ダメダメちゃむ日記
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相変わらず牛乳コーヒーとノンアルで生きてます。ダーの仕事が忙しい時期に入り帰宅が遅いので、夕飯食べてないのがバレてません。 ゆっくり休めて、うつが晴れたような気がしています。 昨日は時間を気にせずゆっくりドクターと話し合えて、1日をゆったり過ごすことができたので、心がリラックスできました。ありがとうございましたm(._.)m モモちゃんに楽しい気持ちにさせてもらえました。ありがとう(*^_^*) 盤面黄色のポップな腕時計には妙な重量感があります。重さが生きてることを実感させてくれ、盤面が脳をポジティブに刺激してくれます。ありがとう( ^.^)( _ _) ニモの華やかな映像が気持ちをリフレッシュしてくれます。<(_ _)> 温かいお言葉に癒されてます。ありがとうございますm(_ _)m 「自分のまわりにいいことがいっぱい起こる本」が、精神をピュアでポジティブな状態へ導いてくれます。ありがとうございます<(_ _)> 来週は5クラス採点なので、ちと心配ではありますが、それが仕事ですからがんばります。
生きるということは、15年前後被った親の呪縛から解放され、本当の自分を見つけるための旅のようなものなんですと。(上記より)親の呪縛というのも、またその親の呪縛なんだそうです。親の因果が子に報い……ってことなのかな? 親子関係というのは本当に難しいものだと私も思います。一生掛かることも多く、また親の死後も乗り越えきれない方が多いんだそうです。 亡き父の人となりは、私にはとうとうわからないままでした。 私が小3の時から躁鬱病・アルコール依存に苦しんで10年後に亡くなった父。 父から言われた言葉は何一つ覚えていません。 幼い頃お布団で遊んでもらった記憶は「それは私(母)が何度も頼み込んでやってもらったたった1回だけのこと」と母からぶち壊しにされました。 父がどんな人だったのか、どんな会話をしたのか、本当に記憶がありません。小学校の図工で父が-t( ^o^)。o 0 イップクしている姿の版画を作ったこと、帰宅した父に勝手口で(⌒o⌒)(^ )チゥしたこと、くらいかな。 激鬱時にはいつも寝ていたり、仕事を休んだりしていたことは知っていた。後は、いたのかいなかったのかもよく覚えていない。 不存在による虚無感。それが父の呪縛。 自尊心・自己評価の極端な低さ。それが母の呪縛。 自分の次には親を解放しなければならないと上記の本にはあった。人生とは何と長く厳しい旅なのだろう。 しかし、母は不治であるとドクターに断言されている。どうしても無理なこともある。 それでも、私は生きていく。ダーと娘sと一緒に。 「(あなたは)教育畑にしがみついて生きるしかないですね」 とドクターは言った。自分でもそう思う。 自分に何ができるのか、全くわからない。 何の力もないと無力感に襲われることは多い。 万能ではないのだ、仕方がない。 できるところから、できることからやっていこう。 生徒たちが憎いのではない。 ごく一部の、無気力や自己中心的・自暴自棄に支配されて希望すら持てずにいる彼ら彼女らを、ADHD児・LD児を、支える力すら持ってない自分がもどかしく情けないのだ。哀しいのだ。焦ってはいけないのだとわかっているのだが。 まだ3ヶ月? もう3ヶ月? 3年もある? 3年しかない? 教師にどれだけのことができる? 担任でない私に何ができる? 私に担任ができるのか? もし体調がよくなったとして、私が担任でいいのか? ――自分の課題がわかったら、なりたい「自分」になるために、できることから始めよう―― まずは、私の専門教科教育の権威・大村は○先生の著書を読もう。第一に授業から改めよう。そして、次は……?
たった1冊だけ持っていた著書の数ページを読んで、Σ( ̄□ ̄lll)がーーん!! やっぱり私は教育の基本から何もわかってない!!!! 基本的セット書籍をネット注文。 教育メーリングリストに加入。 検索してお気に入りを幾つか追加。 一歩ずつ、できることから始めなければ、そこから進めない。
パチと縁切るために負けに行った。 「また勝ったらどうしよー?(・・;)」とか思っちゃいましたが、さすがに世の中そんなに甘くなくて一安心(^。^;) パチはゲームでいいです、ホントに。 パチ屋さんは生きる充実感はくれませんから。 図書券で初めて隔月刊の教育雑誌を買って、 熱くなれる漫画も見つかって、 ニモのゲームを子どものお土産に買って帰ったら<トゥルが気に入ったモヨウ(笑) 信吾さんからバースデーカードが来ていて、 もうo(^^o) (o^^o) (o^^)o キャアキャア♪ お祭りハッピー確変連荘テンコ盛りです(v^-^v)♪ わぁいヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノわぁい♪ どん底まで落ち込んだ後、 しっかり生きていこう、幸せを探そうと決意すると、 自分の周りが小さな喜びでいっぱいであることに気づける。 うつ病やってくのも意外と悪くないかもしれない(笑) 健康のありがたさを誰よりも感じていられるから。
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