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中間。 - 2003年05月29日(木) 昨日は犬のおやじは中間テストを出題しましたよ。 あれは、結構難しいもので、平均点や最低点がちゃんとバラけるように しないとあかんのです。しかし、今回は見事に失敗。 簡単にしすぎました。常識さえあれば解けるのです。 しかしテストのときはあんなに静かになるのに、なんで普段から静かにできんのですかあの子らは。やればできる子なのかもしれません。 中間テストは生徒がちょっぴり緊張状態にあるので学校が引き締まります。 そして先生たちは授業がないのでだらけます。 先生が生徒を引きとめて話しかけるという異常状態です。 犬のおやじは憎たらしい生徒でも笑顔で引き受けるので、生徒受けは悪くないです。 そのかわり、夕方のドラマの再放送には間に合わなくなります。 ... さてさて。 - 2003年05月26日(月) まだまだ日教組がイカレてて手に負えません。 「中央教育審議会の答申では 「平和」という文字がたったの4回・・・ 「わが国」「国民」という文字が38回も! 国家教育を強化しようとしています。」 とのことです。これを読んで違和感のない人はちょっと考えてください。 教育とはそも、誰のための誰によるものなのか。中教審とはそもなんなのか? 中教審とは「わが国、日本の教育の指針を協議する会」です。 さらに教育とは「わが国日本の教育で国民のための教育」なのです。 平和とは何か?教育において平和という文字は理想とする状態、目標であり、平和が主体的に何かするもではありません。 つまり「わが国」とは国政を考えた文章の中では主語として当然使われるべき(だって国民のためのなんだから)で当然使用頻度が高くなります。 教育するのは国で、国政を論じ、国民教育を考えているのだから。 これを「個人」に変えろとでもいうのでしょうか。もし個人に変えたのなら中教審はいらなくなります。個人の教育方針は個人にまかされ、国が指導するものではないから。 それに対し、教育を論じるのに「平和」は主語にはなりません。教育するの教育されるのは「平和」ではなく「国民」「わが国」だからです。 そう、日教組の先生方は日本語もうまく理解できないのです。数を数えるだけなら頭のいいサルでもできます。 日本語がうまく操れない、頭の弱い人が教師のなかにいるとぞっとします。 ...
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