2003年12月06日(土) (シリーズ)父からのメール��
親愛なる ギンガ 様;
先日は突然の送信、大変失礼しました。かねてよりのいきさつを 頼みにしていたとはいえ、ほぼ初対面の女性相手に分別あるべき大人に あるまじき文面であったと、赤顔の態というところです。陳謝。
私が思春期を自覚したのは高2 の秋だったことを、いまでも確信しています。当時美術部に在籍していた私は、「文化祭の展示用作品を、各人2点作成すべし」という部長の発言を、何の違和感もなく得心していました。
ところが、ある一人の部員が、怒ったようにこう言ったのでした。 「それは間違っている!」
彼のその理由は、私を、ただ与えられたものを受け取る、あるいは反発することしか知らなかった 子供 から、何かを得るために自分の意志を具現化しなければならない オトナ へ成長をすべきことを自覚させるものでした。
「特定の期日に間に合わせるための作品に、なんの意味があるのか。美術というのは自己の表現が第一目的ではないのか。 高揚と沈鬱を行き来しながら描き出されつつあるものを、その時点での姿として見てもらえればいいのではないか」
ずっとあとになって、彼のその言葉が、作品 ではなく 作者 としての自分を見てほしかったのかなと思いましたが、本人に確認を求めることはできませんでした。「ずっとあと」というのは、2年ほども経た後のことだったからです。
与えられるものに甘んじる、ということに抵抗する自我を受け入れたのは、たぶんその時からだと思っています。
以来、それまで自分の中で混沌としていた思いが形をなしてきました。考えることさえ、思いにのぼることさえ罪悪と刷り込まれてきた事柄です。
家族に対する思いの、この希薄さは、なんなのだろう 他の人達って、本当に誰かを愛しているのだろうか 「愛している」とか「好き」とか言う人は、なぜか信用できない。 それより、頼りにされるほうがうれしい。 いつまでもだらだらと生きている人間はみっともない 我が子に教えたい唯一の事柄は、大人を信用するなということ・・・
それまでの家族や家庭のいびつさの中で息をひそめてうずくまっていた人間観や人生観や世界観が、意識の表層に形成したのでした。
こんな人間が結婚なんかしちゃいけなかったんだよなって思うけど、時はもう戻せない。 自身の生の価値に見切りをつけたわたしは、自分が成功することより、誰かの役に立ちたいと思ってた。 わたし自身、平穏な家庭環境ではなかったので、親に聞いてみたくて結 局聞けないままのことがたくさんあります。ただ、親たちが尋常ならぬ状況に直面した時の年齢を通過したり、同様の経験をした際に、ああ、彼等もこんなだったのかなと推測するのみです。 君にも、君が今の君であることに関して、いくつかの疑問があるのではないかと思っています。− それは多分わたしにとっても未解決で、わたし自身の疑問でもあることでしょう。 唐突な話で戸惑いのことと思います。とりあえず、もう外も暗くなってきたし、ハラもへったしあーあ頭いてえ〜くそ どーよ、これくらいの文章は書けんだよ けんどもうやめたくなったっつーのっ! って、やべっ*゛コワレっちゃった? 常識に縛られることに違和感を覚えながらも折り合いをつけながら生きてきた自分・・・って、もぉカンベンしてよ。こんな文章。重いし。
雨です。少し寒い。成人病検査で尿の成分の異状でいつもチェックされ るのは、遺伝的なものだそうです。もしそのことでヘコんでたらごめん なさいみんなワタシのせいです。 それより、なんか最近「不運つづき」なんだって?(ふふふっ、情報は握っている。母親とはいえ、女性は話したがり−ということを忘れてはいけない)
あきれようがなんなんだろうが何でもいいから返信ください。おしかりの言葉も、けっこう嬉しいものなのです。(なんとかしろいこのオヤヂ!)
非礼多謝 敬白
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