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2006年02月05日(日) 中世ヨーロッパの農村社会 堀越宏一

山川出版社 世界史リブレット24

図書館で借り。

中世ヨーロッパにおける農村社会のあらましをざっと概説したもの。
小冊子なのでお手軽で、都市社会と続けて読んだらなんとなく面白い。
村落の地図みたいのがないので、どんな風に配置されていたかとか
構成はよくわからないやー。

以下は、私的なメモ書き



■フランク王国 カロリング朝 農村の大きな発展期 8世紀〜9世紀

・気候の安定
・政治的に大きな統一王権の誕生

…により、領主たちが(修道院含む)多くの土地を集積して大所領を形成。
「所領明細帳」という台帳が残されている。

所領は、領主の直轄地と農民の保有地に分けられる。
領内に農民は、家の敷地、個人の菜園地、耕作地を保有し経営していた。
その他、農民が共同で用いる採草地、放牧地、森林がある。
(飼料の刈り取り、家畜の放牧、採集、狩猟の場)

農民は、自分の保有地に応じて、現物貢租をおさめる義務がある。
その他賦役労働の義務を負う。
(週に三日程度、領主の直轄地の耕作その他)
賦役は、恣意的でかなり重い義務で、農民は一種の隷属民だった。

領主の直轄地は、領主が所有する奴隷及び領地の農民の労働によって維持された。

古典荘園制と呼ばれる

栽培物:
ライ麦、小麦、燕麦、大麦などの穀類。
ソラマメ、えんどう豆、人参など野菜類。
リンゴやブドウなどの果樹。工芸作物の亜麻(亜麻糸)。
多岐にわたる。

家畜は、メロヴィング朝に比べれば豚が減少し、牛、馬が増加している。
農耕や、運搬に用いられて重要だった。

農業技術の進歩
■
充分な麦の収穫を維持するためには、休閑、施肥、犂耕によって耕地の地力を回復しなければならない。
多数の家畜が飼育され、犂をひき、家畜の糞が肥料として利用できる状況でなければならない。
牧畜と穀物栽培は、密接に結びつき運営され始める。

■領主の直営地で三年輪作システムが導入され始める。
耕地を三分割
� ―�播き夏収穫の冬麦の畑
�◆―嫻鼎�秋収穫の春麦の畑
�� 休閑地
を年々この順番で入れ替えながら用いる。
これにより、効率的な穀物収穫が可能になった。
植え付け面積が増える。凶作のリスクや農業労働が分散する。

冬麦:小麦、ライ麦
春麦:大麦、燕麦(カラス麦=オーツ麦)




■10〜13世紀頃

■開墾のパターン
� ’戚韻�周辺の森林などを少しずつ切り拓いてゆく。
�◆ヽ�墾目的で拠点を設け、切り拓く。(炭焼きや修道士また農民も)
�� 領主層が資金とノウハウを持って推し進める開墾。(領主主導)

��の領主主導の開墾地の場合

何処かから、農民を引っ張ってこなければならない。
そのためには、移り住むことが魅力的でなければならないので
農民への待遇をよくして勧誘。
(賦役がなくなったり、(領地内?)移動の自由があったり、
最初の一定期間の貢租の免除だったり)

→そうすっと引越しがお徳なので農民は流出する。

→いままでの領主は農民の流出を抑えるためにやっぱり農民の負担を軽くし、地位を引き上げねばならん。

そんな風に農民の地位が向上した。→成文法化されている。

「特許状の一例」byルイ6世
・ロリスの教区内に家を所有しようとするものは誰であれ、その家に対し、
また土地を教区内に所有すれば土地1アルパンに対し6ドウニェの租税のみ
を支払うべきである。

・ロリス教区の住民は誰であれ彼らの糧食について通行税も他の慣習的
諸貢租も支払わなくて良い。

・彼らのうち誰も、年に一回余(=フランス国王)のぶどう酒をオルレアン
に運搬するための賦役を除き余の賦役を行わなくて良い。

など。また

・既存の耕地からは、余(=ランス大司教)は12束に対し2束を取る。
しかし、今後森を切り開いて開墾される土地からは、14束から2束のみ
を受領する

などと、開墾地により有利な定額貢租を定める。



領主直轄地において 支配下農民の賦役の軽減
直轄地は、賃金で雇用された農民によって耕されるようになる。
農民の負担のメインは、自分の保有地でとれた収穫物の一部を貢租としてお
さめること。それが、現物を納めることから一定のお金を納めることに変わ
ってゆく(14世紀くらいまでに)

農民の労働意欲は増す。
余剰の収穫を得られた農民は豊かになることができるという期待。



村落共同体の成立:集村化(三圃制の必要から)
開墾集落も集村化する。

・農民を外敵から保護する城の周囲に村落が形成される場合。
 →村全体が城壁に囲まれた防備集落になる。
・城はなくとも、村自体が石垣、木の柵をめぐらせる場合。
・小教区の教会が核になる場合。

耕地は、区画整理してまとめられる。
各自の持分の間には柵や垣根は設けられない。開放され耕作される。
農民たちが共同で所有する重量有輪犂と馬によって耕地を耕し、収穫。
すべての農作業は村全体の共同で行われる。
休閑地にも、村全体の家畜が放牧される。
個人的な利用は制限される。
村落周辺の未開地や森など共同地の利用についても共同体の慣習的規制がある。

耕作強制、共有地慣行が円滑に行われるために共同体は強制力を要する。
この強制力を有したのは、裁判権を持つ城主などのバン領主。

農村と領主は相互に依存しあった。

農村は自治的な制度を持つ場合もある。
村の代表として、村長や参審員が村民によって選ばれ、領主役人に
会計報告を行う。
村落集会を開くことが認められる。



■農民の日常生活■

農作業や重要な行事の年間計画は、共同体全体で決められていた。
写本などに残された農事暦なんかが、手がかりとなる。

一年の起点は地域によって異なった。
クリスマス、復活祭、聖母受胎告知の祝日(春分の日)など

12月:クリスマスは、キリスト教普及の前から冬至の祝日。
(太陽の誕生日)
冬篭りの前に、豚を屠殺して、塩漬け肉やソーセージを作る。

1月:家の入り口の神ヤヌスに由来する。
クリスマス〜新年の祝賀、主の公現祭:東方三博士礼拝の祝日(1月6日)

2月:謝肉祭の月
盛大な祭り
農民は、謝肉祭を最後に、肉を絶って春(復活祭)まで耐え忍ぶ生活を送る。

3月:農作業の開始の月
休閑地を耕す。
大麦、燕麦などの春播きの麦を播く。
ブドウの剪定を行う。

4月:家畜が放牧場に放される。
家畜は、冬の間小屋で過ごす。
領主の鷹狩りが始まる。
復活祭もそろそろ。肉の断食ともおさらばで、開放感に溢れた季節。

5月:春の祭りである、5月祭。
復活祭、50日後に行う聖霊降臨祭の月であることが多い。
なんとなくお休みのイメージが強い月。

6月:農作業の本格化
農民は、忙しい。
休閑地の犂耕。
羊の毛の刈り取り。
干草刈り(冬場の家畜の飼料になる)
洗聖者ヨハネの誕生日は、ケルト時代の最大の祭り夏至の祝日を引き継ぐ。

7月:冬麦の収穫

8月:
脱穀。
下旬からは、夏麦の収穫も。

9月:
リンゴやブドウといった果実類の収穫。

10月:
ブドウ絞りやワイン作り
来年のための冬麦の畑の耕作

11月
来年のための冬麦の畑の耕作

貢租を収めるのは、地域により違うが、
9月29日ミカエル祭か10月1日聖レミの日。



農民の衣食住

■住居
中世初期:竪穴式 若しくは 木造

12世紀以降:
石材やレンガが入手可能な地域では壁が石造りになる。
屋根は、スレートや瓦ふき。
初期の石造りの家屋は、岩や土の上に直接建てられ居住性はよろしくない。
基本的な間取りは、かまどが置かれた台所と寝室という二間。
家畜小屋が付属していたりする。

■調度
上蓋で開く長方形の長持ち。
寝台、食卓とベンチ。

寝台は、家族全員が寝られる大型。藁の上にシーツまたは、藁のみ。
長持ちには、衣類のほか、食料品なども仕舞われる。錠前がついている。

■衣類
貴族が、絹、毛織物、高価な毛皮

農民は、粗末な毛、麻の生地、山羊、羊の毛皮が一般。
晴れ着もある。

■食
最初、僅かな穀類がオートミールのような粥として。
じきにパンが普及した。
植物性たんぱく質。そら豆やえんどう豆。
動物性たんぱく質の摂取は豆に比べれば少ない。
魚は肉より高価だった。(場所によると思うけどー)
酒については、ワイン、ビールが一般的。

推定カロリーは農民一人あたり一日3000kalはあったと考えられている。
というと、そんなに悪くなかったらしい。




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