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| 2014年08月31日(日) ■ |
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| Vol.820 人生の分岐点 |
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おはようございます。りょうちんです。
順風満帆で穏やかな人生はそれはそれですばらしいけれど、ちょっとくらい波乱に満ちた山あり谷ありの人生の方が楽しいに違いない。結構タイミングって意外に大事だから、船が来たならば次の船を待たずにすぐに乗り込むのもありだと思う。自分の生き方に悩んだり人生の岐路に立たされた友人に何かアドバイスをする時、今までの俺はそう助言してきた。 ここ数年、俺にとっては本当に穏やかで比較的平和な日々が続いてきた。小さな悩みや困りごとは繰り返しやってくるけれど、それはごはんを食べてたっぷり眠れば忘れてしまえるくらいのもので。忙しい毎日ではあるけれど、振り返って考えたら幸せだなぁと感じられることがたくさんあって。だから、波乱や激動と呼べる事件からは長い間遠ざかっていたからこそ、気持ちのどこかでこんな平和な毎日は永遠に続かないと身構えていた部分も俺には確かにあった。 人生の分岐点となる年が、誰でも一生のうちに何度かあるのだとしたら。俺にとって、もしかしたら今年がその人生の分岐点になるのかもしれない。今年の春、俺の人生を乗せた船は俺の意志とは無関係に激流の波に飲み込まれた。そしてどこへ向かうのかすらわからないまま、行先不明の状態で夏を迎えた。しかし、この出来事を俺は悪いアクシデントとして受け止めたのではなく、むしろ今までの平穏な毎日とサヨナラできる絶好のチャンスだと考えたのだ。見通しの立たない将来への不安は確かに存在したが、そんなことに絶望を感じたわけではなく。それ以上にこれからやってくるだろう新しい世界への期待感が、はるかに大きく上回った。俺の人生はこれからどんなふうに転がっていくんだろうと考えたら、もう胸がわくわくしてどうしようもなかった。ある意味、こんなふうに人生の分岐点が自分の身にやってくることを、密かにどこかで待ち望んでいたのかもしれない。 8月も終わりが近づき、俺を襲った激しい荒波もだいぶ穏やかになった。俺の人生を乗せた船も、結局は落ち着くところに落ち着くんだなぁと思える場所に辿り着いた。依然として航路は不安定な状態ではあるが、俺の未来は希望を乗せてまだまだ遠くへと続いてゆく。
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| 2014年07月30日(水) ■ |
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| Vol.819 堪忍袋の緒が切れた |
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おはようございます。りょうちんです。
実家を離れ、この部屋でひとり暮らしを始めたのが2000年7月。それから5年後に相方がやってきて、2005年5月からは一緒に住むようになった。考えてみたら、賃貸契約を結びここで生活し始めて15年目に入る。ふたり分の荷物も増えてやや手狭ではあるが、不満もなく愛着も沸いて当分ここからは離れたくない。 さて。去年の秋に、一方的に部屋の管理会社が変わった。それにともない大屋さんも変わったので、家賃の振込先も駅前の大手の不動産仲介業者に変更になった。今後何かある時は仲介業者に連絡すれば良いし、とても便利になった、はずだった。 しかしこの仲介業者、全国展開している大規模な大手企業のくせに、まったくまともな仕事をしてくれない。契約更新の書類が契約満期になる日付のわずか6日前に送られてきたと思ったら、それは不備だらけの書類で。送付が遅れた理由を担当者に聞けば、明らかにウソとわかる苦しい言い訳をして。責任者に代わっても、100%の不手際を認めているにもかかわらず謝罪の意思はまったく見えず。更新の手続きを進めたくても、話は平行線のまま進展できず。手続きが遅れているのは全部仲介業者の不手際のせいだということは、大家さんには隠したままで。ひとつやふたつの不手際や不備やミスなんてものじゃなく、数えられない数の失態と何ひとつまともにできない仕事っぷりに、さすがに俺も堪忍袋の緒が切れた。「〜できる」とか「敏腕な」と和訳できる単語が社名じゃなかったか、お前のところは! 最終的には俺と仲介業者と大家さんの3者で話し合いをすることになり、謝罪する必要のない大家さんがひどく恐縮する姿に免じて、更新手数料は支払わないという条件で何とか手続きを完了することができた。忙しい仕事の合間を縫って各所に電話をしたり、仲介業者の事務所に4回も足を運んだりと、今月はほぼこの一件に労力を費やし精神的にへとへとだ。おりしも高校野球は選手権の地方予選が真っ盛りだというのに、まったく気が気じゃなかった。不動産トラブルはこじれるとやっかいだと聞くけれど、でもこれで当分は安住の場所が確保できたわけだ。一件落着。
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| 2014年06月29日(日) ■ |
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| Vol.818 質量保存の法則 |
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おはようございます。りょうちんです。
質量保存の法則とは。化学反応の際、反応する物質と生成する物質はまったく異なる物質であっても全質量は等しく、反応の前後で物質の全質量は変わらないという法則。中学の時に習ったけど、スチールウールを燃やして鉄と酸素を結合させて酸化鉄を作る実験だったっけ? もうすっかり忘れちゃったな。 さて。我が家の家庭菜園が今年もすこぶる絶好調だ。青じそはすでに食べ切れないほど繁殖しているし、かぼちゃも日に日につるが伸びて毎日大きな黄色い花を咲かせている。プランターでの栽培なのに、土の中で育つ玉ねぎやじゃがいもが小さいながらも収穫できた時は本当に驚いた。芽が出てからまだ数年しかたっていない柿や夏みかんやアボカドはさすがにまだ実がなるほどではないが、去年よりは確実に大きく成長している。我が家では収穫したものはそのまますぐに食卓に並ぶため、収穫のよろこびが食べる楽しみへと直結している。 とはいえ、忙しい毎日の中で家庭菜園ばかり気にかけてはいられない。米の研ぎ汁と野菜くずは土に返すようにしているが、本当は丹精込めていろんな野菜や果実を栽培したいのに、草むしりすらろくにできないでいるのが現状である。だが、結構ほったらかしの放任主義でも案外すくすく育ってくれるので、俺としては手もかからずうれしい限りである。いや、もっとぶっちゃけて言うと、青じそもキャベツも去年栽培していたものが勝手に花を咲かせて種を落としたものだし、ピーマンもかぼちゃも料理した食材から出た種を放っておいたら芽が出てきたものだし、玉ねぎやじゃがいもに至っては埋めておいた野菜くずが勝手に自生して実がなったものだと思われるのだ。 土に返した米の研ぎ汁と野菜くずが、時間をかけて変化し再び食べ物となって食卓を潤してくれている。今まで当たり前だと思っていたことだが、良く考えると植物って本当に不思議だ。土に返した分だけ食べることができるのならば、これこそまさに質量保存の法則なのかもしれない。我ながら、究極のエコだと思う。
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| 2014年05月31日(土) ■ |
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| Vol.817 借りもののカラダ |
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おはようございます。りょうちんです。
最近ずっと考えているのだが、いまだに頭の中できちんと整理できていないことを今回は記したいと思う。伝えたいことが上手に表現できない部分も多々あるが、ここに記すことで少しでも俺の考えていることがまとまれば良いと願いつつ。 人の身体は、家電や自動車に似ている。この突拍子もない例えが適切なのか自信はないが、何かに例えるなら家電や自動車が最もわかりやすいものだと思う。家電や自動車には寿命があって、どんなに大切に使ってもいつかは壊れて使えなくなる。酷使したり乱暴に扱えば寿命は短くなるし、メンテナンスをして丁寧に使えば長期間の使用も可能だ。人の身体も同じで、無理や無茶が祟れば長寿は見込めないし、具合が悪くなっても的確に処置するほど長生きできる可能性が増す。また、背が高いとか声がきれいだとか視力が悪いとか色黒だとか人における身体的特徴は、家電でいうならスタイリッシュなデザインだとか水濡れに弱いとか、自動車でいうならスピードが出るとか燃費が悪いとか、そういう部分に繋がってくると思う。 ただひとつ違うのは、家電や自動車は自分の気に入ったものを吟味した上で購入することができるが、身体は好きなものを選ぶことができず生まれた時に与えられたものを一生使っていかなくてはならない。だからこそ、ずっと使ってきた自分の身体ゆえに、カラダは自分のものだと錯覚してしまうのだろう。いわばカラダは、生まれた時からやがていつか動かなくなるまで使うことを許された借りものなのだ。人の本質的な部分は魂だか心だかわからないが別のところにあって、それが単純にカラダを使いこなしているだけなのだ。そう考えると、身体が衰えていくこともいつか死を迎えることも、別に怖いものではないと思えてくるから不思議である。 こんなことを書くと、怪しい宗教に影響されたかとでも思われてしまうかもしれないが、けしてそうではない。自分の身体とは何か哲学的に考えていたら、こんなふうに整理するのが俺にとって最も楽な考え方だっただけだ。愛すべき借りもののカラダを、俺はこれからも大切に使って生きていこうと思う。
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| 2014年04月24日(木) ■ |
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| Vol.816 初めての友達 |
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おはようございます。りょうちんです。
俺がちびっこだった頃、おそらく2歳くらいの俺の写真には、たいがい薄汚れたぬいぐるみが一緒に写っている。クマなのかパンダなのか今ではもうよくわからないが、目は黒いボタンでできていてまん丸な赤い鼻が縫いつけてあり、大きな顔で二頭身のごわごわしたタオル地のぬいぐるみを、俺はいつだって肌身離さず抱えていた。名前はコロちゃん。風呂に入る時以外は眠る時も遊びに行く時も常に俺とコロちゃんは一緒で、旅行先でもコロちゃんを抱いて写っている写真が何枚もある。 コロちゃんがいないと俺は不機嫌だったし、そんな時に誰かがコロちゃんを連れてくればそれだけで気持ちが落ち着いた。一度母が汚れたコロちゃんを俺の知らない間に洗ってくれたことがあったのだが、コロちゃんがいないとぐずる俺は陰干ししてあるコロちゃんを見つけ、濡れているコロちゃんを抱いて離さなくなってしまった。そんな昔話を、今でも母は時々語る。俺の中でコロちゃんの記憶はもうかすかにしか残ってないが、コロちゃんは俺にとって初めての友達だったんだと思う。 3歳になってすぐ、俺は保育園へと預けられた。保育園にコロちゃんは連れて行けない。「コロちゃんをだっこしている赤ちゃんは保育園に入れてくれないよ!」とか、「保育園にはコロちゃんよりもっと楽しいお友達がいっぱいいるよ!」とか、そんなコトバでたしなめられて渋々コロちゃんを置いて保育園に通うことになった俺だが、やっぱりひとりぼっちになる不安の方が最初は大きかった気がする。それでもすぐに保育園になじんだ俺は、いつのまにかコロちゃんの存在も忘れ、まもなくコロちゃんに卒業することができたのだ。 姪の初めての誕生日に、パンダのぬいぐるみをプレゼントした。ごわごわしたコロちゃんとは違って、素材もふわふわで触り心地も気持ち良い。彼女にとっての初めての友達になってくれたらなんて都合の良いことを望んでいたのだが、1歳になったばかりなのになんとこの4月から保育園に通うそうだ。まだつかまり立ちしかできないというのに。がんばれ、おじさんは応援しているぞ。
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| 2014年03月18日(火) ■ |
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| Vol.815 伊豆大島に行ってやりたい10のコト |
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おはようございます。りょうちんです。
俺らにとって東日本大震災と言えば、まず最初に伊豆大島が頭に浮かぶ。あの日、俺らは伊豆大島にいた。地震が発生する数時間前に島に渡り、避難を余儀なくさせられた俺らは観光も満足にできないまま、大津波警報で出航できない船のせいで丸一日島内に閉じ込められた。でもそのおかげで普段なら到底できない貴重な体験もできたし、何より伊豆大島の多くの人たちに数え切れないご好意を受けたのだ。 感謝の気持ちはずっとあるのに、直接お礼が言えないまま時間は過ぎてゆく。そんな中、昨秋の台風26号の大雨で大きな土砂災害が伊豆大島を襲い、深刻な被害をもたらした。今こそ伊豆大島に渡り少しでも力になりたい。そしてあの時世話になった人たちにお礼を伝え、中途半端で終わった観光のリベンジをしたい。3年前と同じ3月第2金曜日に俺は連休を取り、相方とともに館山から伊豆大島に向かった。 �…�役場を訪れ、あの日預かったお見舞金を返し義援金として使ってもらう。 ��土砂災害のあった被災地に行き、お線香をあげて手を合わせ黙祷する。 ��あの日開催中止になってしまった椿まつり会場で、あんこさんのショーを見る。 �つ悗泙弔蟆饐譴如△△鵑海気鵑琉畫�を着させてもらう。 �イ△瞭�港が封鎖されて立ち入りできなかった波浮港の街並みを散策する。 ��宿泊予定だった船宿に今度こそ泊まり、ご主人と女将さんにお礼を言う。 �Г△瞭�の夜は結局食べられなかったおいしくて新鮮な魚料理を堪能する。 �┿宛胸海謀个蝓△△瞭�大きな揺れを感じた山頂で地震当時のことを思い返す。 ��お茶とマフィンをいただいたくさや屋のおばちゃんを探し出し、お礼を言う。 ��大津波警報のせいであの日は封鎖された、浜の湯に入る。 結果から言うと、上記した俺らが伊豆大島に行ってやりたい10のコトは、今回の旅で全部達成できた。島の人たちは相変わらず温かくて、持参したお礼より多くのお土産をいただいてしまったが。再び伊豆大島を訪れたことで、ずっと胸にあったわだかまりは消えた。3年間に及ぶ俺の中の伊豆大島の旅は、やっと終わったのだ。
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| 2014年02月09日(日) ■ |
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| Vol.814 ぜんぶ雪のせいだ |
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おはようございます。りょうちんです。
金曜日。大雪の予報が出ている。近年にない大雪になるかもしれないと、TVからも盛んに警告を促している。翌日の出勤は車よりも徒歩にした方が賢明だろう。新しい長靴を買いにディスカウントストアを訪れてみたが、長靴は完売していて給食のおばさんが履くような白い作業用のものしか残ってない。それどころかパンや惣菜などの食料品もほとんど売り切れている。どれもこれも、ぜんぶ雪のせいだ。 土曜日。予報通り未明から雪が降り出したので、まだ雪が強くならない昼過ぎに店を閉め早々帰宅。家に着くと、相方は例の運動教室にこれから向かうと準備をしている。「今日はやめたら?」という意見も聞かず運動教室に向かった相方は、案の定帰りの電車が止まり帰宅困難になった模様。どれもこれも、ぜんぶ雪のせいだ。 早く帰って来れた俺は時間に余裕もできたので、夕食の準備を始める。ひとりだけの食事なら手抜き料理で済ませるのだが、雪の中を帰ってくる相方を考えるとそうもいかない。煮物に焼き魚、サラダに炊き込みごはん、がんばって手作りデザートまで用意してみた。しかし雪は強くなる一方で、結局電車は終日不通。ひとりぼっちの夕食になった。どれもこれも、ぜんぶ雪のせいだ。 そして今日。記録的な大雪になった。一夜明け雪はやんだが、それでもとりあえず店に行かなくてはならないので、完全防備で家を出る。朝から雪かきに精を出す人もいたが、歩道でも吹き溜まりのところはひざ以上の高さまで積もっている。高村光太郎じゃないが、僕の前に道はなく僕のうしろに道はできる、そんな中をかき分けて歩いていった。2時間あまりかかりやっと店に辿り着けたが、帰りも同じだけ苦労すると思うとうんざりする。どれもこれも、ぜんぶ雪のせいだ。 今日の仕事の大半は雪かき作業に追われた。専用のスコップで店頭の雪をかくのだが、普段はやらないこの作業が想像以上に重労働だ。2時間も雪道を歩いたあとのカラダにはなおのこと堪える。明日以降、腰も腕もひどい筋肉痛になるのは覚悟しなければならない。どれもこれも、ぜんぶ雪のせいだ。
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| 2014年01月30日(木) ■ |
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| Vol.813 高校野球検定 |
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おはようございます。りょうちんです。
高校野球のシーズンが終わりを告げた11月下旬、高校野球検定なるものを受験してきた。朝日新聞社主催のこの高校野球検定は、今回初めて作られたものらしい。自称高校野球オタクを名乗る俺は、検定が開催されるのを知るやいなやこれは絶対に受験しなくてはという使命感に駆られ、早々と申し込みを済ませた次第である。 さて受験要項によると。初級と中級の2段階のレベルがあるが、せっかくなのでダブル受験をすることにした。初級も中級も、第1回からこの夏の第95回までの選手権全国大会からが出題範囲とある。つまり、春のセンバツや地方大会などについては出題範囲外で、夏の甲子園には数回訪れただけの俺としては少し不利かとも思われたが。逆に考えれば夏の選手権全国大会にのみ焦点を絞れば良いのであり、さっそくこの検定のために作られた公式ガイドブックなる本を購入した。それでも各大会にそれぞれドラマがあり、95回も歴史があれば出題範囲は莫大な量になる。 そして検定当日。会場は都内某大学。会場に入ると、同じテキストを持った人がすでにたくさんいた。こいつらみんな俺と同じ高校野球オタクかと思うと、同じ趣味を持つ同士だとうれしく思う反面、今日の検定には負けるもんかと敵対心も育ち、微妙に複雑な気持ちになる。初級も中級も制限時間は60分のすべて四択のマークシート。厳正なムードの中、定刻通り高校野球検定はプレイボールとなった。 ひっかけ問題も結構あり、出題量からも時間との戦いである。初級から想像以上に苦戦を強いられた俺は、中級になるとレベルも上がり集中力も途切れがちだ。それでも甲子園でプレーする球児さながら、全身全霊で難題に取りかかった。 受験から1ヶ月後の年末、合否結果が送られてきた。どうやら60点以上が合格と確定したようだ。そして俺の得点は、初級80点で合格、中級45点で不合格。うーん、自己採点で中級はおそらく厳しいだろうと思っていたが、やっぱり悔しい。甲子園で言うならば、初戦は突破したが、2回戦で敗退といったところか。 次の高校野球検定の開催は未定だが、俺は再度受験してリベンジできるだろうか?
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| 2013年12月30日(月) ■ |
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| Vol.812 運動教室の成果 |
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おはようございます。りょうちんです。
相方がスポーツジムに通い始めて3ヶ月がたった。年齢とともにぽっこりと出てきたおなかを引っ込めて体重を減らしたいという希望を胸に、通勤途中の駅の近くにある某スポーツジムの門戸を叩いた相方であるが。入会した当初、相方はそのことを俺に内緒にしていた。理由は簡単、料金がけして安くないからである。半年契約で一括支払いが最も割安とはいえ、月換算にすると1万円近い買い物になる。「日曜以外はいつでも行けるし、お風呂もサウナもあるから家で入浴する必要がなくなる。毎日通えばほら、結構安いでしょ!」と言う相方に、自分で稼いだお金で行くなら好きにすれば良いと俺は言ったけど。腹の肉を取るために何万円も支払うなんて、俺には考えられない。 半年契約をしたからには三日坊主にならなきゃいいけどという不安をよそに、それから相方はせっせとジムに通っている。ジムのことを「運動教室」と呼び、午後から始まる仕事の前に汗を流すのが日課になった。いろんなトレーニングマシーンを使い、インストラクターがプログラムしてくれたカリキュラムを日々こなす。たったそれだけのことなのに、運動教室の成果は悔しいけれど俺の予想以上にそこそこ顕著に現れている。体重はマックスの頃と比べると10kgほど減り俺よりも少なくなったし、妊婦かと思えるくらい膨らんでいた饅頭みたいな腹もそれなりに引っ込んだ、気がする。さすが相手はプロ、餅は餅屋だ。それでも相方はこの成果にまだまだ納得をしてない様子なのだ。 一方俺はというと、運動教室どころか運動すらろくにしてないので、運動不足と慢性的食べ過ぎによりおなかまわりも毎日順調に育っている。けしてよろしくはないのだけれど、かといって相方と同じように運動教室に通おうとは思わない。それだけの高額な費用を出すなら、その分おいしいものを食べて自分の身にした方がよっぽど良いと俺は思っている。
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| 2013年11月30日(土) ■ |
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| Vol.811 ナンバープレートを盗まれる |
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おはようございます。りょうちんです。
いつものように出勤のため家の前に停めた愛車に乗り込もうとした時、なんとなく違和感を感じる。もう一度愛車を良く見てみると、前方のナンバープレートがないではないか。あわてて後方も確認すると、これまたなくなっている。やられた。盗まれた。前日の夜に車を停めてから朝までの間に、誰かが俺の車にいたずらをしたに違いない。幸い車内を荒らされた形跡はなかったが、警察には一報を入れた。 電話越しの警官から、「あなたもですか。昨夜から市内で車のパーツが盗まれる被害が相次いでまして…」との情報が。どうやらいたずらされたのは俺の車だけではなかったようだ。ナンバープレートを盗まれるなんて、笑い話に聞いたことはあったけど、本当に盗まれた人を俺は知らない。俺がまさかその当人になるとは。一応被害届を出してカタチだけの現場検証をしたものの、おそらくナンバープレートは出てこないだろうとのこと。盗まれたナンバーに思い入れがあったわけでもなかったので俺はまだ気楽に考えていたのだが、実は厄介なのはここからだった。 まず、ナンバープレートをつけていない車が公道を走ると交通違反になってしまうため、市役所に行って仮ナンバーを取得しなくてはならないと説明を受ける。もちろん車に乗って市役所に行くことはできないので、自転車を漕いで市役所に向かった。仮ナンバーを装着した車は今度は県の陸運局に行って、新しいナンバープレートを発行してもらう必要がある。発行に必要な書類はわかりにくい上に全部自分で記入して窓口に提出しなくてはならないし、おまけに陸運局の人は親切に書類の記入の仕方を教えてくれたりしないので時間もかかる。そして何より発行手数料もそこそこかかるのだ。 いやいやいや。被害者は俺の方だ。俺は何も悪くない。なのになんで時間もお金も費やして、面倒な手続きを俺がしなくてはならないのか。何とも腑に落ちないまま俺は、こうして新しいナンバープレートをやっとの思いで手に入れた。ナンバープレートを盗まれるなんて、もうこりごりだ。
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