ信者集団の中に身分制度を持ち込ませず、階級制度もなかったことを博士は知りました。
博士は「不可触民」をヒンドゥー教から仏教へ転向させることで、ヒンドゥー教社会での差別から脱却を図りました。仏教社会にはカースト制度の差別はありません。
1956年10月14日、ナグプールで博士は60万人の「不可触民」を仏教へ転向させることに成功しましたが、ボンベイでの改宗式の2ヶ月前に65歳で急死しました。
博士が亡くなって10年後に佐々井秀嶺上人がその地に入り、遺志を継いだのでした。
佐々井秀嶺上人は「不可触民」と同じ部落に住み、生活を共にしています。 夏には日中は50℃になり、夜でも40℃にしかなりません。 土間にごろ寝しながらの生活を続けながら、この活動を発展させてきました。
排他的なヒンドゥー教徒の激しい抵抗に遭いながらも、「不可触民」の仏教への転向を通して人権の回復を目指すことに専念されています。
そのかいあって、仏教徒は400万人(1981年調)から、公称700万人、実際には1億5000万人以上へ増加したと言われています。
「不可触民」は仏教に転向したことにより、自分の人間性の尊厳を回復できたと言っています。
佐々井秀嶺上人は1995年までに、50のお寺と2つの小学校、1つの診療所を建設しました。
1994年9月24日には、第10回Dr.ババサヘブ・アンベードカル国際賞を受賞しました。 この賞は毎年人類の平和に寄与した人に贈られていて、ダライ・ラマ、マザー・テレサ、アラファト、ネルソン・マンデラ氏などが受賞しています。
佐々井秀嶺上人の生き方を見て、「大きなことをやり遂げる人のエネルギーはとてつもなく大きい」と思いました。上人は日本の仏教会という枠からはみ出してしまったのでしょう。
佐々井秀嶺上人の一途な正義感が、重戦車のように困難な障害を押しつぶし、道を切り開いていったのでしょう。
参考図書:「インド・不可触民の開放をめざして」白鳥早奈英著 かのう書房 「不可触民と現代インド 」 山際 素男 著 光文社新書
よく雨が降ります。 沖縄が梅雨入りすると同時に、こちらも梅雨入りしたのでしょうか?
日本の降雨量は年間、1700�个任后�これは世界平均降雨量の970�个量� 2倍です。 この大量の雨も日本の国民一人当たりに換算すれば、世界平均の 5分の一です。
過疎化する農村部には使い切れないほどの豊かな水があるのに、人口が集中する 都市部は給水が不足することになります。
水は地球の生命にとって欠くことができません。 地球の表面積の 70%は海面です。 人の体重の 70%も水です。その水も海水と同じ 3%の生理的食塩水です。
私たちは水、または海と呼ぶ方が正確でしょう。
日本の森林面積は約 2500万ヘクタールで日本の国土の約 67%を占めます。 面積割合では世界でも指折りの森林国といえますが、人口1人あたりの森林面積としては 0.2ヘクタールで、決して多いとはいえません。なお、世界の平均は 0.7ヘクタールです。
雨を嫌う人がいますが、雨は私たちに図りきれない恩恵を与えてくれます。
アジサイのつぼみが大きくなりました。 田植えが終わった水田に曇り空が写っています。 カエルが一日中、合唱しています。 この自然の恵みに感謝しています。
国土面積当たりの森林面積率

戦後の日本国憲法で、基本的人権として「自由と平等」が保障されています。 「自由と平等」は普通、考えているようなものではないと思います。
言葉の意味は誰でも知っていますから省略します。 しかし、ここで言う「自由と平等」は単なる言葉ではなく、それが持つ意味が問題です。
欧米では、「自由と平等」を獲得するために多くの血を流しました。 フランス革命やアメリカの独立戦争、ロシア革命など国民が戦って獲得したものです。 第2次大戦後、植民地支配から独立したアジアやアフリカ諸国も血を流しました。 日本が支配していた中国、南北朝鮮、台湾なども多くの犠牲を払いました。
ですから、「自由と平等」は血と涙で勝ち得た貴重な成果なのです。 これを侵害されたら、命がけで戦います。
日本は革命が起こったことがない、とても不思議な国です。 日本では権力者が入れ替わるだけの歴史が続いています。 135年前の明治維新も、60年前の敗戦も、権力者が入れ替わっただけでした。
血で血を洗う抗争が無かったことはとても幸運だと思います。 しかし、権力者に従順に従うだけの無気力な国民であることも事実です。
敗戦で焦土と飢餓に苦しんだのもつかの間、朝鮮半島で戦争が起きると日本は特需景気にわきました。 戦後、実施された農地解放で小作農家は労せず貴重な田畑を手に入れることができました。高度経済成長で農地の宅地化が進むと、一気に大金持ちになりました。
ただ従っていれば「棚からぼたもち」でいい思いができると思ったのでしょう。 このような国民性では、占領軍の指示で得た「自由と平等」は無用の長物でした。
「自由と平等」の根底にある「燃えるような自己主張」が存在しないからです。 まるで去勢(気性を穏やかにするためにオスの睾丸を切りとること)された家畜のようです。
外部世界へ向わないエネルギーは内部世界へ向います。 内部世界、即ち社会や家庭内の陰湿なイジメや差別へ変わります。 子どものイジメはおとなの世界でしていることを写しているのに過ぎません。
また、自分の無気力を肯定する傾向を生み、自分の責任を認めません。 「みんながやっているからやった。」 「命令されたからやった。」
自分が無知であることさえ、恥じるどころか居直っています。 無気力、無知であっても、今まで生活できたことで当然と思っているからです。
「自由と平等」は無気力で自己責任をとれない人には意味がないのです。 日本国民は政治家も含め、「自由と平等」は無用の国民です。
17世紀半ばに産業革命が起こり、中世の宗教支配が終わりました。 それまでは天災も病気も悪魔の仕業とされていました。 数十万人が魔女とされて殺されました。まったく根拠の無い理由でした。
宗教支配からの開放は反動として神からの乖離(かいり)になりました。 自然や宇宙の運行は引力などのエネルギーによるもので、「神の手」ではなく 数学で証明されることになりました。 証明されるもののみが正しいという評価を受け、支持されることになりました。
20世紀は科学が花開いた時代でした。 科学の恩恵は商品の発明という形に結実しました。 電化製品や自動車、飛行機、宇宙ロケットなどが次々と発明され、生活は便利で快適になりました。
便利で快適なことはそれだけで良いことでした。 所得が増え、生活水準が高くなることは良いことでした。
20世紀末になると世界的な公害が問題になりました。 炭酸ガスや環境破壊、人口爆発、資源・エネルギーの枯渇などの問題が放置できない状態であると認識され始めました。 科学万能という神話はこれらの問題の発生で崩壊しました。
科学万能時代は終わりに近づいています。 欧米先進国では科学の粋を集めた原子力発電所を全面的に廃止する傾向にあります。
風力、太陽熱などによるスローな(自然にやさしい)発電に切り替えが始りました。 ごみの分別収集など、資源の再利用が進み始めました。
しばらくはこの傾向が続くと思われます。 科学と自然との妥協点を探ることになるでしょう。
その後は「意識」または「超意識」の時代になるでしょう。 高次元についての理解が深まり、モノやお金から脱却した意識による生活が実践されるでしょう。
意識が高い人が多くなり、高次元の存在とコンタクトがとれるようになるでしょう。 その結果、科学以上の「意識」・「超意識」が生まれ、今までとは全く違う科学になるでしょう。 「意識」が原子レベルの変化をもたらし、結合や融合、組換えができるようになるでしょう。
高次元エネルギーを利用することにより、資源やエネルギー問題、食料問題も解決するでしょう。 病気はその原因が解明されて病人がいなくなるでしょう。 戦争や対立は最早、存在しないでしょう。
そんな時代が迫っています。
|