2003年12月04日(木) (シリーズ)父からのメール��
気分次第で勝手にメールしますので適当にあしらっといてください。 (でも君のメールは不思議だね。行間に君の感性のゆらぎが見えてくる)
そんな訳で(どんな訳だっ!・・って、ひとりツッコミ。やれやれ)予定変更。今回は、私の「持論」のもうひとつをお話ししましょう。
主題:「`天才'がその才能を開花させるための3つの条件」
たいていの子供は何らかの分野で秀でた才能を持っているものです。記憶力とか観察力とか三次元的思考能力とか持久性、絵画的音楽的文学的数学的表現能力などなど。 それが開花するかどうかが問題なのですね。
1;自分が興味を持った分野と自身の能力が一致している。(歌が好きでも音痴じゃね。逆に絶対音感持ってても音楽に関心なかったらしょうがない)
2;その能力を向上させることのできる環境がある。(いい先生が身近にいていろいろ教えてくれるとか、道具・材料がすく手に入るとか)
3;その成果を喜び、高く評価してくれる人々が身近にいる。(ユニークな才能ほど笑われたり軽くあしらわれたり気付かれなかったりして、当人でさえそれが「才能」だとは思わずに埋もれてしまうものなのです。
最善なのは親子で趣味や性格が一致している場合でしょう。そうでなかったとしても、周囲の誰かがその才能を認めて援助してくれるというのもラッキーです。ニュートンとかエジソンとかは、この理論の典型例ですね。
最近、芸術芸能スポーツその他の世界で年少の子たちが活躍してるのは、その親たちの発想が柔軟になってきたからなのでしょう。私は絵を描くことが好きだったのですが、ヘタだとかヘンだとか言われ続けて厭になりました。油絵を続けるよう援助してくれる親を持つ同級生を、うらやましく思ったものです。
イラスト付きで文章を書き出したのはこのころです。友達のウケがよかったので。 友達20人ほどを実名で登場人物にして、全員を何らかの特殊能力者に目覚めさせて、最後はみんな死んでしまうなんていう小説はバカウケでした。(ちなみに私は天才ギャンブラーになりましたけどね。競馬で12連勝しましたよ、はははっ・・・。世界征服を謀って悲惨な死に方をさせた奴が一番喜んでました)
中学のころから岡山の女の子と文通なんかしてて、ある時めんどくさくなって日記をまるごと書き写して送ったら、かえってマジな返信が来たりして、ああ、なんでもイイんだなんて思ったこともある。(その子は、私が婚姻期間中と知りつつも、突然独り言のような手紙をよこしたりしてマイペースのこだったけど、結局その子と再婚したんだけどね。再離婚もしたけど)
広告の仕事をするようになってからは、いわゆる「活字の権威」というものに反発して、ことさらとぼけたになっていきました。(糸井重里は、ひそかなライバルでした) 私の、今のこの文体は、その頃に培われたようです。活字で印刷された文章っ手、結構みんなマジメに読んじゃうんだよね。活字なんてね、ほんとはたいしたことないのに。
おーっと、いつのまにか身の上話になっちまったいっ! すまないね〜。
次回は「人生はオークション!理論」。の予定。あくまで予定。(~.~)それとも「長女気質と妹ちゃん気質の比較方法論」にしようか。 ま、気分次第で。
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