LORANの日記
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2006年07月05日(水) アメリカ帝国


2001年の大統領選挙で選挙の投票数では敗北しながら、選挙人の数で辛勝したジョージ・H・ブッシュ

大統領は、8ケ月後の9月11日のニューヨーク・貿易センタービルへの旅客機激突事件の発生に見舞われ

ました。


同年、元CIAの手下・アルカイダのビン・ラディンを犯人と決め付けて、引渡しに応じないという理由

をつけてアフガニスタンへ侵攻しました。しかし逮捕することはできませんでした。


翌年、イラクが大量破壊兵器を生産しているという理由で、侵攻しサダム・フセイン大統領を逮捕し、現在

裁判中です。他国の大統領を軍隊を侵攻させて逮捕して裁判をするなんて、国際法違反です。


ジョージ・H・ブッシュがアメリカ大統領になってから、アメリカが世界中へ戦争を仕掛けています。

戦争とは国家対国家の軍隊が戦火を交えることですから、そこには一定のルールがあります。


それは「国際法」は場合によっては戦争を認めていることです。

国際法上の戦争が成り立つためには、国家が他の国家へ武力を行使する事実がなければなりません。


しかしいアフガニスタンやイラクは、国家の軍隊をアメリカ軍の攻撃に使ったことはありません。

これでは、アメリカはそれらの国へ侵攻する理由がありません。


それならビン・ラディンらのテロは理由になるのでしょうか?

個人による犯行なら、裁判するほかはありません。しかし彼らが犯人だという証拠はありません。

ですから逮捕して裁判にかけても有罪にはならないでしょう。


そうなるとアメリカが他国へ軍隊を侵攻させる理由がないことになります。

そこでジョージ・H・ブッシュ大統領は、無理やり理由を作るほかはありませんでした。

今起こっているテロを、超法規でアメリカの都合で裁くというものです。

裁判ではないから弁護士はつけない。戦争と名づけて敵対する者は皆殺しにするというものです。


そこにはアメリカの傲慢な考え方があります。

「アメリカは唯一の超大国であるから、世界を統一する権利がある。」というものです。


アメリカはかってのローマに匹敵する帝国を意図しているのです。

そこではどの国家もアメリカに服従しなければならないと。


そんなアメリカのやり方を警戒して、ヨーロッパは統一した経済圏を成立させました。

アメリカの権威が失墜すれば、ドル安が続くからです。


加盟12カ国が統一通貨ユーロを発行し、ドルと円が安くなった分だけユーロ高になっています。

ヨーロッパはアメリカ帝国の支配に、協力して対抗しています。


日本はいまだにアメリカによる植民地支配を受けています。

アメリカの51番目の州とも呼ばれています。


在日米軍は135施設、36,000人が駐留しています。

首都・東京には、沖縄を除く最大の横田基地があり、約1万人のアメリカ軍人と家族が暮らしています。


最近の小泉首相の言動は、日本を再び戦前の状態に戻そうとしているように見えます。

東京都知事・石原慎太郎氏は国会議員時代の最右翼・青嵐会の主要メンバーであり、その言動は

戦前のそれと同様な感じを受けます。


政治は国民のために行われるべきであるという趣旨には賛成です。

しかしいつの世でも、政治は常に権力者のものであり続けています。


もし国民が平和を望むなら、その動きを監視する必要があります。


2006年07月04日(火) 朝日


今朝は素晴らしい朝日でしたね。

梅雨の合間の朝日は、本当にありがたいと思います。


私がいまの状態になれたのは、朝日瞑想と朝の散歩がきっかけでした。

もしこれに気づかなかったら、まだずっと不完全燃焼だったでしょう。


私にとって幸せを感じるのは、自分が完全燃焼している状態を感じるときです。

その時、自分の中が宇宙と同じ広さになっていることを感じます。


なんの不安や疑問も持たない状態になったとき、自分が完全であることを感じます。

自分が完全であること=神人合一


生きていて良かったと感じる瞬間です。

十数年前、「あと半年で死ぬ」と感じたときとは、天と地ほどの違いがあります。


あの時、自分に教えてくれたのは誰だったのでしょう。

私は、私の本質だろうと思います。


誰にもその人の本質があります。

本質が乗馬する人で、私たちは馬なのかも知れません。


馬は草原を自由に遊び回り、美味しい草をいっぱい食べたいのでしょう。

乗る人は、その馬を目的地へ連れて行こうとしているのでしょう。


しかし馬は、乗り手を振り落として自分勝手な行動をしています。

乗り手は馬の近くにいますが、馬がその気になるまで待っているのでしょう。


いつか日が暮れてきて、馬が帰らなければならない時間になったとき、乗り手は馬を連れ帰ろうと

するでしょう。


その時、本質の語りかけが私たちに聞こえるのではないでしょうか。

「さあ、もういいだろう。自分の仕事にかかろう」と。


しかし、その声を聞く人は少ないかもしれません。

遊びに夢中になっていれば、その微かな声は聞こえないかも知れません。


遊びというのは、馬(人)にとって夢中になるものすべてです。

自分の生活や仕事、スポーツ、レジャー、お金など、人間生活すべてのことです。


「馬(人)として、幸せならばそれでいい」と信じています。

それで多くの人は、そのままなにも変わらずに一生を終えるのでしょう。

そして今回もまた、学ぶことができなかったと思うのかも知れません。


どのような人生も可能です。人生にいいとか悪いとかはないでしょう。

誰もそのことで罰したり、地獄へ落とすこともありません。


転生しては繰り返し学ぼうとしているのでしょう。

そしてまた、今回も・・・


毎朝、朝日を浴びて瞑想しています。

今回の人生が、本来の道を歩いているかどうかを確認しながら。


2006年07月03日(月) どれが自分???


自分と思っている自分は、確かに自分です。

自分と思っている殆どは感情です。


感情の中に20年、30年、40年・・・といるのですから、感情を自分と思っても当然でしょう。

でも感情は感情に過ぎません。


感情は肉体の五感によって引き起こされる精神的なエネルギーです。

感情には喜怒哀楽などがあります。感情は人生を豊かにしてくれます。


感情が無ければ、人生はなんと虚しいことになるのでしょう。

喜びや楽しみうれしい、美味しいと感じるから、人生はとても豊かです。


喜びやうれしい、楽しい、美味しいなどの感情は、その場で消滅してしまいます。

あなたは恋人から誕生日のプレゼントをもらって、その喜びを幾日持続していますか。


もらった翌日に喧嘩しているカップルもいるのではありませんか。

喜びや楽しい感情は、長くもっても数日ではないでしょうか。


美味しいという感情は、その日限りでしょう。

残念なことに好ましい感情は蓄積しないのです。


問題となるのは、毎日繰り返して起こる否定的な感情です。

悲しみ、寂しさ、怒り、憎しみ、恨み、羨望、呪い・・・などの感情は、毎日繰り返されることで

自分の中に蓄積されていきます。それはまるで氷のように溜まっていきます。


蓄積された感情のエネルギーは、そのまま放置しても無くなることはありません。

冷凍庫の中に固まってしまった氷のように、次第に増えていきます。


自分が冷凍庫であり、毎日氷を作り続けていると同じです。

もう氷を作ることを止めても、冷凍庫の中の氷は解凍しない限り存在します。


しかし本人は過ぎたことは記憶から消してしまいますので、感情が溜まっていることに気づきません。

自分はもう大丈夫と思って生活しています。


自分のコップに蓄積された感情が満杯になるまでは、現象はなにも起こりません。

しかしいつか蓄積された感情がコップから溢れるときが来ます。


溢れた時からは感情が常に表面化して、毎日つらい感情で暮らすことになります。

感情を作らなければいいのですが、どうじていいのか分からないのです。


このようになる前に、蓄積された感情を溶かして消すことが必要です。

コップの中に溜まった感情が少なくなれば、それだけ自分は楽になります。


感情を作る冷凍庫の電源を抜いて、冷凍庫のドアを開けておけば解凍します。

すると蓄積された感情が溶け出してきます。


忘れていたはずの悲しみや怒りが、次々と湧き上がってきます。

自分は過去は既に終わったと思っているので、なぜこうなるのか理解できません。


それで溢れさせた相手に怒りをぶつけます。

それも無理はないのですが、相手は大変な迷惑でしょう。


自分に起こっていることは、すべてが自分の学びのために起きていることを忘れているのでしょう。

楽しく人生を送ることを最高の幸せと思っている人が殆どですから。


そのためには自分を開放しなければならないのです。

ヤシの木の実を採るためには、高いところまで危険を冒して登らなければ不可能です。


なんの努力も無く実だけを採ることを願っても、それは自分に都合のいい考え方です。

人は自分が手放した価値に相当するものしか、手に入れることはできません。


自分が幸せになりたければ、それに相応する犠牲を払わなければなりません。

いままで通りの自分なら、手が届く範囲での幸せが可能です。


大きな幸せは、大きく変化したときに手に入ると思います。






2006年07月02日(日) 運命??


運命があるのか、無いのか?

あなたはどう思いますか?


自分の境遇を変えることができない子どもたちが大勢います。

ストリート・チルドレンは数百万人もいます。


戦争や紛争、天災などで両親や家族を失った子どもたちがいます。

彼らにいったいどのような罪があったと言うのでしょう。


宗教の中には、彼らの前世での行いのせいであり、カルマであると言うところもあります。

ヒンズー教のカースト制度は次回の生で上位へ上がれることを約束しています。


しかし「アウト・オブ・カースト」の人は、その約束さえありません。

このような制度を維持することは、弱い者同士を戦わせることで、権力者への追求を逃れるためでしょう。


では、運命はあるのでしょうか?

私は「ある」と思います。


一人ひとりが生まれる前に、「どのような人生を送るか」という大まかな目的を決めたと思います。

生まれると目的を決めたことを忘れてしまいますが、その目的に沿った生き方をしているのでしょう。


もし本来決めてきた目標から大きくそれてしまったときは、その人の「本質」が気づかせてくれるの

かも知れません。そのために、目の前に大きな壁が立ちはだかることもあるかも知れません。


しかしそれを知らないので、この壁を無くしてくれるように人は神に祈ります。

気づきのために折角作った壁を、無くしてくれる神はいないでしょう。


自分が本来の目的からそれていることが問題なのに、目の前の障害にばかり目が行ってしまいます。

健康やお金や愛情など、目の前にあるトラブルを解消することばかり考えています。


目の前のトラブルが無くなったら、あなたはそのまま真直ぐに行くつもりではありませんか?

あなたが決めた本来の目的と一致していなくても、いまの幸せが続けばいいと思ってはいませんか?


殆どの人はそう考えています。いまの幸せがいつまでも続きますようにと。

もしあなたがそんなにトラブルや変化を恐れ嫌うなら、何不自由のない天国にいればよかったのでは

ありませんか?


天国に居れば衣食住の心配はありません。歳をとったり病気になる心配もありません。

もしあなたがこの世界で苦労ばかりしているなら、天国から早くお迎えが来てくれるように祈れば

いいのではありませんか?


そんなにすばらしい天国へ行きたがらないのは、自分は天国へ行くことができないと思っているからでは

ありませんか?

きっと自分は天国へは行けないとどこかで信じているのではありませんか?


その思いが自分を天国から遠ざけているように思われるのです。

そして天国よりも地獄へ行く可能性が高いと思うから、死後を怖れているのでしょう。


運命は自分であると思います。

自分が運命を決めることも、変えることもできると思います。


自分に運命を変える勇気と信念がなければ、他の人の人生という現実に流されるだけです。

自分を知ることができなければ、勇気や信念があっても有効に使うことはできません。


自分を知ることは、自分が感情であることに気づいて、感情から離れることが必要です。

自分が感情から離れることはとても困難なことですが、一生懸命に続ければできます。


あなたに大きな祝福がありますように。











2006年07月01日(土) 7月になりました。


今年も半分が終わりました。

今日から後半に入りました。


既に6月21日には「夏至」を迎えています。

これから年末の「冬至」まで、毎日日照時間が短くなります。

今月(7月)28日の大暑をピークに、来月(8月)8日には「立秋」を迎えます。


暦はまさに先人の智恵の結集と思います。

数日のずれはあっても、花が咲く時期や、雪が降る時期に大きな違いはありません。


それを見ると、私たちの人生は大きな川を流れて行くだけに間違いなさそうです。

流れに浮かぶ「たらい」の中で、毎日の悲喜こもごもが生まれているだけなのでしょう。


人生に意味があるなら、多分流れている自分を知ること位でしょう。

だからと言って、人生が無意味とは思いません。


「泣いても一生、笑っても一生」なら、笑って楽しむ一生を選びたいものです。

そしてどうせ流れるのなら、思い切り「川下り」を楽しんでもいいのではありませんか?


この「川下り」にルールはありません。

ただタイム・リミットがあるだけです。


「ゲーム・オーバー」のホイッスルが鳴るまでなら、どんな生き方をしてもOKです。

その結果で罰せられることも、地獄へ落とされることもありません。

なぜなら「学ぶ」とか「学ばない」とかは義務ではないからです。選択に過ぎません。



今月は「13の月の暦」の13月です。

7月24日に大晦日を迎えます。25日は「時間を外した日」でカウントしません。


1999年の「13の月の暦」の大晦日に、以前住んでいた土地と建物を売却して移転しました。

あれから7年が経って、また13月19日に引越しをします。(7月15日です。)


富士市のマンションの2Fと3Fを借りていますが、2Fをお返しして千葉県へ移転します。

3Fはいままで通りに使用します。富士市と千葉県を隔週で過ごすつもりです。


新しい環境は新しいエネルギーの場です。

自分に刺激を与えることで、変化が始まります。


自分の成長は大きな変化です。

これからの変化を思い切り楽しもうと思っています。




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