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≫2004年11月03日(水)≫ミケランジェロのこと

ミケランジェロは誰かのためになんて絵を描いてないと思う。もちろん友人知人に送った素描とかは別として。なんだか今日の特集番組、ナオが今ミケランジェロを好きすぎるからだとは思うけど、結構見てて辛かった。上っ面だけの過剰装飾的な番組。ミケランジェロを好きな人が作った番組ではないのかなと疑ってしまうよ。たった一時間半の短い時間で彼の人生を描くのは凄い無理があると思うけど、それでもミケランジェロの思ったことや性格なんかは手紙や詩からもきっと伝えることは出来ると思うし、もちろんその作品からだって、言葉なしで伝わると思う。だってそこがミケランジェロの彫刻や絵の力だとか魅力なんだものー。

なのにこの番組ったらこてこてのイタリア古典音楽に変なナレーションに意味の無い自然の画像、そして全くどうしてフランシスコザビエルの活動だなんていうミケランジェロの人生から直接つながりの無いものまで入れ放題だったのだろうねー頭抱えちゃったよ。もっとせっかくのミケランジェロ特集番組なのだから、彼の深いところを描いても全然良かったと思うし、その方が人はミケランジェロに興味を持てると思うんだよね。だってミケランジェロの内面を少しずつだけど知って、ナオは彼がますます大好きになったし身近に感じられるようになった。

例えば家や父親、兄弟に対する感情や、コロンナについては少し出てきたけど、そのきちんとした関係だったり、カヴァリエーリだって無視しちゃいけないでしょうと思う。そういう対人関係と時代の歴史と出来た作品(※1)たち。そのそれぞれの繋がりがあって出来上がったものが(もしくは未完成のものだったとしても)ミケランジェロの表現したものがより直接に感じることが出来ると思うんだよーミケランジェロってナオは本当に素敵で面白い人のイメイジがあって、もっとみんなに知って欲しいと思う。巨匠とか言われてダヴィンチとラファエロとまとまりにされて、むしろダヴィンチの影に隠れそうな感じがするのは決して思い込みじゃあないと思うけど、そんなの絶対おかしい。確かに表現も技術も成した事も巨匠と呼ばれるにふさわしいけど、でもそんなに遠い感じの人じゃないと思うし、ダヴィンチと比べるだなんてもうお話にもならないよ。あー駄目だ止まらなくなってきちゃった。

ミケランジェロを知ってください、500年も前にこんな人がいたってことを知って欲しいんだよ。だって素敵だから。押し付けではなく、素直にお勧めするよ。だって素敵なんだもの。何度だって言うけど、素敵なのだよー!ミケランジェロの全てを知るなんて絶対無理だし、ナオは研究家でも何でもなくただの一ファンだけれども、彼を知れて嬉しいし、本当に良かった。人生が豊かになった、とかは大げさ表現かもしれないけど、色が加わったのは確かだよ。これがまた、凄い綺麗なミケランジェロ色が。

だから、そのきっかけをナオが地道に日記に書いたり学校でお勧めしたりするよりもっと大勢の人たちにつくることの出来たかもしれない今回の特集番組、残念だったと思ってしまったのはまあ、ミケランジェロ好きーとしては仕方の無いことだった?まとまってなかったし、きっとミケランジェロの名前だけ知ってて見てた人はふーん。で終わっちゃう気がするのね。もったいない!もう少しじっくりミケランジェロに向かい合って製作して欲しかったです。そいで、これからもナオは自分のためにミケランジェロについて知識を増やしていきたいとまた改めて思ったのでありました。終わり。





(※1)ミケランジェロのworksを日本語で書くとき、「作品」っていう言葉がしっくりこない。なんて置き換えて良いかわからないから使ってるけど、作品っていうのとは違う気がするんだよ。例えば「最後の審判」とか、きっとミケランジェロ自身このフレスコ画を大切に思ってるし彼自身の信条曲げないで完成させた物だとは思うけど、でも描かなくて良いなら描かなかったかもしれないと思えるところもあるんだよ。作品っていうのはもう少し自発的なもの、というかそれを製作した人が製作することを決めて製作したもののことを言うようなイメイジがあって、なんだかやっぱりしっくりこない。



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