平均的専業主婦生活

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回想録
2003年03月06日(木)

サイト作りたての自分に声をかけてくれたあの子。
この日記を、もしずっと読んでくださっている殊勝な方がいらっしゃるのならば、あたしに修行をしなさいと勧めてくれた女子がいた事をご存知の方もいるかもしれない。(ほとんど、皆無でしょうねぇ)
もし、修業のこととか知りたいなあと思ったら去年の2月頃の日記を読んでください。
確かそこら辺に記してあったはずなので・・(間違っていたらゴメンよー)

実は、あたしは彼女のくれたメルを全部残している。
パソコンからのものも、携帯からのものも。
なんだか昨日それを読んでいたら、いつも何かのお話をしていた頃が懐かしくて思わずメルなんぞしてみた。
しかし、あたしの元に残っているアドレスが現在も彼女が使用しているかどうかは自信なし。
だって、彼女はかなりパソコンに詳しくて慎重で我慢強くて若くて(関係ないか?)ほとんどあたしとは正反対の女子だったから。

彼女がサイトを締めて、音沙汰もなくなってから1年以上も経つというのに昔のアドレスをそのまま使っているとは思えない。
でも、たわいのないメルのやり取りが本当に懐かしくて急に会いたくなって(会ったことないけど)近況はどうなんだろうとか知りたくなってしまったという単純な理由からメルしてしまったんだ。

万が一、お返事がきたらきっと狂喜乱舞するだろうな。
霞がかってきちゃってあの頃の自分が本当に存在していたことさえも、忘れてしまうくらい時間は経過してるしなぁ。

たかが1年。
されど1年。


探究心
2003年03月05日(水)

あなたの心の中に、今何が潜んでいるのだろう。
毎日揺れ動きさまよう感情は、どこへ旅立とうとしているのだろう。

知ってはみたいと思うけど、それを知ることはとんでもなく怖くて。
後悔するぐらいだったら、最初から事を起こさない方が賢明かもしれないから。

見守るあたしにさえ、時々刃のような言葉を投げてくる。
それでも理解しているから平気。
それにもしかしたら、あたしへの言葉ではないのかもしれないと楽観的にさえなることを覚えたから。

行き止まりは決してない。
これからも、ずっと突き進む。
ゴールも、頂上もない。

逆にいえば、それは満足するということがないということになるのか。。

納得していても、時々無性にあなたをわかりたくなる。
探りを入れたくなる。。



親権者
2003年03月04日(火)

ネットで知り合った女性が離婚をする。
ここんところ、現実の友達もネットの友達もいっぱい離婚した。

仕事ばかりで家庭を築こうとしなかっただんな。
妻に暴力、挙句の果てには子どもにも手を上げるようになっただんな。
愛のない結婚に無理が出て、ネットで知り合った人に走った妻。
事業に失敗し、借金の返済メドがたたなくなっただんな。

知ってるだけでも、こんなに理由はあって皆それぞれ簡単に出した答えではないだろう。
理由は千差万別だが、共通しているのは母親が親権者になっていること。

実家のそばに越した人。
全く知らない土地で頑張る人。

これまたそれぞれで。

願いは一つ。
健やかにあなた達の子どもが育ってゆくこと。

一生懸命な母親の姿は、絶対にプラスになるからね。


卒業式
2003年03月03日(月)

あたしの日記を登録してくださってる中に、本日卒業を迎えた方がいらっしゃいます。

大変月並みではありますが
ご卒業おめでとうございます。

進路の方がまだ定かではなく、ゆらゆらと漂っているようですがとりあえず今日はこれまでの区切りということです。

卒業式には雨が似合います。
傘で顔を隠して、涙を隠したものです。
現代の若者が果たしてどうであるかは、わかりませんけど。

2人が傘を持っていると、手をつなげないのがことのほか残念です。
思い切って傘に入れてもらったほうが、良かったのになあ。
肩を並べて歩けても、一定の距離が縮まらないから。

♪ああ、卒業式で泣かないと
  冷たい人と呼ばれそう
  でももっと悲しい瞬間に
  涙はとっておきたいの

今朝、朝の情報番組のオープニングで流れていました。
かなり好きな歌です。
(だから、もしかしたら去年の同じ時期にこのように歌詞を引用してるかもしれません。めでたい時期ということで、大目に見ておくんなさいまし・・)



感想文
2003年03月02日(日)

日曜日。
大して、何も大きな出来事がなかった日は日記のエディタを開いたまま長い時間が流れてゆくこともある。
今も自分の意思とは裏腹に、白紙のままの日記をエンターしてしまったらしくエラーの表示が出てしまっていた。

夏休みの感想文は、いつも強制的で嫌いな宿題として絶大的な不人気を誇っていた。
あたしは小学校の2年生の時の担任に「文章をまとめる力に優れている」と通知表に評価されていたときから、自分は作文や感想文が得意なんだと思い込んで生きてきた。(単純!!)

子どもの頃に、大人から受ける一言の言葉の重みはその人の人生観さえも変えてしまうことがあるかもしれない。

今子育て中の自分は、わが子に対してそんな責任感を持って接しているだろうか。
かなりの疑問点が浮かび上がっては、闇に消えてゆく、、



たわいのない過去  あたりまえの未来

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