カタルシス
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2002年10月26日(土)  たかが映画一本の話が… 

特に何の用事もなかったので、録画したまま見ていなかったビデオの累々を消化することにする。

私の部屋には「借用棚」なるものが存在し、友人知人から借りているものは全てこの一角に収容されている。しかし、借り物と銘打ちながら 今ここにある物の大半は長期借用中の代物ばかりで長らくこの場を動いておらず、ほぼ私物化してしまっている状態だ。この棚に置いてあるという事実だけが「借用中」であると判断する唯一の確認法なのである。

中でも某友人からは ひときわ大量のビデオを借りており、なかなか見ることができないでいるのを申し訳なく思っているのだが、この友人ときたらそんなことはお構いなしに次から次とビデオを持ってくる。黙っているとどんどんたまっていく一方なので、
「今あるのを見てからでいい」と言って断ろうとするものの、
「返すのはいつでもいいよ うちも置く場所がなくて(笑)」と
半ば強制的に渡されてしまうことの繰り返し。借用棚の9割はこの友人からの借り物だ。

それほどまでに一体何を借りているのかというと、ほぼ香港電影。 香港産の映画である。
この友人は、時々この日記に書いている私の“香港師匠”であり“歴史仲間”であり 一時期は“ゲーセン特攻隊長”だったりもした多趣味の精鋭。この人の他にも私の友人にはこんな「多趣味」さんが何人かいるが、どの人もそれぞれのジャンルに大した深さで関わっているのだからまた 驚愕せずにはおれない。

そして今日のような何もない日、どこにも出掛けない日は 録りだめしたまま飽和状態になっている「雑録テープ」(見たいだけで録って見終わったら重ね録り を繰り返すテープ)を消化するか、借りたまま減らないテープの山を 崩しにかかるのが専らだった。

そんな訳で時間のあった今日、棚から1本のビデオを選んでデッキに飲み込ませた。
タイトルは『決戦・紫禁城』  …ご存知の方がおいでだろうか?(^^;)

イーキン・チェン主演、その好敵手役にアンディ・ラウという贅沢な面子の 武侠(アクション)古装片(時代物)である。
今やすっかりブームは去ったと言われている武侠古装片の 割と新し目の作品で、既述の2人は勿論のこと相手役の女優や脇を固める個性派俳優達も それなりに名を馳せた面々が揃えられていた。解りやすいところを挙げれば『少林サッカー』で太極拳を駆使して饅頭をつくるヒロインを演じたヴィッキー・チャオが お転婆なお姫様に扮してアンディの相手役をこなしている。

見始めてみたら日本語吹替な上企業CMまで入っていたので どうやらTVの録画らしかった。日本語の字幕がなくても原語のままで見たがる(役者本人の声が聞きたいだけで広東語が解る訳ではない/苦笑)友人にしては珍しいな、と思ったものの アンディ・ラウの吹替声を聞いて納得。
「…池田さんだ。」
昔から友人がひいきにしてる声優が声をあてていた。

池田さん=池田秀一氏
彼の代表キャラと言ったらやっぱりガンダムシリーズのシャアだろう。何と言っても赤い彗星(笑) ちなみにジェット・リーのビデオ吹替も彼が担当しているので友人にしてみたら二重喜喜である。が、TV放送では違う人が吹き替えることが多いので地団駄踏むことも多々あり(苦笑)

---鑑賞終了---
見終わってまず一番に思ったことは
「…どのくらいカットされてんだ?これ」
だった。

何しろ話が半端で半端で(苦笑) TV放送の録画なら何割かカットされているのかも知れないしな…と思いながら、もしかしたらこれでもノーカットかも!とも考えてしまうのは これが香港電影だからだろう。
好きだから言うが、香港モノは驚くようなブツ切り降幕や 何かを放ったらかしのままの劇終や 理由や根拠の解らない展開を繰り広げることが しばしばある。特に今回のような武侠古装片だと、物語は伝説化しているし 演出は大げさだし 時代も違うから舞台や世界観が現代の常識では計れない部分が多くなり、中国四千年の摩訶不思議を痛感すること この上ない。

ウォン・カーワイ監督に代表される最近の香港作品には 映像美であったり、現代的なストーリーであったりと スタイリッシュな雰囲気を漂わせるものが多く、それ故のファンも大勢いるようだが、私が香港電影に求めているものは そのスタイリッシュさや秀逸なストーリー展開にはない。むしろ「はぁ?」っと首を捻ってしまうようなトンチキな話や まとまりがつかぬまま放置されたような脚本に 大層な手間をかけ、人気の役者を登用し、とにかく大真面目に作っているその 微妙にズレたピントが見せる世界に魅せられているのだと自己分析したことがあった。
狙わずして生まれるB級やC級の作品に心の琴線が触れてしまうのである。

他人はこれを“酔狂” もしくは“病気”と判断するが、そんな他人の目などどうだって良い。好きなものは好きなんだ 放っておいてくれ…




*余談*『香港芸能事情』

香港の芸能人は誰もが歌だ芝居だと手広くこなすので、歌手とか俳優とかのくくりがしきれません。なのでそれらの芸能活動を総括してする人“明星”、つまり“スター”と呼ばれています。日本で言うならマルチタレントに近い感じですが、芸人のようなヨゴレな雰囲気はなくて いわゆる“高嶺の花”という一目おかれた煌びやかな存在です。

レスリー・チャンやアンディ・ラウを筆頭に年季の入ったベテラン明星の人気は年齢など無関係に揺るぎないもので、日本にも熱狂的なファンが大勢います。最近の若手明星などには見目麗しい人の他に個性派を売りにする人も現れて、益々芸能界を盛り立てているようです。

しかし、その裏ではゴシップやスキャンダルが日本では考えられないくらいの量で流出していて 真偽の確証なく叩かれ罵られることが日常茶飯事。例えば『少林サッカー』のチャウ・シンチーなんかは恋愛沙汰だー 資産運用だー 人付き合いだー としょっちゅう騒がれてて可哀相なくらい。絶大な人気を誇っているにも関わらずオーストラリアのグリーンカード取得を強く希望しているというのだから、よっぽどあの魔都に住まうのが しんどいんだと思われます(苦笑)

その他、肖像権や著作権の取り締りがゆるく 写真や発言は垂れ流し状態です。インターネットでも容易に画像のダウンロードができますし、ちょっと足を伸ばせばプライベートなショットまで見ることができるという有様です。更には二次利用にもあまりうるさくないのでファンには嬉しいことかも知れません。が、プライバシーもへったくれもなくなってしまう明星たちにとっては たまったものではないでしょう。

町中を歩いてるところ、コンサート中、イベント会場、等々 いくら写真を撮っても基本的には罪にはなりません。撮られる方も承知の上なので 身なりや表情には気を付けていることと思いますが、時々やり過ぎて我慢の限界を越えさせてしまうと ゲンコや蹴りをもらうことがあったりなかったり。(もちろんその場合危害を加えた側が傷害罪で訴えられますが…)
まー、相手も一人の感情ある人間だって思ってあげないとね。(^^;)

ネットの普及により益々個人情報の流出が危ぶまれる昨今、さすがに規制が敷かれるようになってきたようで以前ほど野放しではなくなってきました。しかし、今までが今までだったので 閲覧する側に規制の観念がイマイチ浸透しておらず、以前の状態が黙認されているのが現状に思えます。

人気者は大変です。

ついでの話ですが、ファンのことは“迷”と書きます。アンディ・ラウ(劉徳華)のファンなら徳華迷とか華仔迷となる訳。
「アンディに迷っている人」
「アンディに惑わされている人」

漢字の国の共通点を感じたりして(笑)





※仔=「〜くん」「〜ちゃん」等の愛称で、他に 哥(兄貴・お兄様)、爺(師匠)みたいな呼び方もあります。呼び方は人それぞれですが往々にして アンディやトニー・レオンは仔、レスリーは哥、シンチーは爺で呼ばれることが多いみたい。

ああ、何てどうでもいい知識だ…


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