暗行記...不夜

 

 

平和と戦争 - 2011年10月05日(水)

戦争を反対する人は多い

寧ろほとんどの人は反対だろう


ではなぜ戦争はなくならない?



日本人の殆どは衣食住に困らない生活をしている

一方で外国には食べ物にすら困る人たちがいる



ならば彼らに私たちの資産の幾らかを

渡したならば平和は訪れるのか?



それはないだろう

中国や韓国がそれを証明している



平和とは戦争と戦争の間の時代

そんな話を聞いたことがある

平和を実感するには戦争をしなければならない

そんな矛盾な話だ



隣の芝生は青く見える

喩えどんなに自分の芝生が青くとも

わざわざ比較し点を付けようとする



今の世界のシステムでは

二番に甘んじていては下がるだけだからだ

下がれば当然不景気だと不満を言う


ならば貧しい国は貧しいままに

富める国は富めるままにしておく

その方が都合がいい


強者の論理は

身の丈をわきまえない貧しい国は

潰してしまえということだ


少しずつ施しを与え

永遠に感謝し続けろということ




酷いと云う声もあるだろう



だが国民は皆平等を謳う共産主義の国でさえ

貧富の差でもめているのだ

実力主義の民主主義なら尚更の事



戦争とは自国の民を守る一つの方法なのだろう



一生懸命働いて

その利益を世界中の人々と共有する

困っている人にも

一生懸命働かない人にも平等に


食べ物が無くなった人には

自分が食べれなくても分け与え


住むところが無くなった人には

自分の家に招き入れ


収入はいくら働こうが

世界共通で統一する


そんな世界で平和のためと

笑顔で手を取り合える人などいるのか?


自分の努力が少しも自分に還らず

それでも自分の働きが誰かのためになると

努力が続く人などいるのか?



悲惨な映像を見

凄惨な事件を聞き

平和が一番と言う



だがそれらが遠退けばまた

隣の芝生を比べる作業に戻ってはいないか?



そう考えると平和とは

争いと争いの間にある束の間の時間でしかない



望もうと望まなかろうと

平和は訪れるしその後争いはやってくる


人間が人間であるうちは


...



 

 

 

 

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