一日後記

2004年07月28日(水) 夏ボケ。

昼間、最近よく焚く白檀のお線香を一本
左手でつまんで
右手で傍らにあったライターを持って


タバコと間違え、口に咥える


一人しかいない部屋で真っ赤になりながら
本気でヤバいと思った、夏。



2004年07月27日(火) 素直に言いたいこと。

仕事の合間に、ふと考える。

先日、某掲示板に
『ありがとう』と笑って死ねりゃ最高だと昔っから思ってる
…そんなことを書いた。

本当にそう思っているけれども、実際そこまで悔いが残らぬ
人生になるかどうかなんてことなど分からない。
それより何より、明日の我が身だってどうなるか分からない。
もしかしたら(極端な話)一時間後だって分からない。
いや私のこと、結局最期までジタバタしていそうだ。

『笑って死ねりゃ〜』は、あくまでも理想論。

でも『ありがとう』って言葉、
これはいつでも素直に言えるようになってきた。
(昔はちょっと照れくさいところもあったが。)

少しは『理想』ってヤツに近づけたのだろうか。


MDを聴きながらそんなことを考えていて、
あっという間に休憩時間終了。



2004年07月26日(月) 黄色。

今日『黄色』と聞いてピンときた貴方は自転車乗りか、
もしくはそれに近い存在でしょう。

というわけで久々に自転車の話。


やっとツール・ド・フランス終了。
最高峰を制したのは、やはりランス・アームストロングだった。
前人未到の6連覇…癌という病に打ち勝って、尚且つこの記録。
彼の手記(『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』講談社 刊)
にもあるのだけれど、一時期はサドルにすら跨ることのできない人間が
全行程4000kmにも及ぶツールを制する努力は、並大抵のものじゃない。

しかも、重ねて書くが6年連続彼は王者となったわけで。

今年は去年と違って走りが安定していたというか、嫌味なくらい
余裕たっぷりな感じだったことは否めない。
まぁ彼を追う選手が、いまひとつだったのかもしれないけれど。

それにしても驚いたのは、彼の自転車。

最終日第20ステージで彼が駆るTREKは、黄色ならぬ『金色』。
おまけにヘルメットまで金色。
ちなみにランス以外のUSポスタルサービスのアシスト選手は、
ジャージやパンツの赤いラインが全て黄色になっていて
ヘルメットの塗装まで変わっていた。
でも金色の自転車を駆るのはエースの証でもあり、彼一人である。
何だか段々USポスタルも、やることが派手になってきた。

おそらくこの実走車は今秋の自転車展で見られると思うし、
『優勝記念モデル』として売り出すんだろうなと。
普通のマドン5.9(自転車の型番)が、フレームとフォークで29万だから
それに付加価値をつけて30万ちょっとだろうか。
いや、もしかしたら完成車のみかもしれない。
ホイールもスポークも色違ったし、そうなると70万弱ってとこか。
…トップクラスモデルとしては比較的お手頃価格だけれど、
だからとて手は出ない。
というより、こんなヘナチョコが乗るのもこっ恥ずかしい。


ツールの方はこれからいつまでこの状態が続くのかが
楽しみな気半分、マンネリな気半分。

観ている側にしてみれば、その辺が少々複雑になってきた。


※ツールの場合、個人総合優勝(マイヨジョーヌ)は黄色で
 山岳賞(マイヨ・ブランポアルージュ)は白地に赤の水玉模様、
 スプリント賞(マイヨベール)は緑、
 新人賞(マイヨブラン)は白という風に、
 それぞれ賞ごとにジャージの色が異なっている。
 




2004年07月25日(日) 音枕。

酔っ払った時以外、あまりスッと眠りにつける方じゃない。
これは結構悩みのタネだったりするもので、下手をすれば
布団にもぐりこんで2時間以上ごそごそ寝返りをうっている。

導眠剤は効かなくて、睡眠薬は翌朝のだるさがひどくて
それぞれ2回服用しただけでやめてしまった。

それで以前一人暮らしをしていた時分を思い出し、
スローテンポな音楽をかけてみたところ

…効くんだな。これが。

別にジャンルにはこだわっておらず、
それをひたすら眠るまでかけ続けているだけ。
ところが、それには弊害があるもので。

隣で寝ている相方が、嫌がる。

いくらスピーカーのボリュームを小さくしていても気になるらしい。
暫くは私に気を遣って言わなかったが、とうとう限界の様子。

で。

買ってしまいましたよ。





プライベート音枕!


コンポのヘッドフォンジャックから送信機(上のタマゴ型のもの)へ
繋いで、そこから枕へ音を飛ばすというシロモノ。
おまけにこの枕(といっても薄いから、手持ちの枕に重ねるのだけれども)
骨伝導だから、隣で寝てる相方にゃ聞こえないわけで。

一部リズム隊の音が時折『ぶよよーん』と変な響きをしたり
音質にはいささか微妙なところがあるが、そりゃこの際我慢しよう。
CDが終わった時の砂嵐のようなノイズも、我慢しよう。

そう思って昨晩使ってみた。


…朝起きたら、この枕だけがあさっての方向に投げられていたのを発見。



2004年07月21日(水) 手紙。

ひさしぶりに、実家から電話があった。
こっちは夏負けしているというのに、実父は
相変わらずの食欲なようで、ホッとしながら少し呆れる。

そして『憶えてるかどうか分からないけど』と切り出された話。

神戸に住んでいる父方の伯母が20年前に他界した
祖父のものを整理していたところ、書類か何かと一緒に私が子供の頃
祖父宛に書いた手紙が2通出てきたのだそうだ。
それを伯母は『本人に渡してあげて』と実家へ送ってきたという。

扁桃腺の切除手術のことが書いてあったようなので、
小学校5年の頃だろう…無論私は書いた内容など憶えていない。

『何が書いてあった?』
おそるおそる聞いた私に、実母が言った。

『絵がかいてあるわよ。缶がフタ開いた状態で、ラベルに
 いのししの缶詰って書いてあって
 中からいのししがゾロゾロ出てきてるみたいな。』
 (別に本文でいのししの話題など、ひとつも書いてない)


……何だそりゃ。


それ以外は実母に言わせれば小学校5年にしてはやたら大人びた文だという。
書いてあったことは学校のこととか、書初めで賞を取れなかったとか
そんな他愛もないことだけれども、その手紙を大好きだった祖父が
大事にしてくれていたことが、嬉しかった。
おまけに、ちょっと泣けてきた。

ちょうどその直後あたりから病に倒れて、
亡くなる数ヶ月前からは子供の顔すら分からなくなってしまっていたから
おそらく『ちゃんと読んでくれた手紙』の最後の方だったかもしれない。

とりあえずはその手紙、実家に帰るまで読むことはないけれど
何だか今から背中がこそばゆい気がする。




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