「隙 間」

2008年08月03日(日) 「みぞれ」と、息をするように、「ラスト、コーション」

 重松清著「みぞれ」

 息をするように「お話」を書きたい――。

 あとがきにあった重松さんの言葉。

 世間話の延長にある「お話」で、知り合いにこんなやつがいてさ、と語られる日常と地続きな世界。
 しっかりと作り込まれた虚構の世界を語ることに読み手としては惹かれる、が、やっぱり書き手としては、日常と地続きな世界に強く惹かれている。

 読み手が小説に求めるもの、それは「自分の日常にはない、非日常」であることが多い。
 非日常が、まさにあり得ない非日常の世界で描かれるか、日常の世界で描かれるか、そこの違いがある。

 目の前でドラマチックな出来事と出くわすこと自体が非日常でもあるのかもしれないが、そのこと自体が日常の世界に近づきつつある世の中になってきている。

 テレビや新聞での出来事が、あまりにも身近な出来事になってきている。

 しかし、重松さんの世界はそんな世界でもなく、誰しもが「あるよなあ」と、自分の記憶を、思い出を掘り起こしながら、自分だっ「たら」、ああして「れば」という、選ばなかった扉の向こうにあったかもしれない世界や思いを、覗かせてくれる。

 わたしも、息をするように「お話」を書いてゆきたい。

 たまに呼吸困難に陥るかもしれないが……。

 ひとが健康を求めて酸素カプセルに入るように、わたしは小説を読み、書いてゆこうと思う。

 そして、

「ラスト、コーション」

 をギンレイにて。
 ……言葉がありません。

 決して悪い意味ではなく、それじゃあ良い意味なのかといえば、何がどれだけ良かったのか、言い表せません。

 ハードな作品。

 とだけ、言っておきます。
 表現方法だとかの、上っ面が、ではありません。
 目に見えない、耳に聞こえない、観終えたとき、胸の奥にいつの間にか密やかに嵩んでいっていたものが、

 です。

 日本占領下の上海。
 親日派の高官を暗殺するために、女を利用して近づき、そして愛人となることに成功します。
 あとはお決まりの、という物語になるのですが……。

 そう。

「濃い」のです。
「濃密」なのです。

 スクリーンの向こうの世界が、本能的にこちらより「濃い」と感じさせられるのです。

 こんな感覚は、今までにほとんどありません。

 漢題は、

「色戒」

 です。
 夫婦、恋人同士、それになろうとしているひとたち、に、敢えて勧めようとは思いませんが、素晴らしい作品、ではあると思います。

 このような「濃さ」を描くには、どうすればよいのでしょうか。
 じっくりと、考えます。


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