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Deckard's Movie Diary index|past|will
『灰の記憶』・・・個人的にはこの映画に関して良いとか悪いとか言えません。観終わって、言葉を出て来ませんでした。映画の内容があまりに悲惨というかやり切れないモノだったので、小生の心には“感動”とかの感情は浮かびませんでした。この作品は監督脚本のティム・ブレイク・ネルソン(『オー・ブラザー』の囚人の一人を演じた役者)が実在の登場人物でもあるユダヤ人医師ニスリの手記をもとに舞台劇として書き上げた『GREY ZONE(原題)』の映画化だそうです。映画で初めて取り上げられた“ゾンダーコマンド”。“ゾンダーコマンド”とはアウシュビッツで食事などの特別待遇と4ヶ月の延命と引き換えに、一緒に列車で送り込まれた同じユダヤ人をガス室に送り、その後死体を焼却し灰を集め捨てる。そんな地獄の労働のような任務を黙々とこなしながら、彼らは・・・。これはやはり言葉が出ません。もし自分があの場所に居たら?どうせ死ぬのなら?少しでも生きながらえようとした為にそんな現実に直面したら?そして、耳元で近づいてくる銃声。『灰の記憶』・・・言葉にならないほど悲しい戦争の記憶映画でした。
『マトリックス・リローデッド』。うーん、どうしましょう?オイラは前作も世間一般の評価ほど面白くは感じなかったんですが、ナンと言ってもそれまでCM等で使われていたタイムスライス技法を進化させたマシンガン撮影や、日本のアニメを模したとは言え、弾道に画面の歪みを加えた表現を実写で美しく見せたシーン、またジョン・ウー的銃撃戦をさらにけれん味タップリに描いたセンス等が多くの映画ファンを虜にしたのは間違いありません。そして、今回のアクションシーンもまたため息が出るほどなのですが、人間は大抵のコトに慣れてしまう動物です。特に美人は三日一緒に居たら飽きるとも言われますから・・・ボソ。つまり今作は“ため息”は感嘆ばかりではなく、単に“ため息”である場合も多々あるのです(笑)。この作品を“ドッカン!ドッカン!笑う映画”だと言う御仁(まぁ、そんな人は♪理屈ばかりぶら下げて、首が飛んでも血が出まい〜by 吉田拓郎)も居るようですが、そうだとしたらウォシャウスキー兄弟の笑いのセンスはあまりにもおそまつな垂れ流し状態です(爆)。そりゃ、前作では「おお!」と思った場面と似たようなシチュエーションも、今回はコントに見えたりもしますし、確信犯としてのコメディ要素もあります。しかし、コメディならば、元々簡単な話し(人間vs機械)をクドクドと小難しく語ったとしても、ストーリー上必要としているラブシーンの濃厚さも、欠伸が出るほどダラダラと長く見せる必要は全くありません。感嘆するにしろ笑うにしろどちらにせよ中途半端で、オイラにとってはどーでもイイ映画です。結局は、思いかけず大ヒットしてしまった前作のせいで大作の道を歩むコトが宿命になってしまった映画の末路。という感じでしょうか。それでも入場料を払った分の元は取れます。それだけ〜♪
3年ぶりのハン・ソッキュ主演映画『二重スパイ』。わかんねぇ〜!だいたい“二重スパイ”なんて元々わかり難い話しなのに、こんな演出&脚本では分かりませんよ。二重スパイだからと言って観客まで騙してどーすんだよ!というのは言い過ぎですが(苦笑)、こいつは誰?アイツは誰?しっかりした説明のないままストーリーが進みます。さらに演出にメリハリがないのでダラダラと話が続いてく内に催眠誘導剤でも盛られた気分になっちゃいます。しかし、眠るワケにはいきません!この手の話しで一瞬でも意識を失ったらその間にハン・ソッキュとチョナン・カン(草��強)が入れ替わってしまうかもしれませんし、まるで寝させてもらえない拷問を受けているようでした(これは言いすぎです(苦笑))。どうも韓国映画というのはストーリーが分かり辛い部分があるようです。南へ潜入した北のスパイと南で生まれ育った北のスパイ・・・という設定はけっこう面白いんですけどねぇ。その辺りを踏まえた二人の心理描写もちょっとお座なりですし、オチまでも長すぎる気が・・・。最初にハン・ソッキュが演説するシーンなんて良かったんですけどねぇ・・・ボソ。おそらく野村芳太郎なり熊井啓辺りが作っていれば傑作になったような気もするだけにもったいない!というか、残念です。しかし、エグい表現は韓国の方が上手いですねぇ。それにしても “『シュリ』『JSA』のスタッフが再結集”っていうキャッチいい加減やめたら!
『エンジェル・アット・マイ・テーブル』『ピアノ・レッスン』『ある貴婦人の肖像』と質の高い映画を送り続けるジェーン・カンピオン。彼女の映画は人によって好き嫌いはあるでしょうけど、個人的にはけっこう好きです。常に愛憎が流れ出している感覚とでも言うのでしょうか・・・『ホーリー・スモーク』は、そんな彼女の新作で主演がケイト・ウィンスレットとハーヴェイ・カイテル。これは期待出来そうなのに、何故か4年間も寝かされていたんですよ。で、それは映画を鑑賞すると分かる仕掛けになってるんですねぇ(って、そんな仕掛けいらねーよ!つーか、その前に気がつけよ!(自爆))コレは酷い!「人間、似合わないコトに手を出しちゃダメだよねぇ。」という教えを実践して見せてくれたような作品です。そりゃ、『ピアノ〜』『ある貴婦人〜』と文芸作が続いたから、新境地に挑みたい気持ちは分からなくはないですが、あまりの出来の悪さにうんざり!っつーか、今までの彼女の映画はナンだったの?と疑いたくなるくらい目を覆いたくなる駄作。薄っぺらい人間ばかりが出てきて大袈裟に騒いだり、しょーもない愛を語ったりしているだけなのに、さも中身がありそうに見せているだけの間抜け映画でした。頑張ってるケイト・ウィンスレットが可愛そうになっちゃいました。だけんどもしかし!もう一歩間違えてたら下品で上質なコメディになってた可能性もあったんじゃないかなぁ。(こんなコト言っちゃっていいのかぁ!)
「ゴールディ・ホーンとスーザン・サランドンが主演だよ」
あのヴェルナー・ヘルツォークの新作『神に選ばれし無敵の男』を観て参りました。ヘルツォークは今年61歳だそうで、意外と若いので驚いてしまいました。『アギーレ・神の怒り』は29歳で『フィツカラルド』は39歳で撮ってるんですねぇ!って、これまた驚き!この新作はイシュトヴァン・サボーの『ハヌッセン』(未見)でも有名な、ヒットラーの千里眼として頭角を現したハヌッセンと、彼の館で人気者になった無敵の力持ちジジェの物語。はっきり言って非常にヌルい映画でした。テーマというか描こうとしている内容は面白いんですが・・・これが、あのヘルツォークかぁ?と、信じられないほどズルズルの映画でした。それぞれのキャラクターは皆とても魅力的な背景を持っているのですが、その良さが全く生かされていません。どう考えても必要とは思えない場面ばかりがダラダラと長く、ナンだか年寄りの長話しをクドクド聞かされているような印象です。良い例えではありませんが、晩年の黒澤を思い出してしまいました・・・。後30分切るだけで、もっと良く見えたとは思うんですけどねぇ・・・ボソ。
ヴェネチアもこんなんでいいのかぁ〜!って、叫びたくなりました!もちろん、ヴェネチア映画祭で審査員特別大賞に輝く『六月の蛇』のコトです(爆)塚本晋也って元々苦手(役者やナレーターとしては好きなんすけどねぇ)なんですが、やっぱりダメでした。雨ばかりを強調したザラつく映像にスタンダードサイズの画面から割れんばかりに鳴り響くバカでかい効果音。それらは相当な威力を持って、観る者を強引にストーリーに引き込みますが、ある意味、30年前の映像を見ているのとナンら変わりはありません。そして、描かれる世界もまた30年前と全く同じなのです。ATGやロマンポルノで育った小生には“またかよ〜!”感ばかりが残ってしまいました。手垢塗れの蝸牛のカットや、途中で挿入されるイメージ世界もあらら〜だし、仮面夫婦の設定も陳腐過ぎちゃって、なんだかなぁ・・・です。だいたい、一般的に屈折していると言われる性的行為を取り上げて、直ぐに“究極の愛”とか言うのも、いい加減に止めて欲しいです。そんなんだったら『失楽園』のオチのがよっぽどスゲェだろうに(苦笑)。だいたいこの二人の間に“愛”なんてあったんですかぁ?で、挙句の果てに “地獄”ですかぁ?天国じゃないんですかぁ?結局、この映画で「おお!」っと思わされたのは予告編での「まだ切ってねぇのかよ〜!」のセリフだけでした(爆)。しかし、それも観てしまうと「おいおい!そんなコト言ってる場合かよ〜!」ってな感じで、そんなシチュエーションに慣れてない彼が言えるセリフじゃないでしょうに(爆)。というワケで全てが頭の中で構築されたマスターベーション映画でした。何年経っても、こういう性の在り方を取り上げると最後は悲劇というパターンばかりでウンザリです。たまには前向きに取り上げて欲しいモンですなぁ。まぁ、雨の中での黒沢あすかは確かに美しかったですが・・・ボソ。
本日は年に一度のダービーです!でもって、映画の日です!さぁ、どーする?って、そんなモン映画の日が優先するに決まってるじゃないですかぁ!別に競馬に嫌気がさした訳じゃありません!極めて個人的な理由で今年はつまらないからです(自爆)。
何故かデビッド・モースが出ている『ダブル・ビジョン』。ハッキリ言って、あっちもこっちもトッ散らかっちゃって、怖くも何ともないホラー映画でした。出だしは『シックス・センス』を思わせる死臭が漂っていて、「おお、中々エエやんかぁ〜♪」と感じさせてくれるんですけど、いつまでたっても思わせぶりのまま話が前に進みません。いくらナンでもタメ過ぎだろ!と、ツッコミを入れたとたん「ウソよねぇ〜!Σ( ̄□ ̄;)」と情けない話に展開しちゃうから、どーしましょ?キョロ(T_T ))(( T_T)キョロって落ち着かなくなっちゃいました。色々とソレっぽい理屈を言ってますが、観ている方にはな〜んも伝わって来ませんから、ち〜っとも怖くありません。しかし、この映画は間違いなく編集次第でもっと面白くなるでしょう。無駄なところが多すぎるし、もっと分かりやすい展開にしてあげればイイと思うんですけどねぇ。まぁ、それでもお暇なら!って感じでしょうけど(苦笑)。結局はアレもコレもと欲張ったせいでどーでもイイ映画になってしまったってコトですね。
『アバウト・シュミット』・・・あまりに偉大で平凡な映画でした。まさに“平凡”を絵に描いたような、いや、“平凡”を映画にしたような映画です(笑)。主人公であるシュミットは『めぐりあう時間たち』に登場したジョン・C・ライリー演じるローラの夫のような人物で、彼の人生は平凡そのものだったんでしょう。だけんどもしかし!どんなに平凡な人生だろうと、出会いがあり別れがあるのです。そこに、喜びに溢れる瞬間もあれば、怒りに我を忘れるコトもあり、哀しい場面に出会う時も、楽しいひとときが訪れる事もあるのです。人生とは、最後に幕が下りるまで出会いと別れを繰り返しながら、喜怒哀楽の中で生きていくモノなのでしょう。そして時には、小さな幸せに大きく心を揺さぶられるコトもあるのです。誤解のないように言っときますが、“平凡な人生”は“つまらない人生”とは違います。“つまらない人生”などというモノはありません。“つまらない人生”かどうかはその人生を生きる人によるのです。しかし“つまらない人間”は星の数ほどいます。その“つまらない人間”もまた生まれた時から“つまらない人間”ではありません。長く生きている内につまらない常識や人間関係等に囚われ、少しずつ“つまらない人間”になっていくのです。シュミットは“つまらない人間”だったのかもしれません。“つまらない人生”に限りなく近い生き方だったのかもしれません。しかし!彼はホンの些細な出来事から自分の人生は“平凡な人生”だったけど“つまらない人生”ではなかったと悟るのです。夜空に浮かぶ星の美しさを感じたあの頃のように、他愛のない人形を可愛いと思ったあの頃のように、母に甘えたあの頃のように、彼に残された未来は多くはないかもしれません。しかし、この映画の素晴らしいエンディングは、残りの人生を有意義に過ごすシュミットの姿をエンドロールの向こうに見させてくれるのでした。“平凡”という人生をここまで映画として昇華させたアレクサンダー・ペイン監督とシュミットを演じたジャック・ニコルソンに拍手を惜しみません。
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