LORANの日記
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2007年06月23日(土) 引越し中です。


今日から富士市のLORANの引越しを開始しました。

マンションの3Fから、向かいの小学校の反対側への移転です。


直線距離なら200〜300mでしょう。

その間にあるのは、住宅1軒と小学校だけです。


近くへの移転ですから、引越し屋さんを頼みませんでした。

千葉の息子夫婦と、近くの娘夫婦が手伝ってくれています。


今日は私はセミナーを開催していて、手伝うことができませんでした。

セミナーの帰りにレンタル屋さんで、軽トラックを借りてきました。


明日、冷蔵庫などの大物を運ぶのに使います。

引越し先の入り口が広くないので、軽トラックの方が便利です。


明日中には引越しは完了します。

しかし、パソコンの移動は4日間遅れます。


引越し先への光通信の工事の都合です。

パソコンの引越しが完了した翌日、マンションを引き渡します。


広告を見て、直ぐに予約申込みをしてから、約1ヶ月です。

昨日も、今日も、外廻りの塗装工事をしています。


なんともさわただしい引越しですが、「なんくるないさ〜」で、

なんとかなるものです。


2007年06月22日(金) 見える世界と見えない世界


見える世界と見えない世界があります。

私たちが肉体を持って生きている世界は、見えることが重要です。


見えることを重視して、見えないことを無視する傾向があります。

これは教育の結果と言えるでしょう。


瞑想をしてみれば分かりますが、見えない世界は無限の広がりです。

見える世界は、段ボール箱の中にいるようなものです。


かって人間は、見えない世界を重視していました。

見えない世界には、神仏はじめ、様々な精霊などが存在していました。


それが西洋の思想である科学によって、否定されてしまいました。

いまや世界中が、見えない世界を否定する風潮で支配されています。


この傾向は、日増しに強くなっていきます。

自然環境は、悪化の一途をたどっています。


私は見えない世界が正規の世界であろうと思います。

なぜなら、「すべては光」であることを信じているからです。


見えるということは、可視光線を表しています。

可視光線とは、光の中の見える範囲に過ぎません。


「見える光」という限定された世界に住んでいるのであって、その

上下の「見えない光」の存在を無視しています。


「見えない光」の世界は、無限の広がりがあり、そこには無限の存在が

います。

「高次元の光の存在」と私たちがお呼びしているのが、神仏のことです。

これらの存在は見ることはできませんが、瞑想すれば現れてくださいます。


昨日の朝、私は天使と天の神とも呼べる存在にお会いしました。

このようなことは、珍しいことではありません。

まして、超能力と呼ぶものでは、決してありません。


誰でも、この存在の庇護の下にいるのですが、気がついていないだけです。

この存在が私たちを見て、どれほどもどかしく思っているでしょうか?


ここに西洋的な教育の弊害に気づきます。

これが見えない世界を否定し、彼らとの絆を切断しているからです。


その結果、信じるものが無くなり、お金を信じるようになりました。

お金は単なる物質であり、購買力ですが、不安の原因でもあります。


いま世界は、「拝金宗教」の支配下にあると言えます。

これを推し進めているのは、西洋先進国です。


西洋先進国にこのようなことをさせているのは、「闇の勢力」です。

「闇の勢力」とは、「光の世界」の反対にある勢力のことです。


「見える世界」は彼らに支配されています。

その支配は、テレビや新聞というマスコミを使ってされています。


マスコミの責任は極めて重要ですが、当事者も気づいていません。

視聴者は、マスコミの言うことを鵜呑みに信じています。


これによって、マインドコントロールが完全に行われています。

この状態を止めるのは簡単です、マスコミを見なければいいのです。


皆様に提案したいことがあります。

テレビや新聞を1ヶ月間見ないことです。


そこでできた時間を、マスコミのためではなく、自分に使うのです。

子どもの話をよく聞き、本を読み、散歩をしましょう。


夜は早く寝て、朝は日の出と共に起きましょう。

自然環境のよいところで、日の出の朝日を浴びましょう。


こうして自然のリズムを取り戻しましょう。

自分が自分の意思で生きるという意味が分かるかも知れません。


2007年06月21日(木) 人は同じように見えますが・・


昨日、canaさんのmixiへ書いた文章です。

�,涼奮�の人も、�◆銑イ涼奮�の人もいます。

良いとか悪いとかではなく、ただ、そうだけなのです。



人は同じように見えますが、それぞれの成長の度合いが違います。

� 仝充造靴�見えない人がいます。見えないモノは信じられない人です。

�◆仝�えないモノを信じられるのですが、神仏に夢中の人がいます。

�� 神仏以外にも見えないモノの存在を感じる人がいます。

�ぁー�分から積極的に見えない存在とコンタクトを取る人がいます。

  この世界であっても、光と闇に分かれるのですが。

�ァ.灰鵐織�トによって導きが成長を加速します。

  これが「LORANの世界」です。

ですから、成長の段階が異なる人に話しても、不快に思われるだけです。

こうしてイエス・キリストは殺されました。これはmixiへ書きました。

あなたの手助けを求める人は、�0幣紊棒�長を望む人です。

しかしいくら望んでも、闇が強い人には無理でしょうね。


2007年06月20日(水) 浜辺の植物





今朝も富士海岸へ行きました。

彼方に釣り人が1人いただけの静かな海岸でした。


あいにく雲に切れ間が無くて、日の出の太陽を見ることはできませんでした。

しかし、瞑想を始めると、いつものように太陽の光を感じました。


今朝もまた、「光の存在」と会うことができました。

そして、大きな贈り物もいただくことができました。


今年に入って、変化が止まりません。

ここ1ヶ月間、とくにこの1週間の変化は、言葉では言い表せません。


人は自分の物差しでしか、相手を計ることはできません。

自分の物差しで計れない相手は、自分にとって不安の対象でしかありません。


こうして先人たちは抹殺されました。

イエス・キリストもまた、こうした人たちに殺されました。


しかしイエスの信者は、殺した人たちと同じ物差しを持つ人たちです。

殺したことによって、自分たちの信仰の対象にしたのです。


そして、殺すことを正当化するために、自分たちの罪を背負わせたのです。

いまでも、イエスは彼らの罪をあがなうために、磔にされたままなのです。


今朝、「光の存在」と会って、すべてが生命であり、祝福であることを感じました。

海岸に繁茂するこの植物の葉の生命力に驚きました。


2007年06月19日(火) 九十九里海岸です。





1週間ぶりに、九十九里海岸へ来ました。

昨日までいた瀬戸内海とは、まったく異なる海です。


瀬戸内海はとても穏やかで、静かな海です。

九十九里海岸は、終日ゴーゴーと海鳴りが鳴り響き、幾重にも

荒波が寄せてくる勇壮な海です。


どちらも大好きですが、久しぶりに九十九里海岸へ来るとホッとします。

でも、数時間後には富士市へ向かいます。


今度来るのは来月になるでしょう。

それまで超多忙なスケジュールが待っています。


1昨日、昨日、今朝の三日間続けて、大きな導きをいただきました。

まったく別の存在になったと言っても、過言ではありません。


いよいよLORANも本格的なスタートの時期に来たようです。

大きな祝福をいただき感謝しています。


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