番茶日記
札幌編から神奈川編へ
PC持ってないからかなり不定期更新
内容も寂びれてます

2002年07月22日(月)

この一週間気づけば、まっすぐ家に帰ることがなかったことに気づいた。

家にまっすぐ帰っておきながらも日記をまとめて書いてる自分に「ゆっくりしろよ」とつっこみたくなるけど
自分で自分の日記を読んだりするけどちょっと「自分史」読んでるみたいでおもしろい。
書いてることはくだらないくまとまりもないけど、成長してる部分を見つけると自分が嬉しい。

今の自分しか知らない人には意外なことだと思うけど。
人に優しくしてもらって「偽善だ」といったり
友だちにたいして「私は友達なんかいない」と吐き捨てたり
「誰も自分の気持ちなんてわからないだろう」と思ったり
つまらないことにへこんで、「辛い、苦しい、私は一人だ」と思っていた時期があったなんて、そんなんいつの話よ状態になっていたりする今。
そういうこと真面目に思い込んでいた自分が懐かしいようで、馬鹿らしい。

今の私っていうのは、まったくこれとは逆になっていたりして
人間変わるもんだぁと自分の中の変化に驚くときがある。
汚いことや意地悪なことやウワベだけの事柄に遭遇したとしても、
偽善でも、奇麗事でも、なんでもいいからそれなりに対処して受け入れるしょ、今の自分は、人にも頼るし。



2002年07月21日(日) 感動秘話

毎日が刺激的でスリリングで危険ばかりでハラハラしてはいないけど
へいたんで、変わらなくて、穏やかならちょっと退屈しても私はこれに満足してるなぁと最近思う。
やかましい人間だけど、意外に平和主義者。

今日はご近所ゲイ友のお宅に遊びにいった。
持参の桃とマイ焼酎を両手にもって近所をパジャマ姿で歩く。
最近電磁波にやられている彼ですが、相変わらず優しいお人で
一方的にな私の会話に付き合ってくれた。
「今日の話にコメントはないの?」と聞くと
「イッチの心の中で、ちゃんと整理がついてるから俺のコメントは必要ないよ」とナイスコメントをいってくれた。
それから
「最初会ったときには凄い女の子だと思ったけど、知ってみれば本当にいい子で、友だちになれてよかったよ」と泣かせるもっとナイスなコメントをいうご近所ゲイ友。

私の持っている荷物を持ってくれたり(持てるんだけど)席を譲ってくれたり(立っていられるんだけど)、雨に濡れた自転車のサドルを雨に当たりつつ拭いてくれたり(濡れてても気にしないんだけど)、
「女の子だから」とちゃんと気にしてくれる彼がこの世にいる人たちのなかで一番尊くて大事だと思えます(私の中の一番の人は実はたくさんいるけど)

今夜も彼の優しさと空になったボトルを持って帰宅した。



2002年07月20日(土) クラブにカレー粉飛ぶ日

「それって醜いよ、なんか違う、あなたらしくない」
「わかっているんだけど、自分でもよくわかってるんだけどでもいいたくなる」
後日本人様からの深夜のメール
「憎しみからは、何も生まれないよね」
あーと思った、言った言葉は伝えてしまってからなかったことにはできない。
妬む部分もあって、憎む気持ちがあって、わかっていても説明できない箇所があって当然のこと、それを「らしく」ないっていってしまっては駄目ですね。
「そういうところ見れて私としては、嬉しかったんだけど」といったら
「えーなんで?」とあっけらかんといっているその方は本当に性格がいいのですよ。

今日はゲイナイトにいってきました。
クラブの前にいた見ず知らずのオランダ人男性に酔って絡んで、本気でやがられて、MCの人には「五月蠅い」と注意されるはしゃぎよう。
「あーたオカマとばっかしいたら女できないわよ」といわれ内心「もう遅いよ」と思ってみたりして、帰りにノンケ女の子連れのゲイの知り合いに話しかけたら「あんた、もういいわよ、帰んなさい!」といわれる始末。
相変わらずご近所ゲイ友には、「あーた大丈夫?飲みすぎ!!」と相変わらずの好例のセリフを吐かれた。

ショータイムで「亜麻色の髪の乙女」が流れて、
「彼のもとへー♪」の歌詞の時にカレー粉が飛んできて
「カレーの元、そのまんまじゃん」と爆笑。
生卵が飛んだときには、世の中が薔薇色に染まりました。
だから、ゲイナイトってすきなのよ。くだらなくて汚い小道具ばっかあって。



2002年07月19日(金)

これから、花火大会にいってきます。
札幌はただ今、蒸し暑いです。さっきまで雨降ってました。

7:00までに、迎えにいかないと。
なので今日の日記はこれにて



2002年07月18日(木) ブスも根暗も好きだからやめられない。

職場の人と今見たい夢の話をしたら、
好きな人と私の子どもを抱いてる夢をみたいといわれた。
夢は、願望の表れなんでしょうかね。


すごく心地のいい気持ちで
安心して、不安も揺るぎもなくて
穏やかな夢をみた。
起きた時はもう現実で、夢の中身はたいして覚えてないけど感覚は憶えている。
夢をみるなら、現実で見たいですね。
夢は醒めるものですから。

チャット。
あまり進んでいかないけど、明日休みということもあって参加してみました。
できるならば、顔をみて話したいところだけど
遠い人と話せるって私にとっては凄いこと。
やはり、ネットの世界をバーチャルだとかリアルだとか嘘だとか思うのは、人それぞれのネットに対する姿勢で変わるものだと思う。

会いたいと思う人に会って、話したい人と話す。
会いに行って、話をしにいく。
もちろん、会いにきてほしい。



2002年07月17日(水) 勝手な想像、勝手な解釈

昔はモノクロで少し前はカラーで今はもっと鮮やかなカラーな目の前を見ている自信がある。



昨日同僚の子が「今病んでいるのにこんな話してごめんね」と自分の恋愛話
を相談してきた
違う同僚の子が「悲しいことで落ち込んでいる場合じゃないよね」と私にむけていう。

「あのさー病んでいないけど、それにあなたの相談聞くぐらいの余裕あるよ」
「悲しくないし、勝手に悲劇にしないでよ」
といったら、二人とも自分達の思い込みを笑いにしてた。
私って今病んでいて、悲しい人だそうです。
そんなわけで、職場の流行言葉は「病んでますから」でした。
どんな話題の最後も「病んでから」で締めくくる。
この手法で昔どんな横暴なこと言っても「私オカマだから」と開き直っていたころを思い出す。

勝手に病ませるなっーに。
風邪みんなひいてるあんたたちのほうが、よっぽど病んでるよ。
心配だよ。
そんなわけで、今日は2名風邪で早退、私は健康体。
仕事でミスったら「病んでるのですいません」っていってやる。




2002年07月16日(火) 出来る範囲でやればいい

休憩時間に友だちをたたき起こして、お家に遊びに行った。
私の最近の近況などを話し、二人でとりあえず笑っておく。
「誰にも話せないって思ってる人は大変だよね」っていう話になる。
詳しく書くと「私は同性が好き、こんなことはいけない!誰にも話せない」って思う人ね。
友だちは高校生の時によくある女子同士のスキンシップを「ラッキー」と思っていたらしく、それを聞いて「あ!私も」って思って。
でもそこで「私そんなこと思うなんて」って思う人は、悩むのだろうね。
と話ていたのですなー
お互い、自分の性的指向を楽しんでいてあまり隠すこともなくいるので「他と違う、おかしい、悪いこと」なーんてまったく思ってない人間なのですわな。

実は過去の私の十代を振り返ると「違う・おかしい・悪いこと」って思いこんでいた時期があったのも確かなこと、
いつのまにか、「楽しい・おかしい(笑いの意味で)・私らしい」って思えるようになったんだっけと、戻れない過去の記憶を辿っていきそうになってしまった。
でも、いいや、今が一番楽しくて幸せだから。
「隠す」ことは結構大事で、いって面倒なことになるなら私は隠しますね。

仕事の後に札幌のレインボーマーチの実行委員やってる男の子と前年度のパレードの引継ぎをかねて食事をすることに(去年私は実行委員として参加した)
彼も学業で忙しいそうで、なのに
「死ぬよ、追い詰められるよ、もう終わったらぼろぼろよ」脅してみたら
「怖いこといわないでよ」って言われた
彼の姿をみると、『去年の自分はパレード一色だったな』と懐かしさを憶えてみた。今年も参加するけどね。
彼に
「レズビアンの子とゲイの人たちは別々だよね」と言われた
そうなんだよね、今だに私は不思議なんだけど、ゲイとレズの接点を持つことって少ないって。
同じ同性愛者なのにね。
私も女だらけは楽しいけど、それだけじゃ物足りないって思う。
だってさ、この世には色んな人がいてそれぞれの生き方ってものがあって、それは違うからこそおもしろくて、違っていても同じ部分もあって共感できたりして。
違いは壁なんですかね、境界線なんですかね。
そうだとしたら、そんなもの
「ぶっ壊してみたい、飛び越してみたい」と強く思うよ。

違うから、差別が生まれる。
その考えこそが違う、
お互いの違いを、「違う」と認識し受け止めること、そして受け入れること。
同じものにしか目を向けなれないなんて狭すぎるね、人間としてつまんない。



2002年07月15日(月) パレードで会いましょう!

夜、深く眠りたくても、浅くしか眠れなくて。
色んな夢をみて、よく目を覚ます。
朝起きても、だるくてご飯なんか食べれないし、頭が痛い、吐き気がする。
空腹で薬を飲んだら、胃が痛くなった、目がシパシパする。

「最悪?」
「いや、そんなことはない」

昨日の日記を書いた自分に今日の自分はスリッパでおもいっきし頭叩いてやりたい
「なに、ジメジメしてんの?てめーは悲劇のヒロインかよ」って

同僚の子に状況説明したら「よかったね」と言われ
「うん、うん、本当によかったよ」と言い切った。
あまりにも友だちからのメールが多くて、みんなが心配してることがよくわかった。
私は大丈夫、今笑ってるし、人と楽しく会話してる
今があって、明日がある、明々後日もあるし、ヶ月もあれば年もあり
明るい今があれば、明るい未来があって。
やらないといけないとこがたくさんあって。
頑張らないといけないことがたくさんある。
大切にしたい人がたくさんいる。

私の21歳はあと、数日で終わる。
実にいい年だった。
きっと、22歳の誕生日を気持ちがよく迎えられることでしょう。
あの言葉がなかったら、大丈夫でいられた自信なんてまるでなかった。
私はきっと、救われた、その一言で。
たくさんの感謝の気持ちとありがとうの言葉を送ろう。

夢を見る余裕がないほどに今日は深く眠りたい。



2002年07月14日(日)

笑えないことだけど
笑っておく。

とても、真っ黒でドロドロでグチャグチャな感じだけど
失うこともあり、手にしたものは
とても、大きく
そして私は報われた

前を見る
後ろを見ない。

しばらく私は、食べ物なんかまともに食べられないだろう。



2002年07月12日(金) 嬉しきことの日なもので

誕生日おめでとう。
面と向かっていうと殴られるけど、今日から三十路の始まりだね。

あなたは、いつも怒っていて凄い勢いで怒鳴ってきて、叫ぶし、人の話聞かないし、返事しないし、愛想悪いし
最悪な人間なようだけど、
もう慣れました。
というかそういうところがあなたらしさなんでしょうね。
怒鳴りもせず、怒りもぜず、叫ばず、よく話しを聞いて返事して愛想がよくなったとしても、全然魅力を感じません。

大人なのに、子どもみたいなところもあって、正直でまっすぐで前向きで
見ているだけで励まされて背中を押される。
無意識に私に物を持たせる、食べたい物をすぐ「取ってー」という
本当に子どもみたいな大人な人。
これから、お互いどんどん年をとる、
おばあさんになったら、一緒に縁側で茶でも飲もう。


彼女は、この日記を読むことは多分ない。
書いたということも私はいわないと思う。
見えないところで感謝する気持ちは大切だと思うのです。


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