先日、NHK教育で全四回にわたり色川武大さんについての番組がやっていた。
ナビゲーターは作家柳美里さん。 第三回は見逃してしまったが、ほかの回を通してみるに、観るべくして観るべきものだったと思う。
全体的に色川作品の代表作であり自叙伝的色合いも濃い「狂人日記」を太糸に、さまざまな細糸を織り交ぜてゆく。
色川武大=阿佐田哲也
麻雀放浪記の著者、雀聖と呼ばれ、また、ナルコレプシーを患っていた方でもある。
色川さんはナルコレプシーだけを患い苦しんだわけではないけれど、とても身につまされるものを感じた。
そして第四回に、奥様・孝子さんの話を聞けた。
ほっとすると、出ちゃうんだよ。 じゃあ、わたしの前でほっとしないでよ。
きみは小説の最高のモデルなんだよ。
たけちゃん。 たっちゃん。
ふたりの間で、いったいどれだけの残酷なまでの地獄の時間が過ぎ、それでもなお、強く深くふたりをつないでいた絆は、どんなものだったのだろう。
お互いずっと意地張り合ってたのが、亡くなる一週間前に入院したときに、ふとお互いがそのことがおかしく思えて笑ったんです。
四十年生きてきて、一緒に暮らそうと思う女はいなかった。 たっちゃん、考えてみないか?
たけちゃんこと色川さんのプロポーズに、たっちゃんこと孝子さんはプロポーズだと思わずに、うん、と答えた。
ふたりはもともと親戚同士。 右目が不自由だった孝子さんにやさしく接する色川さんに、年の離れたお兄ちゃん、と孝子さんはこころを開き、はじめは遊びに、そして世話を焼きに通うようになった。 だから日常にふと、すぽっ、と落ちてしまう色川さんの姿を見ていたものの、その先の色川さんのことは結婚して一緒に暮らすようになってから知ったらしい。 とりわけ、信じられないほど交流の幅が広い彼のひと付き合いには、まさに閉口したらしい。 二十四時間三百六十五日、とかくひとが出入りする毎日。 くつろがせる名人、と色川さんを呼ぶひとがおり、孝子さんもそう思っていた。 が、くつろぐ側から一転、くつろがせる側の世界に引き込まれ、それは苦痛以外のなにものでもなくなってしまった。
どうして断らないの? 断れないよ。
まるですべてが苦痛だった、地獄だった、と語っているようだった孝子さん。
しかし。
わたしがもうすぐたけちゃんのとこにいくから、そしたら、笑いながらふたりの世界を楽しもう、と思ってるんです。
素敵な笑顔でした。
ことひとにはわからない辛さや苦しみの中で生きてきた色川さん。そして共に生きてきた孝子さん。 だからこそ誰にもわからない、ふたりだけの絆、なんてものじゃない、ふたりがひとり、の世界にいられたのかもしれない。
とは言え。
まるでわたしのことじゃない!
と、色川さんの某作品を読んだときの怒りと恨みと絶望は忘れられない、とも孝子さんは語っていた。
気をつけましょう。
はい、肝に銘じます……。 小説のモデル、かぁ……汗
|