松本の春を迎えるのは何度目なんだろう? あの、ゆるんだ、和やかな空気が、きらきらとした光線が、また私のまわりを包むようになってきました。 この感覚を思い出す季節、私はなぜかものさびしい。
松本の春はなぜかものさびしい。
それは、すべてが新しくなる季節に、それまでの自分をひきずった私がいることを実感してしまうからかもしれない。
信州大学の松本キャンパスは3月と4月でまったく様子が異なる。 だいたい、冬に向かうにつれて学生は冬眠体勢に入り、キャンパスは人影もまばらになる。 そして、春休み、2年に進級していく工学部、教育学部、繊維学部、農学部生はつぎつぎと引越しをして、3月たるや、キャンパスは、北風吹きすさぶ、といった風情。
ところが4月の声を聞くと、キャンパスにはニューフェイスの大波が押し寄せる。 新しい希望に輝く、顔、顔、顔。 人文学部生だった私は、春が来るたびに、はつらつとした新一年生と、諦念すら感じている自分とのギャップを感じていた。
さて、今年は気分も新たに教師いssy1年生。なのに、やはり、ものさびしいのはなぜだろう?
学校は申し分ない。私の教師としての未来に希望も持てる。 だけど、私はどこかで破綻している。 破綻している自分を、形を取り繕うことで必死で繋ぎ止めている。
3月に無理をしすぎてしまった。 どこかで手を抜かなければ、と思いながら、どれも手を抜けなかった。 もう、燃料タンクの備蓄はとっくにきれてしまって、体が疲れ果てている。
そして、あの人との別れ。 遠くに行ってしまったよ…。 私は同じ松本にいるということだけが希望だったんだよ。 でも、もうずっと前から、行ってしまうことは聞かされていたから、頭の中で覚悟はできていた。 物事のよい面を見つけようと思って、「少し距離があったほうがいいよ。去年の私は近くにいすぎて期待しすぎたから」って信じようとしている。
あの人に電話してみた。 「何?」いつにまして冷たい。つれない。
卓球で知り合った10歳年上の人とご飯を食べに行って、ドライブをして帰りに抱きよせられた。どきどきも、わくわくもないけれど、「あたたかいなあ」って思った。 人に受け入れられることはなんて心地いいんだろう。
今日は朝からぼたん雪。 あの人を忘れられない私のなごり雪。
|