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| ≫2007年09月17日(月)≫ |
2年ぶりくらいにテートモダンに行って、戦争が与えた芸術への影響について考えてみた。好き嫌いで言うなら20世紀以降の現代アートと呼ばれるものの殆どは好きではないし、わざわざ展示品を見に行きたいとも思わないのだけど、まあ、ナオの個人的趣向はさておき、歴史の流れとして、美術史がこう流れたのはなんとなく理解できる。それほど、第一次、第二次世界大戦とは凄まじかったのだな、と。想像でしかないけれど。というのも、例えば他の美術館に見れる20世紀以前の作品と、この戦下戦後の作品とでは、その芸術家の技術、というよりは、精神的な面で大きく違いがあるように思えた。普通の精神では表現出来得ない、というか。20世紀初期の作品を一度に見て、何より恐ろしさを感じた。画家の狂気。それが、美しいはずがない。見ていて気持ちの良いもののはずがない。鑑賞が目的の作品というよりは、訴え、提案、デモ。きちんと美術史をアカデミックに学んだ訳ではないので、素人意見ではあるけれど、何か、美術という根本がちがうのに、戦前戦後の絵やら彫刻やらを、同じ美術、芸術、アートと呼ぶことにどうしても違和感と反発を感じる。ただ、もの凄いメッセイジ性はある。理解も出来る。その上で、ポストモダン、20世紀後期、21世紀の、今、の作品は一体どこへ行くのやら。この時代に、芸術の名の下で作品を創っている人々に聞いてみたい、と思った。 まあ、改めて書くほどのことではなく、テートモダンに行こうが行くまいが、常々思っていることなのだけれど。カンジンスキーやポップアート、レディメイドを経てポロックだ、と思ったその向かいに、立派な大きいモネの睡蓮が掛かっていて、益々このギャラリーの展示方法にすら疑問。 さてこれから2週間、本気で生活します。夏休みが終わるから、学校が始まるから、とかそういう理由じゃない。もっと、切実。 |
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