うちの近所では、夕陽が架線越しに沈んで行く。 架線にかかった太陽は、まるで朱色の風船のように見える。
人を想うとき、想いはどんどん膨らむ。 片思いはつらいものだけど、一人の人をずっと想っていられる という幸せもある。 わたしは中学3年で転校してから、二十歳くらいまで、ずっと 片思いだった人がいた。(初恋も片思いだったけど。) いつも彼には、好きな人がいた。 中学のとき、転校して初めて感心をもった相手が彼だったが、 彼にはすでに彼女がいた。 高校は一緒だったが、わたしは彼にとって戦友のようなものだ ったし、高校でも彼は他の女子校に好きな人がいた。 いつまでたっても、彼は片思いの相手だった。 何年も何年も、わたしは彼の背中を見ていた。
やっとの思いで告白したときも、彼の答えは本当は分かってい たし、彼がその後も同じ態度で接していたのがありがたかった。 告白した後の冬、皆で帰りの列車で一緒になったときのこと。 ボックス席の通路側に座っているわたしの席の、肘掛けに彼が 腰を掛け、腕をわたしの席の背もたれに回したことがあった。 ああこれは彼が出来る精一杯のわたしへの返事なのだと思った。 悲しくて、うれしかった。
他の人を好きになろうと思ったし、好きになりかけたりもした。 だけど、やっぱり彼が好きだった。 ずっと、そのままでいいと思った。 彼を好きでいる間は、いろんな言葉が浮かんできて、詩的にな れた。 今でも、恋の歌を作るときは、彼のことを考える。
ずっと、膨らんだままで、絶対に近づくことの出来ない太陽に 恋をした朱色の風船のように。
膨らんだ形のままで生きていく太陽を恋う朱色の風船(市屋千鶴)
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