生き方が下手だという言い方があるけれど、その言葉の意味する ところは、使う人次第で変わるような気がする。
生き方が上手というのは、力を抜いているのに輝いて生きている 人のことだろうか。 生き方が下手というのは、どうしても自分を追い込んでしまう人 のことかもしれないなと思った。
世渡りがうまいことを生き方が上手だとは思わない。 それはあくまでも世渡りが上手ということに過ぎないから。
生き方が下手というのと、不器用な生き方というのと、違いは何 だろう。 不器用な生き方しかできないけれど、その生き方に満足していて 自分自身を輝かせているとしたら、生き方が上手なのではないか。 世渡りが上手でそれなりの地位や名誉や資産を持っていたとして も、自分自身の行き方に満足していないとしたら、それは生き方 が下手だということではないのか。
どうしてこんなことを考えたのかというと、わたしもそうだが、 親友のきわみちゃんも生き方が上手だとは言えなかったかもしれ ないなぁと、ふと思ったからだった。 自分で自分を追い込んでしまうようなところが有ったから、しな くてもいい苦労を背負ってしまったりすることがあったんだろう と思うのだ。
これからだよね、上手な生き方ができるようになるのは。 不器用だけど、自分で納得できるように暮らしたいね。
後ろ手に隠したままの生き方じゃ不自由だから両手を開く(市屋千鶴)
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