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りょうちんのひとりごと
りょうちん
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2003年10月15日(水) ■
Vol.380 レインボーブリッジを制覇せよ

おはようございます。りょうちんです。

せっかく合わせた休日を楽しく過ごしたいという俺の希望に、相方がステキな企画を持ちかけてくれた。まったくバカらしい企画で、いかにも俺ららしいイベント。レインボーブリッジを渡ってみよう! って、あれ、全然普通じゃんって思ったでしょ? いやいや何をおっしゃいますか。車やゆりかもめに乗ってではなく、レインボーブリッジを歩いて渡ってみようというもの。そう、徒歩で横断しちゃうのだ。題して、踊る大走査線にひっかけて、「レインボーブリッジを制覇せよ」。
ゆりかもめに揺られて、まずは芝浦ふ頭駅で下車。それなりに混んでいた車内だったにもかかわらず、この駅で降りたのは俺らだけ。休日に観光地でもなんでもないこんな駅を利用する人なんて、いる方が不思議かも。てくてく歩いて橋の橋脚部分に到着。ここで一気にエレベーターで7階まで上がり、いよいよ横断のスタート。
さて、レインボーブリッジを渡るに関して、2つのコースがある。橋の南側か北側のどちらかを歩いていくのだが、今回は見晴らしのいい南側の「世界の童話コース」を歩くことにした。左には猛スピードで走る車と時折追い抜かれるゆりかもめを気にしながら、ずっと伸びる一本道を歩く、歩く。途中のデッキでは広がる景色を一望でき、時々足を休めて夕焼けに染まりゆくお台場の街を見ることができた。ちょうど夕闇が迫りくる時間。ひとつずつ灯りが色づきはじめるのを感じながら、俺らはゆっくりゆっくりと橋を渡っていった。
渡り始めてから約40分後、対岸の出口に無事到着。こうして1.8�劼龍兇鯤發い得�覇した俺ら。適度な疲れと過ぎてゆく海風が気持ち良くって、何とも言えない達成感がそこにあった。それにしても、こんなくだらないことをしてる人なんて俺ら以外いないだろうと思いきや、休日だったからか途中で4〜5組のバカップルとすれ違ったり追い抜かれたり。俺にしてみれば、普段は車やゆりかもめでものの数分で通れちゃう橋を歩けてマジで楽しかったけど、他の人は果たして楽しいのかどうかは微妙かも。物好きな方は、ぜひトライしてみたらどうでしょう?



2003年10月12日(日) ■
Vol.379 16歳少女殺害事件

おはようございます。りょうちんです。

ちょっと前から新聞やTVのニュースなどを騒がせている、千葉で起きた16歳少女殺害事件。少女を真夜中の墓地に呼び出して彼女の頭部めがけて70kgもある石を落とし殺害したあと、遺体に火をつけた犯人はなんと戸籍上の夫。しかもこの犯人、22歳の若さであるにもかかわらず、金融業社からお金を借りるために過去に何度も離婚をしているという事実に、誰もが驚かされた事件だったのだが。
実はこの事件があった場所は、俺の実家のすぐ近所なのである。殺害現場も、犯人が供述に使ったモノレールの終点の駅も、被害者の告別式がおこなわれたホールも、犯人のアリバイが崩れた防犯カメラのあったドンキホーテも、犯人が逮捕され拘束された警察署も。すべて実家から車をちょっと走らせれば行くことができる距離にあるのだ。もちろん今まで何度もこの事件と関連のある場所を通っていたし、俺にしてみれば事件そのものももちろんだが、こんな身近なところで起こった事件ということで、二重の驚きを隠せないでいる。母と一緒にこの事件のニュースをTVで見ていて見覚えのある場所が画面に映し出されるたびに、「あ〜、ここは○○だよね〜」なんて会話をしていた。
見覚えがある場所がふいにTVに映し出されると、ほんのちょっとだけうれしい気がする。だけど、こんな悲しいニュースで俺の実家の近所が映し出されても全然うれしくない。もっとココロが温まるハートフルなニュースで、俺の街を取り上げて欲しい。俺の住むこの街は、本当はもっとずっとステキな街に違いないのだから。この事件で亡くなった16歳の少女のご冥福をお祈りします。



2003年10月09日(木) ■
Vol.378 場違いな家族

おはようございます。りょうちんです。

先月の初旬、母は11時間にも及ぶ大手術を受けた。生死に関わる大きな手術だったが、幸いなことに手術は成功し、術後の経過はいたって良好なのだそうだ。
さて、母の手術中、俺ら家族は手術室の隣の待合室にて手術が終わるのを待つことになった。ここは俺らだけに特別に与えられた個室ではなく、その日に手術がおこなわれる人の家族のために用意された大部屋で、ソファーやイスやテーブルの他にも小さなTVや何冊かの雑誌なども置いてあった。
午前9時に母を手術室に見送ったあと、長丁場になると言われていた俺と弟は、父を残してさっそくコンビニへと買い出しに出かけた。腹がへっては戦はできぬということで、お茶やお菓子や弁当も買って待合室へと戻った俺らは、ドアを開けて驚いた。さっきまで俺らの家族しかいなかった待合室には、他の家族が何組もやってきて座る場所さえもないほど混雑していた。父が俺らのイスを確保しておいてくれたから良かったが、少しの間コンビニの袋を下げたまま立ち尽くしてしまった。
だがもっと困ったことに、これだけの大人数が待合室の中にいるにもかかわらず、みんな静まり返っているのだ。当たり前だ。大切な家族が手術をしている間、家族は心配で騒いでなんていられないだろう。仕方なく俺らもコンビニの袋からは何も出さず、しばらくはおとなしく持参した本を読んだりしていたのだが。1時間が限界だった。我慢しきれなくなった俺は弟に目で合図を送ると、一斉にコンビニの袋を開けた。俺が買ったざるそばはちょっと食べるのに躊躇したが、臭いが強烈な弟のカレーよりはましだろう。ずるずるとそばをすする音が、部屋中に響き渡った。
これをきっかけに、他の心配そうにしている面持ちの家族をよそに、俺らはにぎやかに話を始め出した。しまいにはすっかりくつろいでしまった俺ら。あきらかに生死をかけた大手術をしている母を待っているとは思えない、場違いな家族だった。そんな俺らを、やっぱり母は放っておけなかったのだろうか。午後8時、無事手術終了の放送が流れて、母を待つ長い長い一日が終わった。



2003年10月08日(水) ■
Vol.377 自分のペースで

おはようございます。りょうちんです。

気がつけば、いつのまにかあわただしさの波に完全に飲み込まれている自分がいた。やらなくちゃいけないことは山積みで、やりたいことは次から次へとあふれてきて、考えなきゃならないこともたくさんあって、仕事だってばたばたとせわしなくて、それ以外にもあれもこれもと、気を抜く暇なんて一瞬もなかった。次々と押し寄せてくる出来事をひとつずつ片付けていくのがで精一杯で、俺はもう限界を感じていた。それゆえに視野はどんどん狭くなるし、パンク寸前の俺はココロの余裕さえも見失って、もはやいっぱいいっぱいだった。
「全国的に秋晴れが広がるでしょう」なんて予報がはずれて、新潟の空は雨が降っていた。前日の夜にあれだけ飲んでへべれけになっていたのにもかかわらず、翌朝は6時に起き出してひとりで朝風呂に行った。日本海が一望できる露天風呂に浸かりながら、久しぶりに、ホントに久しぶりに緩やかな時間が俺の中を過ぎていった。ぬるめの湯船の中で静かにまぶたを閉じ、いろんなことを考えてみた。仕事のこと、相方のこと、母のこと、自分のこと、これからのこと…etc。多忙過ぎる毎日の中で、休むことを忘れてしまっていたのかもしれない。ふと立ち止まった時、ひどく疲れきっている自分が、そこに見えた。
目を開けると、大きく横たわった佐渡島があった。そしてその横の雲の隙間、鉛色の海とグレーの雲の間の小さく切り取ったような青空に、きれいな虹が光っていた。日本海から伸びる虹はとても幻想的で、朝日を感じながらも雨に打たれるという不思議な感覚の中で、水平線の方から少しずつ虹が褪せていくのをずっとぼんやりと眺めていた。
♪朝は誰にも新しい一日を用意してる〜♪。そんな歌の歌詞が、ふと浮かんできた。そうだ。時間は、誰にだって平等に同じだけ流れているんだ。あわただしさに押し潰されそうになっても、自分のペースで歩いていけばいいんだ。そんな簡単な答えを、俺はやっと見つけ出した。



2003年10月07日(火) ■
Vol.376 たったひとつの小さなウソ

おはようございます。りょうちんです。

ウソは嫌い。自分がイヤな思いをするだけでなく、他人まで傷つけてしまうことだってあるから。だから、俺はウソはつきたくない。結果として答えがウソになってしまうことは仕方がないとしても、自分の意志でウソをつこうなんてけして思わない。それなのに。俺はウソをついてしまった。
魔が差した、と言うと言い訳になるだろうか。ほんの軽い気持ちでついてしまったウソだったのに、相方にとってはとても重要なことだったとあとになってからわかった。いぶかしそうにしている相方を見ているとどんどん胸が苦しくなって、白状するきっかけを見失ってしまい、結局言い出せないまま時間だけが過ぎていった。
ウソをついてしまった日から、俺の中では何かの歯車が少しずつ狂ってしまったようだった。ウソをついたことを後悔し、胸の中のつかえがどうしても取れずに気分もイマイチ晴れなかった。相方と会ってもその話題が出るたびに挙動不審になり、自分らしさを失ってしまった。それでもこのままずっとウソをつき通そうとは思わなかったのは、ウソなんてつき慣れていない俺の態度があきらかに普段とは違っていて、いつばれたっておかしくないと自分でもわかっていたからかもしれない。ココロの中ではきっと相方にはもうばれているのに、知らないフリをしてくれてるんだと思っていた。
そして。ついに本当にウソがばれてしまった。俺は泣いて謝った。泣いて泣いて、ココロの底から謝罪をした。たったひとつの小さなウソのせいですべての信頼を失ってしまった俺は、反省の気持ちでいっぱいだった。最初は激怒していた相方も、そんな俺の姿を見て泣きながら許してくれた。ウソがばれて、正直言って内心ちょっとだけほっとした。
ごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんなさい。だからもう俺は、ウソはつきません。



2003年10月04日(土) ■
Vol.375 新潟満腹ツアー

おはようございます。りょうちんです。

新潟へ行ってきた。おいしい名産品をたらふく食ってきた。
こんにゃくラーメン…途中の赤城高原にて。弾力がある麺でものすごいこし。
銀杏アイス…越後川口サービスエリアにて。つぶつぶ銀杏がアーモンドのよう。
桃太郎アイスバー…新潟限定品。赤いかき氷と味は同じ。桃とは一切無関係。
新鮮シーフードフルコース(夕食)…カニのグラタン、茹でたカニ、魚介類のパスタ、シーフードサラダ、サザエの焼き物などなど。うますぎて笑い止まらず。
地ビール…飲み放題。コシヒカリビールはのど越しさわやか。俺は3杯でダウン。
洋食ブレックファースト(朝食)…サンドイッチ、ポタージュスープ、白身魚のフライなどなど。俺はズルして五穀ごはんもいただく。朝から満腹。
お寿司…サーモン、いわし、あじ、おおとろ、うに、白魚、しめさばなどなど。俺はすべてサビ抜きで。幸せをかみしめる。
すいか&枝豆ジェラート…すいかは香りがマジすいか。枝豆はほんのり甘く美味。
笹だんご…作りたてをそのままほおばる。粒あんが口の中でとろけて最高。
ブルーベリーソフトクリーム…ヨーグルト風味でかなり感激。
うぅ。食い過ぎたかも。この他にも車の中や夜の宴会中に、お菓子バリバリ食ったりお茶やお酒をがぶがぶ飲んだり。家に帰ってきて体重計に乗ると、4�堊�もしちゃってた俺。あきらかに太って帰ってきちゃったみたい。それほどまでに食ってばかりの俺の新潟満腹ツアーだった。
あれから1週間。ホント早いなぁ。帰ってくるやいなやあわただしい仕事の波に再び飲みこまれて、結局ひとりごとも更新することができず。俺の胃袋に納められていったうまいものたちは、すでに血となり肉となり。新潟からはほど近い、北という文字が頭につく国へと拉致でもされてしまったかと、ウワサにでもなりそうなくらいごぶさただったけど。大丈夫。俺はしっかり、元気です。



2003年09月25日(木) ■
Vol.374 新潟へ行ってきます

おはようございます。りょうちんです。

先週あたりから、仕事がめちゃめちゃ忙しい。睡眠時間も削って休みも返上で仕事をしているのには、ちょっとだけわけがある。今週末、ちょっくら旅に出ようと思っているのだ。週末の休みを確保するためには、多少の苦労だってがまんなのだ。
前々から、大学時代の友達とどこかへ遠出をしたいなんて話していた。卒業してから転勤やら結婚やらでみんな離れて暮らすようになっちゃったし、仕事なんかで忙しく、あの頃みたいにすぐに集まってどこかに行こうなんてことは難しくなってしまった。しかし、去年はあれほどまだ遊び足りないと言っていたK子やMちゃんまでもが子作り宣言をして、気がねなく羽を伸ばせる時間もあとわずかに迫ったことに気がついた俺たち。それじゃあ最後にみんなでどこかに行きましょうということが本決まりになり、いよいよ今度の週末にその計画が実行に移されるのだ。
さて、今回の目的地は新潟。たった1泊2日の予定だけれど、BちゃんとYくんの車に総勢7人が乗り込んで、関越を飛ばして寺泊まで行くつもりだ。今回の旅行は、日本海のおいしいものをたらふく食べようツアー。食欲の秋、味覚の秋ということで、実りの秋を思う存分体験してこようと思う。取れたての新米コシヒカリ。日本海の新鮮シーフード。その他にももっとたくさんのおいしいものを探して、舌鼓を打ちまくりたい。
新潟って、実は俺の中ではあまりなじみが薄いところだったりする。以前ひとりでふらっと行ったことはあるが、じっくり留まって観光したことはない場所なのだ。だからこそ、今回の旅では新潟をココロから満喫したいと思っている。うれしいことにあの頃バカばっかりやっていた友達も一緒だし、久しぶりにあの頃の仲間たちとはめもはずしちゃいたい。この旅が、思い出に残るステキな旅になりますように。土曜日の早朝、新潟へ行ってきます。



2003年09月21日(日) ■
Vol.373 もう逢えないかもしれない

おはようございます。りょうちんです。

ついにやってしまった。ケータイの紛失。今までにも何度かなくしかけたことはあったが、そのたびに誰かに拾われたりして、やがては俺の手に戻ってきてはいたのだが。すでになくしてから数日が過ぎ、どうやら今回ばかりはとうとう見つからなそうだ。自分が悪いとはいえ、気分はやっぱりブルーなままだ。
午後から仕事に行こうとしてふと気がつくと、すでに俺のケータイは見当たらなかった。そういう日に限って、午前中のうちにいろんなところへ足を運んでしまっていた俺。母の病院、コンビニ、ファーストフード店、スーパー。いろいろと動き回っている途中で、落としてしまったに違いない。あわててこっちから自分のケータイに電話してみると、一応コールはするのだが。どこで鳴っているのか、全然見当がつかないのだ。次の日、自分が行ったところすべてを聞き込みに行ったんだけれど。結局は見つからず。やがてケータイの電池が切れてしまったようで、電話をしてもコールもせずにすぐに留守電に切り替わってしまった。こうなったら絶望的。もう見つかる可能性はゼロに近いだろう。
100歩譲って、ケータイがなくなったことは仕方がない。型も古かったし、2年近くも使ってりゃ充電だってすぐに切れる。近いうちに買い替えなきゃと思ってたし、なんとかあきらめもつくのだが。なにが凹んだかって、ケータイに入っていたデータがすべてなくなってしまったこと。何度もなくしかけたことがあるのにもかかわらず、バックアップなんて全然取っていなかった俺。本当に俺らしいのだが、ケータイの中にしか入っていなかった人の電話番号やアドレスもかなりあったわけで。それがすべてわからないってことは、ある意味縁を切ってしまったということでもあるわけで。そうなったらもう逢えないかもしれない人も、かなりいるわけで。
すでに新しいケータイを手にいれた俺だけど、やっぱり素直には喜べない。そういうわけでみなさん、再度登録をし直しますので、至急俺のケータイ宛てに連絡先をお知らせしてください〜。



2003年09月17日(水) ■
Vol.372 怒るということ

おはようございます。りょうちんです。

喜怒哀楽を表現するためには、ある程度のパワーが必要だと思う。楽しくて笑ったり悲しくて泣いたりするには、ただきっかけがあるだけではココロの底からその感情に浸ることはできない。おおいに笑ったり泣いたりするために、誰もが知らず知らずのうちにそういったパワーを密かに溜めているんだと思う。そしてこのパワーを使い喜怒哀楽を表した時に、人は少しずつ成長してゆくに違いない。
さてその中の、怒りのパワーについて。このパワーこそが、数ある感情の中でいちばんもったいないパワーだと俺は思う。俺自身、怒るということが最も苦手な感情だからそう考えるのかもしれないが。怒りのパワーが100%無駄だとは思わないけれど、怒りを表すのならば、もっと他の感情にそのパワーを費やせばいいのにと思ってしまう。考えてみれば、怒りを表したあとに何が残るだろう。腹が立ってイラついてしまった自分への反省と、改善策でも見出せればまだ救われるのだが。ただ単純にぶつけようのない不快感が残ってしまうだけ、ということも多々あるだろう。
だったら、その怒りを何か他の感情に変えられたら、と思ってしまう。怒るためにパワーを使うのなら、その分笑ってココロから楽しんだり泣いて痛みを胸に刻んだ方が、俺は賢いやり方だと考えてはいるのだが。
しかし突発的な出来事に遭遇して、一時的な感情の昂ぶりや場合によっては意図的に怒りのパワーを表さなければならないこともあったりする。こんな俺でも、時には怒り爆発という事態に陥ったりすることもあるわけで。けしてそういう感情を表そうと望んでいるわけじゃないのに、やむを得ず避けられない時もあるのだ。
そこで。たとえ怒りを隠しきれなかったとしても、それを一時的なものに留めておこうと俺は心掛けている。後々にまでその怒りを根に持ったりしたくはないし、自分自身にとっても、そういうやり方が最もプラスになる方法だと思っている。だから俺は、さっきまで怒っていたとしても、今はもう怒っていないのである。



2003年09月15日(月) ■
Vol.371 思いがけないHAPPY

おはようございます。りょうちんです。

昔はすごく仲が良かったのにいつのまにか音信不通になってしまい、もう何年も会っていなかったのに偶然ばったり出会ってしまうというシチュエーション。神様が突然くれたプレゼントのようなもので、きっと誰もがすごくうれしいことだと思うんだけれど。そうそう簡単にはそんなことなんて起きなかったりで。でも俺、最近そういうことが良くあるんだよね。実は今日も、さ。
母のお見舞いが終わり、病院の自動ドアを出た瞬間、向こうから来る人に呼び止められたんだ。良く見てみると、中学高校と同級生だったSくん。彼、中学の頃は俺と同じくらいちびっこかったのに、高校生になるとぐんぐん背が伸びちゃってさ。それでも高校時代は帰り道が同じ方向だったから、田んぼの中ののどかな畦道を自転車こいでよく一緒に帰ったりもしたんだ。卒業してからはいつのまにかお互い連絡も取らなくなっちゃってて、きっと10年近くぶりに会ったのかもね。
で、なんで病院なんかにSくんがいるのかと思ったら。なんとSくん、3年前に結婚されて、先週彼の奥様が出産なさったんだそうで。しかも今日が退院の日だそうで、奥様とベイビーをちょうどお迎えに来たところだったみたいで。なんともおめでたいところに、俺が遭遇しちゃったらしく。そういや久しぶりに見るSくんは、メガネなんかかけちゃっててすっかり落ち着いて見えたよ。「りょうちんはあの頃と全然変わってないから、すぐにわかったよ」なんて、Sくんは言ってたけどね。
そうかぁ。俺の知らないところで、みんな結婚したり子供が生まれたり。もう俺もそういう歳なんだよねぇ、なんて改めて考えちゃったりもしたけれど。おめでたいSくんから、思いがけないHAPPYを少しだけ分けてもらったような気がして、帰りの車はずっとにやけた顔で運転しちゃった俺だったかも。
Sくん、おめでとう。パパ、がんばってね。約束通り、近いうちに一緒に飲みましょう!