きよこの日記

2003年12月26日(金) 名なし願望

私の部屋のコンセプトは、一にも二にも「いやし」なのですが、いやしの部屋計画のクライマックス、最終兵器として、ついに、ソファを導入することに相成りました。

私の理想のデザインのソファを通販雑誌で発見したのです。
で、注文したはしたのですが、届けられる段になって、ゆううつ〜な気分になってきました。
それというのも、ソファをすえつけてもらうために、運送屋さんに部屋に入ってもらわなければならないということなんです。

自分のまったくもってありのままの素の状態の巣の中に、見も知らぬ人を招き入れることって、私にはものすごーく抵抗があるんです。
それは、部屋が汚いから、とかそういうことではないんです。
部屋が汚いなら、掃除して待ち構えればいいのですから。

そういうことではなくて、うーーん。

例えば、食料品を買いにいって、レジで支払いをする。
レジの人は形どおりにレジを打ち、客は客として求められる金額を支払いさえすればいい。
そこに個人的な名前や感情や生い立ち、性格なんて、まったく必要ないのです。
そこで
「あなたは何人兄弟ですか?」とか、
「趣味はなんですか?」
なんて質問がどちらから発せられたら、多分相手は怪訝な顔をしてこう言うだろう。
「なんでそんなこと聞くんですか?あなたには関係ないことでしょう?」
役割だけが必要な、匿名のコミュニケーションの世界なのです。

そこで、ソファの話に戻るのですが、言うなれば、運送屋さんはレジの人なわけで、私はお客さんとして、ただ、ソファを運んできてもらうだけなのですが、部屋に入れるということは、好むと好まざるとにかかわらず、私の個人的な顔をさらさなければならないのです。
これが私の憂鬱の原因です。
もともと、宅急便を玄関先で渡されることすら苦手なんです。

教師という職業は、全人格的なものを求められます。
「教師のくせに、だらしない」
「教師なんだから、責任のある行動を」
しかし、私は自分の性格が教師向きだなんて思えないので、がんばって教師っぽい振る舞いを心がけます。
その反動でしょうか。
私は自分が名なしになる感覚が快いことがあります。
スーパーをぶらぶらするとき、インターネットをするときの、その他大勢の感覚が好きです。


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