「 私にはいっさい偏見などない。
すべての人間を平等に嫌っているから 」
W・C・フィールズ ( アメリカのコメディアン )
I am free of all prejudices. I have everyone equally.
W.C.Fields
誰にでも先入観や偏見があって、差別意識の無い人間など普通はいない。
もし、いるとすれば、冒頭に挙げたような人物ではないだろうか。
柳沢厚労相は 「 女性は産む機械 」 に続き、子供を二人以上持つ家庭を 「 健全 」 と評価したことから、その発言が差別的だと問題視されている。
たしかに、大臣の立場で発せられる言葉とは思えぬほど無神経で、配慮を欠いたものだし、実際、彼の深層には女性蔑視の心理が見え隠れする。
野党の女性議員からは、ドサクサに紛れて 「 少子化を議論すること自体が差別的だ 」 などと叫ぶ声もあったが、それは違うと思う。
国家にとって、将来の人口や年齢構成を危ぶむのは当然の話で、なるべく女性を傷つけないように配慮しながらも、少子化対策は講じる必要がある。
大事なことは、その目的であって、些末な言葉遣いではないのだが、言葉の選び方、伝え方を大きく間違うと、今回のように騒然とした混乱に陥る。
たとえ柳沢氏に差別意識があっても、それを誰にも悟られず、誰を傷つけることもなければ、特に問題となるわけではない。
大臣という立場から公然と発したことで、見過ごせない深刻な事態を招き、安倍政権、ならびに自民党にとっても、不測の危機に至ったのである。
これに対する野党側の反撃だが、とても一般的とは思えぬ変人の女性に 「 全女性を代表して申し上げますが・・・ 」 と答弁させる茶番に始まった。
民主党サイドは、これでは多くの女性に共感を得られないと気づいたのか、ヒステリックさを抑え、理詰めで追求する小宮山議員を答弁に立たせた。
焦った柳沢氏から、続々と新たなる失言が飛び出したまでは良かったが、今度は執拗に追及しすぎて、世論に 「 しつこい 」 と逆批判を浴びている。
今回も民主党は、与党の失態による オウンゴール で得点を挙げる好機であったにも関わらず、相変わらずの対応は 「 お粗末 」 の一語に尽きる。
特に、男性からの支持は18%あるのに対して、女性からの支持が8%代と極端に少ない民主党にとっては、これは大きなチャンスだったのである。
党内では、「 与党に対して、女性の声を正しく代弁してくれなかった 」 ということで、ますます女性票が離れる心配まで囁かれ始めている。
安倍政権が支持率を落としても、民主党支持が高まっているわけではなく、小沢氏の事務所費問題、角田氏の政治資金問題など、問題は山積みだ。
彼らの失態を眺めながら、「 やっぱり民主党はダメだなぁ 」 と改めて思う私の心中にも、彼らへの先入観、偏見、差別意識があるのだろうか。
ちなみに、昨年の沖縄県知事選挙で与党候補が当選した際は、ブログ上で 「 沖縄県民は全員バカ 」 と大文字で書き殴っていた御仁がいた。
今年、与野党の趨勢を占うといわれた愛知県知事選挙でも与党側候補が当選したのだが、それで 「 愛知県民はバカ 」 という書き込みは無かった。
昔から沖縄県民は、差別と偏見に翻弄されてきた歴史があるけれど、いまでもなんだかんだ言って、本州と切り離して 「 見下す 」 人がいるようだ。
そういう人たちは決まって、「 俺は差別主義者じゃなく、可哀想なお前たちをアメ公から守ってやろうとしてるんだ 」 という主張を展開する。
当然、「 可哀想 」 も 「 アメ公 」 も偏見、差別以外の何者でもなく、沖縄県民の自主性を尊重するとか、そういう意識はまったく彼らの胸中にない。
差別の対象とは、言い換えれば 「 嫌いなもの、忌まわしく思うもの 」 などに近く、当然、感情を持つ人間なら誰にでも存在するものである。
問題は、対象者に罪や非がないのに意味もなく嫌ったり、疎ましいと思って嫌がらせをすることであり、マトモな 「 理由 」 がある場合とは大きく異なる。
だから、「 女性は差別する 」 とか 「 沖縄県民は差別する 」 なんて主張は大多数に批難され、「 性犯罪者を差別する 」 のは一定の理解を得られる。
性犯罪者にも基本的人権はあるけれど、出所後も再犯を繰り返し、人々に危害を与える可能性が高いとなれば、一般人と同様には処し難い。
前回、「 自殺企図者 」 を差別すると書いたが、彼らもまた性犯罪者と同じく、繰り返し同じ行為に及ぶ率が高く、社会に害悪を及ぼしやすい。
この世から差別意識そのものを無くすことは不可能に近いし、また、完全に差別を撤廃することが良いことだとも思わない。
先に挙げた自殺企図者を 「 それは病気だから 」 と擁護する人もいるが、性犯罪も、虐待も、連続殺人も、「 常習者 」 のすべては病気である。
また、これも前回に書いたが、「 自殺者は他の犯罪者と違って他人に迷惑をかけない 」 というのは大間違いで、自殺を図る側の身勝手な暴論だ。
事実、自殺を図って、それを止めようとした警察官が重体に瀕しているし、他人を不幸のどん底に巻き込んでしまう例は枚挙に尽きない。
性犯罪者と比較しても、レイプされた女性のショックに比べ、誰かが線路に身を投げ、肉片の飛び散る様を目にするショックが小さいとは言えない。
これからの社会において、「 根拠のない差別 」 は無くすべきだが、人に忌み嫌われたり、危害を及ぼす種類の事柄には、偏見を持ってよいだろう。
むしろ、そういうことを 「 恥 」 として認識させ、やめさせるためには、社会の中にそれを嫌悪する風潮が残っているほうがよい。
マスコミの 「 使ってはいけない差別用語 」 をみると、一例で、「 キチガイ 」 は使えないが、「 ハゲ 」 は使えることになっている。
幼少期に重い病気をして頭髪の無い小学生を 「 ハゲ 」 と呼んでも問題はなく、一家を惨殺し死体をレイプする凶悪犯を 「 キチガイ 」 と呼べない。
差別をなくそうではなく、「 差別はあって当たり前 」 という前提の中で、罪のない人間を庇い、恥ずべき行為を一掃する仕組みが必要だと思う。
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