沢の螢

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久しぶりの日記
2003年02月11日(火)

ひと月以上日記を書かなかった。

昨年までは、何かあるとせっせと書いていた。
しかし、参加型の連句ボードなどの管理が増え、サイトを分散させたために、日記などは、いくつもかき分けられるものではないので、しばらく遠ざかっていた。
私の本当に書きたいことは、本来ネットなどに公開すべきではないのである。
面識のない人が見るぶんには、ただの読み物だが、万一知っている人の目に触れた場合、「これは私の事かしら」などと、思わないとも限らない。
もちろん、個人を特定して書くわけでないが、人間というのは、自分を中心に考えるので、思わぬ誤解が生じる場合がある。
それを意識して書くと、どこかサビの効かないものになってしまう。
そんなことから、インターネット上に書く日記のあり方について試行錯誤していたわけである。
しかし、不特定の読者に向かって、発信したいことは、折にふれて持っている。
そこで、原則として、知っている人は見ていないことを前提に、またこの日記を再開することにした。


年明けに
2003年01月01日(水)

年末の騒ぎは何処へやら、一夜明けると2003年、静かな新春である。
昨年は、後半、あまり愉快でないことがあって、つらい時期があった。
人の集まるところには、多少なりとも、行き違いや、誤解は付き物だが、そのときばかりは、ちょっとこたえた。
人の気持ちというのは、一様ではない。
私には、私の考え方、言い分があると同様に、相手にも、なにかしらの考えがあるはずだ。
正しいことだから何処でも通用するわけではないし、人は感情の動物だから、どれほど理屈を付けてみても、最終的には、好き嫌いが、決定要因であることが多いのである。
それを、けしからんと言ってみたところで、始まらない。
何も、拒否される理由がないのに、それをされたときは、相手が、自分をお嫌いだからだと思えば、すべて納得がいく。
そして、それ以上近づかなければいいのである。
そのことに気づいて、私は、どうやら、その問題から吹っ切れたのであった。

新しい年がめぐってきた。
人は誰でも平等に年を摂る。
でも、日々の流れの中身は、人によってすべて違う。
時間がどんな風に過ぎていき、日々の流れがどんな色に染まるのか、それはただ自分自身の存在のあり方に依るのである。
人生も、後半を過ぎた。
今日の日は二度と還らないと言うことを思いながら、これからの日を過ごしていきたい。


招かざる電話
2002年12月18日(水)

セールスの電話が、かかってくることがある。
うちは、電話帳に番号を載せていないが、どこで調べるのか、あるいは、無差別にかけているのか、時々襲来がある。
知らない人だから、頭ごなしに切るようなことはしないが、話しを聞いているうちに、たいてい何かのセールスだとわかるので、お引き取り願う。
たいていは、それで引き下がる。
ところが昨日の電話は、引き下がらないばかりか、不愉快きわまりないものであった。
今月初めにどこそかの団体名で、絵の案内状を送ったが、見たかという問い合わせである。
覚えがないというと、「それは特別の紹介がある人だけに宛てたものだから、是非話を聞いてほしい」という。
どこでうちの住所や電話番号がわかったのか訊いたら、さるやんごとなき人の筋だという。
もし、ほんとにそうなら、その「やんごとなき人」が、あらかじめ家に何か言ってくるはずである。
重ねて、話しを聞く意志のないことを伝えると、今度は、脅かしめいた口調になった。
「紹介した人に悪いと思わないのか」というのである。
「家の知り合いで、勝手に人の住所や電話番号を教えたりする人はいないし、こちらが頼んだことではないからお断りします」というと、「じゃ、オタクがそういう人間だと言うことを、先方によく伝えるから自覚するように」と言って、やっと電話を切った。
「どうぞどうぞ」と言ってやったが、全く不愉快であった。
こちらの都合も聞かずに、勝手にしゃべりまくり、こちらが応じないとなると、今度は、嫌みたっぷりの捨てぜりふを残して電話を切る。
たとえ、誰かの縁があってかけてきたにしても、礼儀に反している。
第一、自分の名も名乗らず、私が、かけた先の人間かどうかということを確かめもしないのである。
顔が見えないからと言って、相手を不愉快にさせていいものだろうか。
念のため、連れ合いに、その団体に心当たりがあるかどうか訊いたら、全くないという。
そして、やはり何日か前に、同じようなしつこい勧誘の電話があり、丁度台所で火を使っていたこともあって、思わず怒鳴ってしまったと言うことだった。
「じゃ、向こうもその憤懣があったのね」とわかったが、いずれにしても、はじめから、セールスのやり方が悪いのである。
買う意志のない人間を、ねじ伏せて買わせようとするのは、下手なやり方である。
しかも、相手の人間性を冒涜するようないい方をするのは、もっともマズイやり方である。
言われた方は、不快になるだけだからだ。
ちなみに、電話の主は女であった。


忙中の閑
2002年12月17日(火)

昨日今日は暖かい。
2,3日前のひどく寒い日、夜遅くに入った風呂のあと、しばらく起きている間に体が冷えたらしく、軽い風邪を引いたようだった。
昨日あたりは、少し喉がいがらっぽく、そのうちに、なぜか夫まで、風邪気味だと言い出して、早々と寝てしまった。
私は、今連句の付け合いの途中で、それを眺めたりしたが、共倒れになるといけないので、いつもより早く寝た。
おかげで喉の痛みはなくなり、気分がいい。
夫も、熱はなさそうなので、外出をやめて静かにしていれば治るだろう。

なま暖かい風が吹いている。
朝顔の種をぜんぶ取り、ビンに詰め、枯れた茎を、今日のゴミに出した。
2,3日前、私はある人に、メールを送った。
4ヶ月近く、交流が絶えていた。
前からその人は、自分のオームページで、ネット句会をやっていて、夏まで私も参加していた。
ネットの上のことだから、別人格と割り切って、素知らぬ顔で入っていたが、それが私だと言うことは、その人にはわかっていた。
でも、7月にあることで、断絶してから、お互いにリンクをはずし、そのまま、一切のやりとりを絶っていた。
その句会は、とても面白く、魅力があるので、私は、横から眺めていて、時々参加したい衝動に駆られることがあった。
しかし、素知らぬ顔で入っても、向こうはわかるだろうし、そんなことで、有耶無耶になるのも私の気が済まないので、そのまま時間が過ぎた。
最近になって、その人は、句会の枠を広げ、いろいろな人に声をかけて、メンバーを増やしたようだった。
その中には、私が日頃仲良くしていて、いつも顔を合わせる人もいる。
その人たちと話していると、自然、句会の話題も出る。
そこで私は、句会ボードの中で「テーマを公開してください」と投稿した。
ネット掲示板では、パスワードでも設定してない限り、誰でも書き込めるようになっている。
私の書き込みに対して、掲示板上に返事があり、「参加希望があれば、これこれのメールを」と言うことなので、その通りにメールを送った。
俳号しか書かなかったが、私だということは、メールアドレスでわかる。
わかっていても、そこで、ほかの人と違った対応は出来ないはずである。
返事が来なければ、私は、それきり、もう句会を見ることさえも、やめようと思っていた。
次の日、返事が来た。
あくまでもネット上の、必要にして十分な私のメールに対して、向こうも、ネットの上の一投稿者に対する返事としての、礼儀正しい内容だった。
句会の投稿要領、締め切り、課題についての知らせだった。
私の俳号に当てて「いらっしゃい」と書いてあった。
実生活では、私はその人を許していないし、その人も、私に対してこだわりはあるはずだ。
しかし、ネットでは、お互いに別の仮面をかぶって、文芸上の交流をするというゲームを、暗黙の遊びとして続けてきた経緯がある。
そのことは、その人も、否定はしていないのだとわかった。
当分、顔を合わせて、話しをすることはないだろうし、私も望んでいない。
虚構の世界で付き合うのには、最高の相手、その人の詩的センスや、文芸的な知識の深さ、それは今でも認めている。
短歌を俳句で詠んでみるという課題、20日の締め切りに、送ってみようと思った。


あやかし
2002年12月15日(日)

今日珍しい人からの電話。
2ヶ月前まで、私の連句ボードに参加していて、途中からやめた人。
何が気に入らなかったのか、突然プツッとボードから居なくなったのだった。
それまでは、毎日のように電話をかけてきていたし、夏には、私の山荘にも来て、仲良くしていた。
ネット連句で、私の捌き方に不満を言ってきたが、ネットはネットの世界、彼女だけがメンバーではないのだから、いろいろ考えて、捌いたつもりだった。
それが気に入らぬからといって、挨拶もなしで消えたのだから、ずいぶん失礼な人だと、私も、こちらから何かを言う気はせず、放っておいた。
ご機嫌を取ってまで、ボードに参加してもらう必要はないのである。
なぜ急に今頃になって、電話をかけてきたのかわからないが、2ヶ月の間、彼女なりに、気にはなっていたのかも知れない。
先月、連句関係の人たちが20人ばかりで、何かの行事に出かけ、私は誘われていなかったが、彼女も、そのメンバーに加わっていたということをきいた。
声をかけてくれてもいいのにと、あまりいい気持ちはしなかったが、要するに友達甲斐のない人だったのだと思うことにした。
自分の得になるようなつきあい方しかできないのだなと、思った。
今日の電話は、あるパーティーに行きましょうという誘いだった。
でも、話している内に、誘いのほうは口実で、私から、何かを引き出そうとしていることがわかった。
そんな風に人を疑うことも、今まで私は、あまりしなかった。
でも、連句の世界は、頭のいいすばらしい人がたくさんいる反面、インテリ特有の詐術に満ちた意地悪や、弱者を侮る悪さも存在するところがある。
それは、人間の集まるところでは、どこにでもあることかも知れないが、表向き紳士淑女を装っている人たちのそれは、まことに始末が悪い。
私は、ストレートにものを言うので、誤解されやすく損な質であるが、ひとには、誠実に尽くしているつもりだし、偽りの人間関係は持ちたくないと思っている。
自分で言うのも変だが、かなりのお人好しだと、思っている。
だから、サービス精神がありすぎて、誘導尋問に引っかかりやすく、訊かれたことは、つい正直に言ってしまうところがある。
私の言ったことが、すり替えられたり、逆に、言いもしないのに、その場にいたために、私のせいになっていたり、なんてことはざらである。
人を疑うことをしないので、そういう結果になるのだが、このごろ、そんなことでさんざんイヤな思いをしたので、今日の電話にも、つい、あれっと思ってしまったのだった。
彼女は、私から、この2ヶ月間、私がどんなところで連句をやっていたか、それとなく聞き出して、満足したらしく、長い電話を切った。
久しぶりのおしゃべりで、こちらも、つい、以前のように気を許してしまったが、あとには、苦いものが残った。
パーティーの誘いを、曖昧にしてしまったことが悔やまれる。
メールで、簡単に、断りを入れることにした。


雪が降る
2002年12月10日(火)

15年ぶりという仲冬の雪。
昨日、かなり積もったかのようだったが、今日の昼頃の日差しの中で、ほとんど解けてしまい、雪掻きをするほどではなかった。
前の冬は、ほとんど雪を見ずに終わったが、この冬は、寒さも厳しいようだから、雪も多いかも知れない。
アダモの「雪が降る」は、好きな歌だ。
日本でもいろいろな人が鵜唄っているが、私は尾崎紀代彦の歌唱が好き。
彼の歌は、シャンソンとしては、ちょっとダイナミックすぎるかも知れないが、カンツオーネ風にたっぷり聴かせてくれる。
日本語の訳詞は、これもいろいろあるが、私は安井かずみの詞が好き。

あなたは来ない
いくら呼んでも
白い雪が
ただ降るばかり




厳冬
2002年12月08日(日)

今日はひどく寒い一日だった。
冷暖房嫌いの私は、室温が10度ぐらいあれば、暖房もせずに平気な方だが、今日はさすがに、床暖房ぐらい入れた。
動いているときは、あまり感じないが、机に向かったりしているときは、足先がしんしんと冷えてくる。
連れ合いが、一昨日、深大寺に行って、植物公園の中の写真をたくさん撮ってきたので、私のホームページにも、2,3枚取り込んでアップした。
いずれも薔薇である。
薔薇ならどんな色でも好き。
二つのサイトに、いずれも薔薇をサイト名にしたり、ページの表題にしている。
三つ目のサイトは、ホームページビルダーを使って、今までと違うジャンルのものを扱おうと思っているが、どうも、ビルダーの使い方が、飲み込めず、何度も削除を繰り返しているうちに、混乱してきたので、今日は、ソフトそのものを、もう一度インストールし直した。
私には、コンピューターの中の、ファイルの構造が分かっていないのである。
おまけに、ftpソフトのライセンスを購入したのはいいが、この使い方が、またよく分からない。
ftpからは、無料のホームページスペースを五メガもらったので、それをビルダー専用に使おうと思っているが、いつになったら、出来るやら・・。
使い慣れた制作王Vで公開している二つに、つい気が向いてしまう。

連れ合いの助けを借りながら、今日は、一日パソコンと付き合ってしまった。
年末が近い。
家の中もやることがたくさんある。
夕食後は、たまったアイロンかけ二時間。
連れ合いは、明日ゴルフに行くそうな。
地域によっては、雪が降っているというのに、参加者が誰も「やめよう」と言わないらしい。
テレビで、五〇歳過ぎてのゴルフは、危険だと言っていた。



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