『神戸新聞の100日』という本がある。 震災により、神戸新聞社は新聞制作の命である、CTS組版機に壊滅的な ダメージを受け、それでも当日京都新聞の協力を受け、たった数ページ だったけど、夕刊を発行し、人々に届けた。
原版となるフィルムは、京都で作られバイクで震災地を抜けて、 神戸に到着したという。
自分は震災のあった二日後に、被災地の西宮に帰ったけれど、東から 激震地に入った途端、道は盛り上がりがたがたになり、あちらこちらに 花々が置かれ、見ていたら涙が込み上げてきた。
そのとき既に、神戸の人たちは立ち上がり、人々を勇気づけるため、 新聞を作っていたのだと、これを読んで初めて知り、活字を追いながら 胸がつまって涙が出た。
今日はセンター入試だったけど、震災のときもそうだった。 これもあとから知ったのだけど、交通の麻痺した情況下、センター入試の 自己採点のシートを各学校から集約し、結果の予想を出す為に、空港や 駅のホームを必死に駆けて、生徒たちのため、リレーでシートを集めた 人々もいた。
知らない間に誰かが自分のために走っているのかも知れない。 自分も誰かのために走れるかも知れない。 幾つも学校を回りながらこの先どんな仕事をしても、誰かの役に きっと立とうと思った。
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