Kumsta kayo?(富山編)
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2003年11月08日(土) 復活

ここのところネットになかなかつながらなく、つながってもすぐに切れてしまった。
ローミングポイントを変えても状況は改善しない。
メールを受信中に何回も切断されしまいにはメールサーバーへの認証もできなくなってしまった。
アカウントがロックされたと思ってウェブメールから会社にヘルプのメールを送りました。
ちょうど日本は週末、返事はありません。
昨日、同僚に相談したら「パスワードが○○じゃない?」
といわれて、目からうろこが・・・・
一日中気になって帰宅後試してみたら、通りました。
あまりにもパスワードが多くて整理できていなかった。
パソコンに記憶させているのも問題。
あわててごめんなさいメールを送りました。

てな訳でネットから離れた数日は、いかに自分がネット中毒かわかった日々でした。

更新 アリゾナ時間 11月9日 6:30 日本時間 11月9日 22:30


2003年11月04日(火) NY3日目

またまた早起き。
JFK空港へ行くまえにタイムズスクエアの吉野家へ行ってみるが開店前。
NYの牛丼をためしたかった。

バスターミナルから空港行きのバスに乗る。
3人なのでタクシーと値段が変わらないが気が楽なのでバスで。
ターミナルで航空会社を運転手が言うがよく聞き取れず確認して降りる。
日本行きのフライトが同じターミナルから出るらしくレストラン街は日本人ばかり。
やっぱり注文が楽なのでマック(マクド)が人気。

行きの逆で、JFK→ワシントン→デンバー→フェニックス。
フェニックス地方は寒気が入っていたおかげでNYよりも寒く感じました。

今回は時間がなくってミュージカルが見れず、ライオンキングもオペラ座の怪人もマンマ・ミーアも看板を見ただけ。
次回は必ず!

帰りの飛行機で通路の向こうに座ったテーブルが下がらないほど太ったおばさん、”ダイエット”ペプシを5本も飲んでいた。
しかもナッツの缶を抱えて。
その”ダイエット”に意味はあるのか?

そしてそのおばさんが”クロスワードパズルの為の辞書”を持っていた。
そんなものがあることも驚きだけど使っているのもさらに驚き。

更新 アリゾナ時間 11月6日 6:00 日本時間 11月6日 22:00


2003年11月03日(月) NYの暑い1日(2日目)

なれない寝床で朝早く目がさめた。
ガイド役の案内で”Ess-a-bagel”にてベーグルをいただく。
さすがに評判の店らしく日本人の客もちらほら。
肝心のベーグルはおいしいけれどあごが疲れるパン(?)の硬さ。
さらにガイド役の案内でチェルシーマーケットへ。
ホテル出発が予定より早かったのでまだ開いてない店も。
マーケット内の”Sarabeth”なる店でジャムを買うというのでついていって結局自分でも買いました。
ほかにロブスターのお店のスープがおいしいらしかったけど、まだ開いていなくて断念。
次はNYといったらここ!の”自由な彼女”に会いに。
島へ行くフェリーでもセキュリティチェックは空港と同じくらい厳重でした。
オフシーズンの平日とは思えないほどたくさんの人を乗せて自由な島へ。
この日は本当に暑くて、帰国時に必要だと思って持ってきた冬のコートはNYでは一度も役立たずただのお荷物。
彼女の前で半そでなわし



彼女と別れた後、隣のELLIS島より摩天楼なぞを撮ってみる。



島より戻り中華街へ、またまたガイドおすすめの”Joe's Shanghai”にて小龍包などいただく。
この店がなかなか見つからず疲労はピークへ。
やっとの思いで見つけた甲斐あって肉汁が滴るうまさ。

とりあえずホテルへ戻り(17時頃)いつのまにか眠りに落ちておきたら19時半。
ミュージカルはチケットが取れなかったので、ライブハウス”B.B.King Blues Club & Grill”へ。
実は、きょうの出演は日本でもちょっと前に売れてCMに曲が使われたこともあるサックスプレーヤーCandy Dulfer
時間ぎりぎりだったけれどボックスの席に座ることができ、ステーキなんぞ食べながらオープニングアクトを見る。
よく見えないけどCandy。



ステージ脇の席だったので彼女が降りてきたときは数十センチの距離まで接近。
ステージはすごく盛り上がり、これだけでもNYにきた甲斐があったと感じました。
知らなかったのですが、彼女はオランダ人だったことがいっそう親近感が(勝手に)わいたりして。
店の前はこんな感じ。



興奮冷めやらぬまま、疲れで眠りに落ちました。

更新 アリゾナ時間 11月6日 5:30 日本時間 11月6日 21:00


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