| 2005年02月17日(木) |
もっと余白を/メッセージ御礼 |
村上春樹の小さな新刊を買いました。 とてもかわいい装丁で、お値段は高めだったのですが(中編が一編 きりなので)、でも、佇まいのよさに惹かれて買いました。
お話の内容はさておき。 今回、珍しくちょっと困ってしまったのが、 誌面デザインが自分には読み辛かったことでした。
版面の、文字部分に対して、周りの余白が少なくて…
あと1ポイントでも、本文の文字が小さければ むしろ読み易かったと思うのですが… 断ち切りぎりぎりとは言わないまでも、 紙の端のほうまで文字部分があって、余白がないので 目を休ませる場所がなく、5ページ目くらいで目が すでにちかちかしてしまったのでした。
(挿絵があるページはまだ、その分文字の比率が減るので 目が痛くならないのですが。 見開き全体が文字ですと、目に涙すら滲む始末で…)
こんな困ったことは初めてで。 「ええっ?」と思って装丁家を見ると、大変に大御所な方… さらに、このビッグネームの作者の本の本文設計を、 お弟子さんにお任せするとも思えない…
…ううん、なんでだろう〜… 涙ぐみながら、本気で誌面を70パーセント縮小コピー して読もうかと思いました;。
しばらく考え、普段は掛けない眼鏡を取り出し、手元からうんと 本を離してみましたら。 やった!ちかちかしない…!
目が痛くない距離を保ちつつ、やっと世界に浸って 読書いたしました(ほくほく)。
何故こうなったのかなと考えて。 ひょっとして、校正刷りの状態だと、余白がうんとまわりにあるので、 あまり気付かなかったのかなあとか。 束見本だけだと見本ページを数点見るだけになり、 通読したときの「痛さ」が分からなかったのかなあとか。
いろいろと考えてしまいました… (…ちっともお金にならないのに…)
外回りの装丁はとても余白を大事にしているのに。 本文がこうなのは残念だあ…と思ったことでした。
余白は、いらない「余り」ものではなく、 あったほうがよいものなのだろうと思います。
誌面でもしかり、お話でもしかり…。
○メッセージありがとうございますv > 17日午前二時台にお言葉をくださった切ない系のお話をよくご覧の貴女様v こんばんはv拙宅へまたいらしてくださってありがとうございますv
サイトを開いて2年半弱になりますが、こうして新しくいらしてくださった 方に、これまでのお話を読んでいただけるのは、とても大きな喜びです。 もし、続けていなかったら、「異国」もほかのお話も、 こうしてお読みいただけることはなかったのだと思うと、 本当に続けていてよかったと思います。
最近は切ない系の作品をよくご覧になっておられるとのこと、 私自身、切ない系のお話が好きなので、こちらのサイトでは わりとそういう類のお話が多いかも知れません。 そして最後はハッピーエンドで終わるお話がお好きとのこと、 私もそういうお話がとても好きなので、この、数だけは 多い拙宅のお話の中で、あるいはお好みのかたちのお話を いくつか見つけていただけるかも知れません…
ハッピーエンド、いいですよね。 書き手は、好きなようにお話を作ることができ、結末を決められ、 ある種のセンセーショナルさを狙うなら、何の救いもない バッドエンドで締めることも可能で。 でも、白虎の人たちは、それぞれ形は違っても幸せへ続く 道を探せる、幸せをあきらめずに探せる力を持っていると 思うので、どんなに困難な状況におかれても、完全に救いなく 終わるとは思えなくて、それがいいなあと思います。
完全なハッピーエンド、というのは毎回は望めなくても、 でも、きっと彼ら自身が納得できる結末を、いつも どんなお話でも迎えられるのだろうと思います。
最後までご覧くださった皆様が、結末にご納得くださる、 読んでよかったと思ってくださる、そんなお話を 書いてゆけたらと思います。 またどうぞ、お時間があかれましたらお立ち寄りくださいませv
貴女様のまたのお越しを、心よりお待ちしておりますv
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