LORANの日記
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私たちは、自分を支配しているのは自分だと思っています。
自分がコントロールできなくなることがありませんか?
例えば、病気があります。怪我もあります。 こんなときは、自分が自分をコントロールできません。
それは仕方がないとしても、ほかにはありませんか?
気分が憂鬱だったり、落ち込んだりしたことはありませんか? 家族や恋人を失ったり、大きな損失をこうむったりしたときの虚脱感。 それから抜け出るには、多少の時間がかかるでしょう。
私たちを支配しているのは、自分だけではないことがわかります。
自分の感情が自分を支配していることがよくあります。
どちらかと言えば、感情に支配されている時の方が多いでしょう。 「キレル」とか「アタマヘキタ」といったとき、感情に支配されています。
感情はエネルギーですから溜まれば大きくなります。 感情が巨大化すれば、感情に支配されてしまいます。
怒りが人に刃物を持たせて、相手を殺してしまいます。 戦争がそうです。
悲しみが自分を殺してしまいます。 自殺がそうです。
不安が自分から希望を奪ってしまいます。 うつなどの病気がそうです。
感情は単なるエネルギーですから、放っておけば消えてしまいます。 まるで「おなら」のようだと、私は言っています。
しかし、感情を自分だと思っている人は、感情を手放すことができません。 臭い「おなら」を大切に抱きしめて生きています。
自分の「おなら」なのに、自分のせいにしないで「おイモ」をくれた人を恨みます。
「あの人がおイモをくれたせいで、こんなに臭い思いをしなければならない」と。
単に「おなら」を手放せば済むことなのに、「おなら」をかわいそうな自分と思っていますから、毎日「おならが臭い」と言って泣いて暮らしています。
笑い話のようですが、実際このとおりなのです。
うつなど精神的な症状は、すべてこの「おなら」の話の通りになっています。
もう、いい加減で「臭いおなら」と決別しましょう。
もっと楽しく人生を過ごしましょう。
過去を振り返らずに、未来を信じましょう。
そのためには、自分自身と周りのすべてに感謝しましょう。
心の底から感謝できたときに、「おなら」であるすべての感情は消えてしまいます。
糖尿病と言われる人は600万人もいます。
すい臓からのインスリンの分泌が不足することによると言われています。 運動不足による肥満などが主な原因と考えられています。
しかし、もっと大きな原因がありました。
糖尿病は、血液中のブドウ糖濃度が高くなる=高血糖値になる症状です。
ブドウ糖は生命の危機を感じたときに、血液中に大量に分泌されるそうです。
かって人類は何十万年もの長い間、獣を狩ったり襲われたりしてきました。 天災で命からがら逃げ出したこともあったでしょう。 他の部族に襲われたり、戦ったことも度々あったことでしょう。
そんな非常時に大量のブドウ糖が血液中に分泌され、その危機を逃れるエネルギー として作用してきました。 それは生存のためには必要な能力でした。
時代が変わって、現代の日本では戦争は60年前からありません。 天災も神戸地震がありましたが、局所的でした。
そのため、殆どの人がこの能力を積極的に使う機会がありませんでした。
しかし、この生命の危機と似た環境が発生しました。
本人の心と体が生命の危機を感じれば、ブドウ糖は血液中に分泌されます。
それは、現代の人が感じる不安とストレスでした。
毎日、報道される戦争や天災、経済金融の破綻、年金制度の破綻、感染症の 拡大、環境問題の悪化、等々。
これらによって、経営する会社の経営が困難になったり、勤務する会社からリストラされたり、内職がなくなったり、ローンが支払えなくなったりします。
この困難と毎日向き合っていたら、生命の危機を感じずにはいられません。
現に3万人以上の自殺者が3年間続いています。生命は危機を感じているのです。
それで、ブドウ糖が血液中に分泌されて血糖値が上昇しているのでした。
毎日を心安らかに送らなければ、自分自身が病を作ってしまいます。
もし、今の時代に生まれることを意図したとするなら、この困難な状況に対処できるはずです。 何回も何十回も転生したとするなら、もっと困難な時代も経験済みです。
困難を克服する智慧をもっているはずです。 その智慧を今こそ生かしましょう。
テレビや新聞に書いてあることは事実でも、自分にとっては無関係の事実です。
イラクへ行くことも、戦争へ行くこともすぐにはないでしょう。
為政者は外界へ問題を起こすことで、内部の矛盾から国民の目をそらさせます。
マスコミは危機感を煽り為政者を助け、国民へ病原菌を撒き散らしています。
他人のことで悩んだり、不安を感じたりしないで、どうぞ、ご自分の人生を 楽しく生きてください。
アメリカインディアン・チェロッキー族の言葉です。
自然の癒し=ナチュロパシー は自然の持つ治癒力の中でもスピリチュアルな意味合いが強い方法です。
ある心理学者の分析によると、死に直面したとき死にたくないという人々の中には 3種類の典型がみられるといいます。
� 〇爐篁爐砲茲辰動�き起こされる苦痛を恐れている人々。 �◆ー�分以外のほかの人たちのために生きたいと思う人々。 �� 自分自身のために生きる喜びを知っている人々。あるいは、自分が生きるべき 意味を探すために生きたいと思う人々。
�,鉢△凌諭垢麓�ら持つ治癒力をあまり発揮しないことがわかりました。 ��の人々は、驚くべき回復力を持ち、自己治癒力も非常に高いことがわかりました。
その人の精神力や考え方がいかに自己治癒力に対し大きな影響を与えているかがわかります。
食物は生命をもつ生き物ですから、なるべく生に近いほうがいいと言われます。
自分のために食物となってくれることを決意してくれたことに、心から感謝しなければなりません。
彼らは動物を4本足の兄弟と呼び、木を背の高い兄弟と呼びました。 同じ人間は2本足の兄弟です。
すべてが創造主に創られた兄弟ですから、人間だけが偉いということはありません。
狩りをするときには、創られた神とその動物の魂に祈りを捧げます。 その動物の肉が自分の家族が生きるために必要なので許して欲しいと。 自分たちもまた「聖なる輪」の教えのとおり、いつかきっと土に戻って あなた方の子孫の生命を助けますと。
「聖なる輪」は地球上の創造物、そして宇宙の創造物もすべてがひとつの輪で つながっているという調和の教えです。
生命の循環 = ライフサークル という考え方をさらに大きくしたものです。
インドにはチャクラの輪という宇宙のすべてが大いなる輪という考えかたがあり、 独立の父・ガンジーはこれを紡ぎ車=チャルカとして表わしました。綿製品をボイコットして自分たちで紡ぎ車で糸を紡ぎ機を織る運動が独立につながりました。
自然は偉大です。その自然の一部が人間です。自然なくして人間はありません。
私たちは大きな間違いをしています。 人間社会に自然が奉仕すると誤解しています。 神は自分に奉仕すると誤解しています。
自分が自然であり、自分が神であるなら、自然に対して全面的に責任があります。
自分の吸う空気に、飲む水に、立つ大地に、すべてを燃やす火に、大いなる光に、 どうして感謝せずに生きることができるでしょうか?
心から感謝したら、どうしてその大きな愛に反する行為ができるでしょうか?
体や心が病むのは、愛と感謝がないことが原因です。
傲慢になれば、愛や感謝を忘れ滅亡への道を歩むことになります。
ペルーのナスカの地上絵を知っている人は多いでしょう。
その絵をいままで守ってきたのは、ドイツ人のマリア・ライヘでした。
ヒットラーが政権を取る直前にドイツを出てペルーへ渡りました。
家庭教師や語学教師などをして生活していましたが、ナスカの地上絵が話題に なるといち早く、その研究に入りました。
以来砂漠で寝起きしながらの期間を含めて、約60年間もの長い間、研究と保護活動 に没頭しました。
テレビ司会者の楠田枝里子さんが彼女に興味を持ちペルーへ通いました。
その間の活動については、彼女の著書に詳しいのでご覧ください。
すでに数年前に90歳の天寿を全うしてマリア・ライヘは旅立ちました。
世界的にも貴重な遺産である地上絵は、近くの鉱山開発の粉塵の降灰などで
消えつつあるそうです。
下記の楠田枝里子さんのHPで地上絵の保護活動について書かれています。
http://www.erikokusuta.com/maria/maria1.shtml
「ナスカ 砂の王国」 地上絵の謎を追ったマリア・ライヘの生涯 楠田 枝里子著 文芸春秋
あなたは自分が好きですか?
自分のことを好きでない人も多くいます。
では、いつから好きでなくなったのですか?
多分、他の人と較べられたからではないでしょうか?
他の人より、背が高いか低いか、体重が重いか軽いか、成績が良いか悪いか、 男の子(女に子)にもてるかもてないか、お金持ちかそうでないか、・・・。
その結果、自分は他の人と較べてかなわないと思ってしまったのでしょう。
大きなひまわりも小さなひまわりもあります。大きな時計も小さな時計もあります。
大きいから立派で小さいから立派ではないなどと決めることができるでしょうか?
宇宙や自然は完璧なジグソーパズルだと思います。 それぞれがそれぞれの役割があり、居場所があります。
だから、ジグソーパズルは完璧なのです。 何一つ無駄なものはありません。誰一人無駄な人もいません。
自分をほめてあげましょう。 今日もよくがんばってえらかったねとほめてあげましょう。
他の人にほめてもらうまで待っていては、いつになるかわかりません。 毎日、毎晩、自分の良いと思うところを認めてあげましょう。
自分の心と体は独立した存在と思います。 ですから、自分がほめればとても喜びます。
自分を好きになることを、自分を愛すると言います。
自分を愛せる人は自分のことが大好きですから、自分を不幸にすることはありません。
自分を愛せない人は自分のことが嫌いですから、自分を不幸にしてしまいます。
でも、自分のせいにはしたくないので、周囲の人のせいにしてしまいます。
幸せになるのになんの条件もいらないのです、 自分のことを大好きなだけでいいのです。
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