| 2004年06月24日(木) |
)ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』千野栄一訳 |
AETのカトリーナは授業のないときは、たいてい職員室で本を読んでいます。 いつも違う彼女の本が私はとっても気になるのです。 私はカトリーナのように自然に、身近に本を携えている人を知りません。
あ、あえて言えば、中沢先生か・・・。
この『存在の耐えられない軽さ』も、題名だけは知っていたのですが、カトリーナが読んでいるのを見て、まねっこして読んでみたのです。
超知的な小説で、私は正直よくわからないです。
だけど、愛ということを深く深く探り、観察し、考察していくとこういうことがいえるのかもしれないなあ、と、思いました。 私にはまだうっすら垣間見るという程度で、共感とかには程遠いです。
「人生のドラマというものはいつも重さというメタファーで表現できる。 われわれはある人間が重荷を負わされたという。 その人間はその重荷に耐えられるか、それとも耐えられずにその下敷きになるか、それと争い、敗けるか勝つかする。 しかしいったい何がサビナに起こったのであろうか?何も。 一人の男と別れたかったから捨てた。 それでつけまわされた?復習された? いや。彼女のドラマは重さのドラマではなく、軽さのであった。 サビナに落ちてきたのは重荷ではなく、存在の耐えられない軽さであった。」
「テレザはぺトシーンの丘の道を降りた。彼女の心の中には、彼女を撃とうとして撃たなかったあの男への思いが残った。 その男に憧れた。 誰かが彼女を助けなければならない! トマーシュは助けはしない。 トマーシュは彼女を死へと送る。 テレザを助けるのは誰か他の男でなければならない。」
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