ふうこの英国留学日記-その後

2005年01月05日(水) お正月日記&本年もよろしく!

お正月日記

元旦
ダーリンPと初詣。厄年なので厄除けお守りを買う。タダの甘酒を飲みたさに引いたばかりのおみくじをPに預けたら、広げる前に彼がどぶに落としてしまう。
縁起が悪いと激怒した私は、すかさずどぶのふたを素手で開け、その間に彼におみくじ拾ってもらった。
そこまでしたのに開いてみると、生まれて始めての「凶」。
「縁談は半ばにして破れる」と書いてある。
うーむ。まだ籍をいれてないからなー。
その後、成城の実家へ。
ひさびさの牛肉!すき焼き&おせちをごちになる。
2人ともお腹が苦しくなるほどいっぱい食べて帰った。

2日
片道2時間かけてPの実家へ。初めて会う彼の親戚の方々へ新年の挨拶。
ここでも山ほどのおせち&寿司。昨日の教訓でお昼を控えめにしていたので、バクバク食べられるはずが親戚の子供たちと大貧民に燃えている間に帰る時間に。
もっとお寿司食べたかった・・・

3日
2〜3人は来るかなと思って直前に仲良しに声かけたら、誘った全員が集まり、我が家でプチ新年会といった感じに。
「おせちに飽きたらカレーだね」というPの言葉にそうか!とインド風?カレーを急遽作ってみんなで食べた。
マリに言わせると、新年会というより「初笑い」の会だったらしい。我が家は寄席か???

4日
昼前に仕事先からの電話で起こされる。27日に送った原稿の再校を明日の昼までに送れという。今日はPと2人でのんびりしようと思ったのに・・突然不機嫌になる私。
そんな私を気遣ってか、溜まった食器を洗ってくれるP。
仕事始めは明日と勝手に設定し、送られてきた直しとメールの内容だけ確認し夜中の12時まで仕事をしなかった。
それまでPと新婚旅行のプランを練る。スマトラ島沖地震のためモルディブから行き先を変更、結局オーソドックスにハワイに行くことにして、マウイ島のホテルを予約する。
航空券はパスポートを新姓にするか旧姓のままか決めてからということで、まだ予約できない。
パスポートを新姓でとりたいがゆえに早めの入籍もありか?

結婚というのは、制度や手続きの問題が大きく、まったくもってロマンチックでない局面が多い。

まあ、何はともあれさて、2004年は災害も多く、私と友人たちも三十路を迎え、いろいろタフな状況も多くなった年だったと思うけど、2005年は大変な中でも、みんなにとって希望のある
年になるよう心から祈っています。

私は、厄年にも、おみくじ“凶”にもめげず、
欲張りすぎず、でも前向きに、日々のささやかな喜びを大切にして、良い年にしていきたいと思います。

それでは 本年も宜しくお願いいたします。



2004年12月26日(日) クリスマスパーティと原稿の締め切り


昨日の25日は友達が麻布のカフェ「縁縁」を貸しきって行ったクリスマスパーティにダーリンのPとともに参加。総勢35名ほどのパーティで、ヨーロッパから一時帰国している友人やネット上だけの知り合い、初めて会った方など面白いメンツと楽しいひとときを過ごしました。
しかも、主催者の友人が、ケーキを用意し今月誕生日の人の誕生祝と私の結婚祝いをみんなの前でしてくれるなど嬉しいハプニングもあり、結構感動したり。

そして12時過ぎに帰宅しメールをチェックするとWebライターの仕事をもらっている制作会社のディレクターから1時間前にメールが届いており、月曜の朝までに初稿の書き直しをして送って欲しいとのこと。

パーティでカクテルを4杯半も飲んだ私は仕事をする気にもなれず、とりあえず寝ることに。
今朝は飲みすぎによる頭痛と生理痛で目覚め、バファリンを飲んで昼間で寝る。

夜、やっと元気になってきて冬ソナをチャチャを入れながら見ていると、またディレクターからメールが。明日の朝では間に合わないので、今晩中にできるだけ早く原稿の直しを送れとのこと。
先に寝るねーというダーリンを放っておいて、パソコンに向かい2時半原稿の直しを終わりメールで送付。ディレクターから即刻受け取りましたのメールが。
昨日も今日も会社に泊まりこみで仕事している様子。本当にお疲れさまです。



2004年12月23日(木) webライター&引越し

12月は働かないでゆっくりするつもりだったのだが、結婚式の準備や、引越し、古くからの友人のツテでwebコンテンツのライターの仕事を引き受けたりでバタバタしています。

ライターの仕事では某大企業の営業ウーマンの1日を密着取材。
美人で流行のファッションを着こなし、ちょっとキャピッとしている彼女は私の友人にはいないタイプで、取材対象としてなかなか興味深かった。雑誌に出てくるような女性像って実際にはこんな感じなのか・・・と思った。

美容コンテンツの企画では周囲にいる男性陣を一人で納得させてしまう手腕は女性ならでは?見ていて頼もしかったです。

そう、彼の引越しというか、荷物の運び入れは先週の週末に無事終わり、今は家の中を少しずつ片付けているところ。彼が持ち込んだ最大のものは1000枚ぐらいのCDがびっしり詰まった高さ180cmCDラック。当分BGMには不自由しないで済みそうです。



2004年12月05日(日) マティスと奥様

土曜日は朝9時に家を出て野口体操に行き、体操の仲間とインドカレーのランチを食べ、そこから大急ぎで上野へ行き友人たちに合流。マティス展を一緒に見る。
その後、新宿へ移動しイタリアンバーでおしゃべり、そこへ彼氏のP氏が合流し、いっぱい飲んだあと友人と解散。P氏とタワレコに行き、1984年のLIVE AIDのDVDとU2のニューアルバムを彼が購入。 私の家へ向かい疲れていたので、中華料理店のお惣菜を駅前とビールを買って帰って、LIVE AIDのDVDを見ながら晩御飯。

翌日の日曜は、天気がいいので散歩しようと2人で外に出て、また遠出してしまい懸案事項であったベッド購入の情報収集のため大塚家具に立ち寄ったが最後、3時間の検討の末、ベッドフレーム2台だけでなくおそろいのナイトテーブルまで買ってしまうという大お買い物大会へ。

ここで初めて奥様・・・と呼ばれ恥ずかしくなる。

たぶん普段汚い格好ばかりしているせいか、結婚しているようには思われないのか、彼といても、奥様と呼ばれたことなど一度もなかった。
私の年で奥様と呼ばれたことがないほうが珍しいのかななどと思いながらなんだか、落ち着かなかった。



2004年12月02日(木) 結婚式の準備


今月半ばには彼と一緒に住み始めることになりました。



2004年11月30日(火) 自分の非を認めることの難しさ

昨日ランチした上司より上の課長に誘われ二人で最後のランチ。色々と話したが、私がこの職場を辞めたくなったもっとも大きな理由である、2〜3ヶ月で人をクビにしていくという状況をまったく反省しておらず、10月に入ってやっと仕事を覚えてきた新人を12月までの見習い期間でクビにしようかと思っているのだが、と逆に私に相談してきたことにあきれてしまった。しまいに、せっかく仕事を任せられるようになって安心して留守できるようになったのに辞めるなんてがっかりよ!と怒られた。

彼女の言うことで、もっともなことも何点かあった。私が心労を感じたのも私の責任だろう。
しかし、話しているうちに静かな怒りがこみ上げてきた。

彼女は自分の非をかけらも認めずすべて周りの責任にしている。もうこの人には何を言っても無駄だし、今までのこともすべて自分に都合の良いように曲げて解釈してきているんだ。
そこには進歩も改善もない。新人が自分の思うようにならなければ怒るかいびるか無視するか。

せめて少しでも彼女が自己を省みる発言をしてくれたなら、どんなに良かったか。最後まで、私は悪くない。好きでクビにしたんじゃない。と開き直る彼女には静かな怒りがこみ上げた。

やっぱり自己反省するって大事なことだと思う。
痛い目にあって、どうしてそうなったのかとことん考える。
そこから人は学んで成長するしかない。

自分の弱点を認めることは痛いこと。でも、気づかないフリをしてもしょうがない。問題は解決しない。周囲の人をみくびってはいけない。

自分の非を認める強さを持つこと。これが私が彼女から学んだことです。



2004年10月28日(木) 日本の出生率

今日、友達宅でトリビアを見ていたら、現在の出生率の計算でいくと西暦3000年の日本の人口は27人だそうです。

正直な話、現在私の極めて近しい交友範囲の同世代の友人や同僚で子供のいる人が全然いない。今日会った友人も、私の結婚の話をした後に、アヤが母親になるなんて想像もできない!と
言っていた。私も自分で想像できない。

私の周りを見ると私たちみたいな人が出生率を下げてるのだろうなーと思ってしまう。

子供を持つか、持たないか・・・は女性の人生において極めて大きい。私を含めた私の友人や同僚の多くは、特別子供など欲しくない!というわけでもないのだが、まだ独身か、または結婚している人でも、なんとなく仕事や経済的な理由で先送りにしたり、まあ様々な理由で子供を生むということを積極的に選択することはなしに、いつの間にか30を過ぎていたという感じだ。

昨日、ある女性と話してて子供の話が出たので、欲しいと思う?と聞いたら、「わからない。でも別に特に欲しいとも思わないな。私の家は母子家庭で苦労したから、ふさわしい環境がないと生みたくないかも。子供を持つにふさわしい状況になれば考えるかもね。」と言っていた。

子供を持つにふさわしい環境?
それが無いと産めないと思ってしまう。
こういう考え方をしてしまう女性が増えたことが出生率の下がる原因なのかも知れない。

この社会の中で、子供を持つにふさわしい環境を持つというのはどういうことなのだろう?
良い保育園?
収入が高い、または家事に協力的な夫?
育児休業に対する保障?

リストラが怖いので子供を持てません。とシリアスに語る若い夫婦。
今の世の中では、子供を持つのが贅沢なことになってしまっているような気がする。
きっと、数十年前は子供を持つのにふさわしい環境はもっとシンプルなものだったろう。
子供の大学までの教育費など計算しないで、妊娠・出産を喜んでいた時代に生きていた母親たちがうらやましく思える。



2004年10月14日(木) 本じゃ食べていかれない!

37度以上の熱を出しながら熱いのか寒いのか分からないままどうにか行ってきましたよ仕事に。

本日の素晴らしかったこと→朝のラッシュでおじさんが席を譲ってくれてずっと座っていけた。具合悪そうなのがみえみえだったのか?でも声が出せずにありがとうございあしたーっていえなかった。でも、心の中で滅茶苦茶感謝してます。病のときは人の親切が心にが沁みるーっ。

本日のえげつないこと→上司は、「とりあえず、今抱えてる仕事終わらせていってね。。。今日じゅうに終わらなかったら後は彼女に振って」と2日前に入った新人を指す。
彼女の仕事の内容を説明する気力もなく(なにしろ声が出ないので)、ひたすら無言で電話もとらずキーをたたく。
17時終わった!とプリントアウトして上司に見せたら、アラーいいじゃないと喜びながら、ここまでやったなら、これもやってと追加。

他のメンバーが、「お大事にねー、早く良くなってね」と言いながら先に帰っていく中で残業。

帰りに丸善で河合隼雄と南伸坊の� 愎翰�療法個人授業』と��吉本由美『「泣きたい日」の頑張りかた』と�F�経WOMANを買う。

�△世�、私は落ち込むとこういう女性向け自己啓発本を山ほど買ってしまう。たいがい中身は似たようなものなのだが、来週某雑誌の編集者募集の役員面接を受ける私には「結婚運と仕事運は一緒には上昇しない、それは運命のバブル!」という
言葉がひっかかった。
やはり今の私の状況と体力では転職は諦めざるをえないのか。

結婚にまつわる様々が今の私の救いでもあり、重荷でもある。彼は私の家に引っ越してくる日をすでに決めており、それまでに私は荷物を整理しなくてはならない。

仕事を辞めると言った私に「オレが食わせてやるー」と言ってくれた彼。こんなことを言ってくれる人がいたらとどんなに夢見たことか。しかーし、高校時代から映画・書籍・雑誌代に月何万も使ってきた私のこの私の生活は改めることは無理!
「食わせてくれるってお米代くれるの?」って聞いてみた。
「薄給だから米もいい米は無理やでー」と彼。
いい米も無理なのに、食べられない本なんて食わせてやるーには入らないよね。

彼は図書館に行けばいいというけれど、読みたい新刊を3ヶ月待って手垢とビニールカバー付きで読むのは、好きな作家の新刊が文字は刷りたて、紙は切り立てって感じで書店に匂いたつように並んでいるのを手に取り早く読みたい!とわくわくしながら帰るのでは全然違う!

どうしたらいいのやら!



2004年10月13日(水) 休職

10月頭から肺炎を起こし今日まで仕事を休んでいた。今日相談の上、10月中休職することに! 明日とりあえず行って私の仕事用メルアドの管理を他の人振ったり、返答しなくちゃいけない仕事に返答して、その後二週間のお休みです。

普通だったら病気で休職ってやばいんだろうけど、この開放感。かなり精神的に追い詰められていたんだなーと。

仕事が忙しく体調不良で一番悔しかったのはRINPA展に行けなかったこと。大好きな酒井抱一が観れなくてシクシク。

12月からはのびのびサロン湿布って感じで過ごすつもりです。






2004年10月06日(水) 肺炎?!挨拶延期

10日くらい前から扁桃腺が腫れ、微熱が出てその後カラ咳からどんどん痰がからんだ咳になり、7度以上の熱が出たり下がったり。
病院に行って風邪薬と抗生物質をもらったが良くならず10月1日の金曜日の夜にはひどい咳とのどの痛みで土日寝込み熱と咳がどんどんひどくなるので、月曜日に病院に行って血液検査したところ、単なる風邪ではなく感染症の疑い。レントゲンを撮ったところ、軽い肺炎を起こしているらしい。

マイコプラズマ肺炎というものらしく、長引く咳と微熱が特徴。肺炎のわりには症状が軽く、なかなか風邪と区別がつかないというのも私の病状と一致している。

とりあえず、肺炎という一応れっきとした病気にかかっていることもわかり、熱も出たり下がったり、で痰がからんだ重い咳がでるので、仕事は1週間休むことにした。

でも、肺炎のわりに体の全体の症状が軽いのもこの病気の特徴で、一人暮らしなので仕方ないが病院や近くのスーパーにはぜいぜい言いながらも一人で行けるし、炊事洗濯などもどうにかできている。。。

一番つらいのはしゃべれないこと、話すと苦しくなったり、咳が誘発されるので思うようにおしゃべりができないのが私には一番辛いこと(部屋で寝ているだけなのでしゃべる相手もいないのだが)。
買い物に行っても身振り、手振りと首の振り方で答えるので変な感じ。

いつもおしゃべりな私がこんなに口をきかないのも珍しいことなので、たまには内省する機会ということでいいかもと思う。

しんどくって、DVDで映画最後まで一度に観ることもできないので、布団の中で本を読んでばかりいる。だいぶ前に上巻だけ買っていた小説の上巻を読み終わってしまい、下巻が手に入らなくてイライラ。こういうことがあるから
すぐに読む時間がなくてもシリーズものは買っておくほうがいいのかなと思ったり。

仕事が気がかりだったが、ここまでしっかりと病気になってしまうと辞める時期なのかもと腹も括れて開き治ってきた。

でも、私のように結婚準備期間にバラ色の気持ちになれない人って少ないのかな?
いろんな結婚準備のための掲示板(手続きとか健康保険をどうするのが有利かとかを調べたかったので)とか読んでたら、みんな嬉しいです!とか喜びの声とか、彼がやっとプロポーズしてくれたとか。。。

入籍がとにかく嬉しくてなどと書いている人を見ると。。。うーん、その気持ちがよくわからない。
彼と暮らしたいと私は思ってるし、楽しみにしてるけど、そのためにやらなくてはいけないこと、手配したり、手続きしたりしなくてはいけないことをこなしていかなくてはという思いの方が強い。

しかも、10月2日に正式に彼の実家に結婚の挨拶に行く予定だったのにこんな状況でドタキャンしてしまったので、今後の予定が無事こなせるか不安になっている。。。。

一昔前だと、婚約中って女性が一番幸せを感じられる時期っていうイメージだったような気がするけど、私にはそうはいかないみたい。




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