LORANの日記
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2005年04月26日(火) 学ぶこと

「学ぶ」は「まねる=まねをする」ことからできた言葉だそうです。

「親の背中を見て育つ」という言葉は、親の生き方を学ぶことです。
親が子どもを教育するには、親の生き方を見せるしかないのです。

親がいかにテレビや本で読んだことを自説のように話しても、子どもにすぐに見破られてしまいます。なぜなら子どもは親の生き方を毎日見て学んでいるのですから。

その時だけ尊敬されようと思っても、毎日の生活や行動が子どもにとって尊敬に値しなければ、尊敬されるはずはありません。

おとなは子どもにとって学ぶ対象でなければなりません。
それなのに毎日報道されるのは、官公庁や一流企業のトップの不正です。
これでは子どもに一生懸命勉強していい会社や官公庁へ入れと言っても、お手本がお粗末で子どもにあんな人になりたいという夢を与えることができません。

いまの時代は先行きが見えない「不透明の時代」と言われますが、誰を、なにをあてにして生きればいいかが分からない「目的喪失の時代」と言った方が適当でしょう。

学ぶことは生き方からですから、美辞麗句は必要ありません。
言葉はツールですからその時に応じて使い方が異なります。

「ばかやろー」という言葉が限りない愛情から言われることもありますから、ただ言葉だけをみたら真実は分かりません。ですから相手の生き方から学ぶことだけが真実を学ぶことになるのです。

宗教では聖書や経典、コーランなどの言葉を絶対視する傾向があります。
神学や教学で学ぼうとしますが、言葉だけでは学べることは少ないでしょう。

お釈迦さまの生き方、イエスの生き方を自分がどこまでまねできるかが学びでしょう。
すべてを捨てて生きることを彼らは教えているからです。

どう思い、どう生きるかが私たちの人生にとって大事なことですが、それは子どもにとっても学ぶ対象としてとても大事なことなのです。


2005年04月22日(金) 中国反日暴動と文化大革命

最近の中国大都市の反日暴動について気がついたことを書いてみます。

私たちは現在の状況にのみ関心があり、その歴史については殆ど無知です。
中国と言えば共産党の1党支配が続く封建的な国と思っている人も多いでしょう。
それは日本での報道や教育がアメリカ寄り(支配)になっているからです。

60年前の戦争で日本人の戦争犠牲者数は300万人と言われています。中国は戦場に
なり無差別殺人が日本人兵士により行われたため、犠牲者数は1000万人と言われて
います。
それでも敗戦後の東京裁判(極東国際軍事裁判)という戦争犯罪を裁く裁判で、日
本人の罪を許し賠償を求めないことを表明しました。これは中国人の大きな度量を
感じさせることでした。逆に日本人ならどうだったのでしょう。

1960年からの10年間、中国に文化大革命の嵐が荒れ狂いました。
経済政策の失敗で多く(数100万人)の餓死者を出して実権を失っていた毛沢東らが
紅衛兵を組織し、劉少奇や��小平といった実権派から権力奪取をしようと企てた暴
挙でした。

実権派の同調者とみなされると中傷キャンペーンが行われ自己批判を強制されました。
極端なマルクス主義の思想教育が行われ、儒教や仏教と言う以前からの文化や伝統的な芸術も批判の対象となりました。寺院仏閣は破壊され、多くの貴重な文化財が
失われました。抵抗した僧侶などはリンチまがいの殺戮が行われ中国全土で犠牲者数は数100万〜2000万人ともいわれています。
チベットの寺院は最も徹底的な破壊の対象となりました。ブラビ主演の「セブンイヤーズ・イン・チベット」というダライ・ラマのインド脱出の映画でも有名です。

これらのことは1868年に明治維新を起こした日本とよく似ています。
明治政府による天皇制導入のために神仏混淆を廃し、廃仏毀釈が行われました。
多くの寺院が壊され、貴重な仏像や仏画が破壊され海外へ持ち出されました。
明治政府を正当化するために天皇のみを信仰の対象とする神道が奨められました。旧勢力の象徴だった城郭はこのとき全国で破壊されてしまいました。ですから姫路城のような立派なお城は殆ど現存していないのです。
明治以前の教育も医療も西洋かぶれの若い明治維新の志士たちによって廃止されました。インド、チベット、中国と渡ってきた東洋医学は無残にも否定され、医療を
続けることはできなくなりました。医師を西洋医学のみと決めたのですから。

このように日本では明治維新という名の文化大革命が、なにも学問を知らない若い
志士(坂本竜馬のように32歳)たちによって起こされましたが、その後の対処がなされていません。明治以前の宗教、教育、医療などの名誉回復がなされていないのです。中国は4人組裁判として旧文化の名誉回復がなされたのと対照的です。日本は依然として明治政府によって作られた法制をそのまま墨守しているだけです。いつになったら以前の文化の名誉回復がなされるのでしょう?文化人の怠慢ですね。

このように中国が政治的に遅れているだけではなく、日本は文化的にはさらに遅れているのです。自らの不明や誤解を訂正し修正しなければ、到底文化国家などとは言えません。

国家が教育に口出ししてはいけないと福沢諭吉は私塾・慶応大学をつくりました。
オランダは教育に一切干渉しないで、自由教育を推進しています。ノーベル賞受賞
者数の人口比率では世界一です。日本人の人口にすれば180人にもなります。

単に感情的に中国反日暴動を捉えるのではなく、その底流にある文化の相違と日本
人の文化観について検証する必要があります。





2005年04月19日(火) はまえんどう

夜明けが早くなって、日の出を見るには早起きをしなければなりません。

浜辺はすっかり緑が濃くなりました。

潮風も冷たくなくなり、手袋も要らなくなりました。

今朝も小さな漁船が浜辺から20〜30mほどのところで漁をしていました。

帰りながら見ると、一面に「ハマエンドウ」が咲いていました。

台風や冬の木枯らしに耐えて咲く可憐な花の逞しさに尊敬の念を覚えました。

「よく咲いたね。 えらいね。 綺麗だね。」





2005年04月17日(日) 第3回福岡すぴこん

昨日は第3回福岡すぴこんでした。

前回の第2回から出店させていただいています。
前回の前日と当日は福岡に宿泊しましたが、今回は所用があり日帰りでした。

福岡は好天に恵まれ、ワークショップのコーナーは燦燦と陽射しが降り注いでいました。
今までで最高の「光の卵」を作ることができました。
事務局の平野さんに感謝しています。

福岡でも多くのすてきな皆様にお目にかかることができました。
これからも福岡へ寄せていただきたいと願っています。

日本中で多くの人が精神世界に興味を持っていることに驚かされます。
その中でLORANが皆様のお役に立てたら嬉しいです。

前回の名古屋すぴこんからLORANのグループは2店出店しています。
来月の第1回愛媛すぴこんと、翌日の第2回神戸すぴこんも2店出店します。
第1回横浜すぴこんも2店出店の予定です。

LORANのメンバーが多くの会場に出店できたらとても楽しいです。

今週末は名古屋で「1日リラックスワーク」を開催します。
名古屋すぴこんでお目にかかった皆様と会えたらとても嬉しいです。


2005年04月14日(木) 怒り

怒りは自然の感情です。

子どもでも思い通りにならなければ怒ります。
玩具売り場の前でひっくり返って泣き喚いている子どもがいます。

怒りを表現することは自然の摂理です。
しかし、はしたないとかみっともないという理由で禁止されてしまいます。
その結果、感情を外へ出さない、表現しないで生活するようになります。

先日、私は真っ白な世界へ行きました。
その世界は「無(む)」の世界でした。
自分という存在の肉体もありませんでした。
ただ自分の意識だけがありました。

その世界から帰ってきてから、自分の心の深いところにあった感情が表れました。
その感情は怒りでした。

自分ではどうすることもできない無力な自分に対する怒りでした。

その怒りの中に悲しみがありました。
どうすることもできない無力な自分に対する悲しみでした。


そして今朝、怒りと悲しみが自分の中から立ち去っていきました。
私は子どものころから一緒にいた怒りと悲しみに訣別しました。

いま自分の中はとても穏やかです。
やっと平和な自分に戻れました。

自分に感謝しています。
導いてくれたすべてに感謝しています。


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