くまま 読みの日記
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アミは、2001年7月16日生まれの、スコティッシュ・ホールドの女の子です。
去年の9月のまだ暑い日、アミは飛行機で、広島から一人でやって来ました。 やっと歩き出した空神をダッコ紐で連れて、空港まで迎えに行きました。 羽田の貨物で、送り出しは何度もしていましたが、受け取りは初めてでした。
飛行機の着時間に行ったものの、結局仕分けなどで1時間ちかく待ちました。 同じようにコーギーを待っていた女性と、帰りのタクシーを相乗りすることにして、私たちは、先に着いたアミを受け取りました。 それまでに、ちょうどお昼時で、空神がお腹がすいて愚図ったので、ターミナルで買ってきたサンドイッチを食べさせたり、天井につるしてある飛行機をほしがったり、大変だったのを、楽しく思い出します。
アミは、とっても、とっても小さな子でした。 「真っ黒だけど」と聞いていたけれど、聞いていた通り顎に綺麗に分かれた赤が入って、とっても個性的な可愛い子でした。 怯えて、気の小さい子だとすぐに分かりました。 あまり期待していなかったのに、とても小さく、ピタッとたたんだ、素晴らしい耳をしていました。 「目が大きくて可愛い」とも聞いていましたが、こちらは怯えたせいか、こじんまりとして見えました。
うちへ帰って部屋へ放流してあげましたが、やっぱり怖がって隠れてばかりいました。 それでも空神につかまったりして・・・空神が始めて自分で抱いた猫は、きっとアミだったと思います。
尻尾が普通の半分くらいの長さだったでしょうか。 短毛なのに、狸みたいにちょっと太った短い尻尾。 スコは、尾の異常の子には、将来下半身麻痺の出る可能性があると言います。 ブリーダーさんから、引きずってないから大丈夫だと思う、と言われたのは、たぶんちゃんと尾に神経が通っている、という意味だったのだろうと思います。 私はブリーダーで、もちろんこの子も繁殖予定でしたから、ちょうどこの子のレベルでも麻痺が出るのか、まあ良い勉強になるだろうと思いました。 子猫にそのような子が出た時のためにも、この尻尾の子がどうなるのか見られるのは、良いことだと思いました。 柔らかくはなかったですが、曲がる程度の尻尾なので、余り心配もしませんでした。
わりと早くに風邪を引いて、万年クシャミッ鼻の子でしたが、4ヶ月にもなる頃には、女の子でもこんなに丸くなるのか、と感心させられるほどまん丸のお顔、大きなまんまん丸の目。 本当に可愛くて、体は2ヶ月の子猫かと思うほど小さかったですが、それがアミの可愛さを倍増させてもいました。
毛色は「トーティー」と言って、日本猫風に言えば、サビ猫です。 麦わらとも言いますね。 ほとんど黒でしたが、この毛色の子は後から赤がどんどん出てくるのを知っていたので、ちょうど良いと思いましたし、またこの黒さが可愛かったです。 母猫はアメリカンショートヘアーでしたので、うっすらとクラシックパターンが、微妙なマダラに現れていました。 クラシックパターンにうちのアメショーのクラシックをかければ、子猫に縦じまは出ません。 クラシックの大好きな私に、なんてピッタリの子が来たんだろうかと、本当に嬉しかったです。 最終的には、毛の根元の色が抜けてきたので、トーティースモークという毛色になりましたが、見た目は結構黒ちゃんでした。
掃除に行くと、ささっと隠れて、ちっとも姿を見かけないような子でした。 あまり動かないので、心配して時々そっと見ましたが、そんな時は他の子猫と追いかけっこしていたりしたので、ほっとしたものです。
うちで一番大きな、メインクーンのチビちゃんと仲良しで、いつも一緒に寝ていました。大きなチビと、小さなアミ、とても微笑ましかったです。
3月17日、キャットーショーに行きました。 アミは尻尾が短いので初めから勝負にはならないのですが、何しろお耳は一番小さくたたんでいて、お顔も目も他の男の子よりもまん丸で、大勢の方々から可愛いと言っていただき、本当に嬉しかったです。 相変わらずとっても小さかったですが、プリプリ丸くて、可愛い子でした。
最近、掃除に行っても、アミがいつも居ました。 キャットショーに行ってから、ちょっと馴れてくれた感じでした。 シャンプーもドライヤーも本当に大人しくさせてくれましたから。 そう思っていましたが、先週末、どうも動かない気がして、抱き上げました。 もともと構われるのは嫌いな子なので、あまり抱きませんが、わりと簡単につかまりました。
黄だんが出ていました。
正月に亡くなった、ゴオと、同じです。 気付いたのも、どうもオシッコの色が緑の子が居ることと、ゴオと同じように、アミの動きがどうも鈍い気がしたからです。 あんなにプリプリしていた体も、痩せ始めていました。 私は絶望的な気持ちになりましたが、ゴオの時に気付いてやれなかったのに比べ、気付いたのが早かったので、アミはまだ動けていましたので、希望を持って火曜に病院へ行きました。
ウィルス性の病気ではなかったし、脱水も軽かった。 ゴオが赤血球が壊れる病気だったのに対して、どこだか内臓だかリンパ線だかが腫れているとのことだった。 それでも、猫の黄だんは難しいと言われた。
設備がないということで、先生の元居た病院の紹介も受けたが、遠いこともあり、抗生物質の投与のみしかしてやれなかった。 前に小尻に使った栄養剤が1本新品で残っていたので、それを注射器で飲ませてやる。 日に、何度も。 病院へ連れて行った月曜には、もう食事は取れなくなっていた。 牛肉さえ、ほしそうに鳴くものの、口にはしない。 水は飲んでいたが、脱水を考慮して、土曜くらいから練り状の栄養剤を水に解いてからやった。
日に日に、足がよろけ、力無くなっていくのが、目に見えました。
土曜日、実家へ出かけて夜帰ると、アミが動きません。 まさか、と思って、大きな声で「アミ、アミ」と呼ぶと、アミは起き上がって、私に長く2回、一生懸命鳴いてくれました。 すると空神が、はっきりと「アミ」と呼びました。 アミを呼んでくれたのは初めてでした。 アミは具合が悪くなってから、こうして私に鳴きかけます。 「助けて」「どうにかして」と言ってるようにしか聞こえません。 それまで、人間なんてどうでも良いような子だったのだから・・・
日曜になると、その水分が吸収できないのか、ほとんど吐いてしまうようになりました。 抱いて場所を移動してやったり、栄養剤を飲ましてやっても、体には力が入らず、座っても足が体を支えられずに開いてしまうようでした。
昨日、アミはほとんど動けなくなってしまいました。 オシッコの量も減っています。 それでも水分をやると吐いてしまいます。 私は泣かないではいられませんでした。 空神の前では泣けないので、空神の前で笑い、アミと放れては泣くというグラグラの精神状態でしたが、それでもアミよりは辛くないと思いました。 私が泣くのを見て、だったらどうしてすぐに紹介された病院へ連れていかなかったんだと主人に言われました。 結局、明日夕方まで持ったら、紹介された病院へ行こうということになりました。
ゴオは、気付いてやるのが遅かったので、病院へ連れて行ってそのまま入院、絶対に元気になって帰ってくると信じましたが、翌朝、病院で亡くなってしまいました。 ゴオはアミと正反対の、私にベッタリの子でした。 一人で病院で逝かせてしまったのが、心残りでした。
アミにも同じ思いはさせたくなかったのです。 黄だんを見た時点で、私は諦めていたからです。 食事もとれませんでしたが、点滴したとしても、アミはただでさえ人見知りなのに、病院へ預けて、怖い思いをさせたくありませんでした。 うちでケージに入れただけでも、食事もトイレもしないような子です。
向こうの病院へ行っていたら、主人の言うように違ったのかもしれません。 でも、もし同じ結果だったら? 私は、アミが好きな場所で寝て、いつもと同じ皆がそばに居て、そこで静かに逝かせてあげたかった。 もちろん、それ以上に助かって欲しかったけれど。
毎日、「ママはまたアミを、丸々のプリプリにするんだからね。元気になって、アミみたいな可愛い赤ちゃん、いっぱい産んでよね」と言いました。
でも今朝、アミはもう、顔も上がらないようでした。 吐いたもので、口元も汚していました。 私は薬は飲ませましたが、もう、栄養剤はやれませんでした。 とてもベタベタしたもので、今のアミの口に入れてやっても、口の中のものさえ舐めきれないと思ったからです。 水を少しあげましたが、昨晩あげたもので、口の中はネトネトのままでした。
いつも昼近くにねる空神が、今日は10時前から寝るといいだして、10時半には寝てしまいました。 私は、吐いたもので汚れたアミを綺麗にしてあげました。
体を濡らすと体力が落ちると思いましたが、もう長くはないと思いました。
アミは私のヒザで、じっと拭かれていました。 動きたくても、支えていないと頭も落ちてしまうようでしたから。 それでも、水を飲まそうとすると手を出したので、拭いている間ずっといい子にしていてくれたのは、気持ち良かったのかな。
体を拭きながら、たくさん話をしたね。 「ママね、アミを見た時から、もうアミの赤ちゃんを楽しみにしていたんだからね。アミがクラシックしか生まないって、証明してほしかったんだから。アミみたいにまん丸で、カラフルな子猫、すごく楽しみにしていたんだよ。 お腹すいてるよね。いつもカリカリだったから、ママ、アミが何を好きなのかも知らないよ。 お産したらね、ご褒美にパパが牛肉くれたのに。」 アミは何も言わないで、ずっと聞いていてくれました。 もう低体温になっていたと思います。 私のヒザの熱がアミに伝わって、アミが温まって、気持ち良さそうで、ずっとこのまま居てあげたいと思いました。 でも、空神が居るので、そうもいきません。
箱にもどしてやって、少しでも寒くないように布をしいてライトを当ててやり、頭を少し上げて枕を入れてやりました。 息がほんの少し速いような気もしましたが、体を拭いている間中起きていたので、疲れただろうと思いました。 最近のアミは、体力が無いはずなのに、様子を見るとすぐに起きるか、起きて箱座っていました。 まるで、眠ったままになるのを恐れて、眠らないでいるようでした。
ちょうど空神が起きてしまい、昨夜2,3時間しか寝ていない私は少し空神と寝たく、また寝かしつけました。 2時間ほど寝たでしょうか。 起きてアミを見ると、片手が箱の縁にかかって、敷いた布が少し乱れていました。 子猫がいたずらしたかな、と思いましたが、そうではありませんでした。
私が眠っている間に、アミは一人静かに逝ってしまったのです。
お墓は、実家のゴオの近くに作ってあげるつもりだったのに、主人がアミを病院へ連れて行くという理由で会社(主人の父経営)を早退して来てくれたので、実家へ顔が出せず、いつも電車から見下ろす運動公園の奥の片隅に作りに行きました。 こんな寂しいところに、と、涙が止まりませんでした。
空神は車でも、私に抱かれたアミの小さな耳を「ちっちゃい」と触ったりしていましたが、何か感じたのでしょう、いつものように「ダッコ」と抱きたがったり、撫でたりはしませんでした。
小さなアミは、たった9ヶ月で天国に行ってしまいました。 とても静かな死でした。 私がとても可愛く思っていた子でした。 子猫に期待もしていた子でした。 何より、本当に愛していた子でした。 もちろん、どの子もそうですが、見目にもとても気に入った子でした。
今ごろ、あんなトコロに埋められて、一人で寂しく思っているでしょうか。 寒くないでしょうか。 天国にはゴオが居るので、もう会えたでしょうか。 週末、ゴオのお墓に、連れて行かないでってお願いしてきたのにな。 ゴオも寂しかったのかな。
部屋をのぞくと、チラッと小さな黒い頭が顔を出します。 一瞬、アミかと思ってしまいます。 ブラウンタビーの小尻の子猫です。
アミが居ないことを、まだ受け入れられません。 まだ信じられません。 ゴオが居ないことですら、まだ信じられないのに。 あんなに可愛い子の代わりはもうみつからない。
私には、あの最後のアミとの時間だけが残った。 アミには、あの時間はどうなったのかな。
ママの可愛いアミ。
天国で幸せにね・・・
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