日記擬。...松本

 

 


先に立たないとか言うアレ - 2002年08月25日(日)


そのこと自体が幸なのか不幸なのかってことは、そんな簡単に言えることではないと思うんですけど。
とりあえず自分、非っ常ーに波風のない生活を送っております。過去も現在も。
いままでに経てきたソレを、もし他人様とくらべたりなんかしてしまった場合、笑えるくらい少ないっつーかウスいっつーか、もうその必要すらないくらい負けまくれます。自信を持って。 <持つな
別に意図的にそうしていた訳じゃないんですが、あえて飛び込んだりぶつかったりしてみようとかいう気力に欠けていたってのは否定できないところです。
ええ、それはもう、あらゆることにおいて。

そして、ごくたまに、否応なしにそれを突きつけられる場面というのにぶつかったりもしてしまうんですね。
なんで「たまに」かっていえば、それ以外の日常をちゃんとやれてるからではなくて、生活そのものが平坦だからその機会自体も少ない、とかいう……(滅)。
んで、そういう時ってのは、基本的によろしくない状況で。
だからこそ、ホントにいろいろな場面において、人並み以上に注意とか考えることとかいったん止まってみることとかが必要なんだということは、その度に自分に言い聞かせてはいるわけですけど。
なにせそもそもの経験値がアレなんもんですから、いざその時、ということ自体に気が付けないままで。
ぐああぁぁぁやってもーたぁぁぁぁっ!と何度頭を抱えたことか(泣)。
自覚があるからといって、そんなもん言い訳にすらなりません。
ええもーダメダメです。

思い返してみれば、それとわかるはずのアレやコレにも気が付いてなかったんだなということに、がっくしきてみたり。
いや、言われてみれば……とか思うフシがあったってことは、まったく思考の外だったとまでは言い切れない部分もあるんですが。だからって、そこからちゃんとなにがしかのものを読み取って行動だの言動に結びつけることができてなかったら、結局同じことどころかまだ悪いって話が。

で、その場でなければ言えないこととか、言っちゃいけないこととかもあるわけで。
それにすら、そのときには気がついていなかったりとか。
機を逸してしまった以上は、もうあえて口に出して「すみませんでした!」とか言うわけにもいかないんじゃないかっていう。いや、実はそれもアリなのか?とか自問自答しつつ、結局、そのまま何事も無かったかのようになってたりして。

すみませんすみませんすみません(泣)。

――しかも、その後に「もうしませんから」とかは付けられない自分というのはどうなんだという。
でも、言っちゃったらほぼ確実に大嘘つき確定なんで。
この先また何事かに直面することがあったとして、的確に振る舞えるのかっていったら、ほぼ確実に無理でしょう。そもそもの経験値自体が低いので、応用力も無いつーか。

いやもうホントに。
反省ならまだしもですが、思い出しヘコみってのは非常にいただけないですね。

沈没。



...





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