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狂気の煉動(れんどう) 【タイセツナモノ】
2002年07月21日(日)

CDウォークマンから流れ出す音楽が夜の吐息に溶けていくようになると、さっきまで押さえ込んでいた感情が、星を目指してちっぽけな胸から直線状に伸びていく。


 「ああ、賞賛などいらないのだな。 この猛(たけ)き狂った感情を偽れない。 今は、女性に錯乱しているからいいものの、男性として能力が落ちて来た時、何が星の変わりに吸収してくれるのだろう。 あの燦燦(さんさん)と手の届かない存在に一瞬でも近づけるという錯覚を、何が持たせてくれるのだろう。」


 「表面上は幾らでも取り繕(つくろ)える。 それが本心だと自分自身で錯覚することも出来る。 だが、その表面を賞賛されてなんになろう。 もう飽きた。 厭(あ)きた。」


 「「安心できる。 優しい。 思いやりがある。 家族思いだ。 頼もしい。 信頼できる。」そんな賞賛が何になろう。 錯乱した心の前に出れば、瞬間! 煉動されてしまう。 狂気が私の世界を劫火(ごうか)に包む時、後には何も残らないのだ。 作家が長生き出来ないのもよく解る。 劫火知ったものは、全ての虚しさを知っているのだから。」


 「狂気なのだ。 私の中にある狂気なのだ。 それが私を突き動かす。 海の上の小船の如くに揺さぶってくる。 私は小船の上で櫂(かい)も漕げずに、ただ、座り込み、頭を両手で抱え、足の爪の根っこを見つめてブルブルと振るえる。 いつとも果てぬ転覆に慄(おのの)きながら、そして私を唯一慰めてくれるのは、燦燦とした星達だけなのだ。 彼らだけが劫火の後にも僅(わず)かに残る者達だろう。」


 「私は、忘れられない女性がいる。 交際もめちゃくちゃだったし二度と逢いたくないけれど、一瞬の感情を押さえられない人だった。 噛む、殴る、髪をかき乱し、物を投げつけ罵(ののし)る。 彼女の狂気で別れたわけではないけれど、私は彼女しか見えなかった。 勉強も家族もバスケも放ってしまった。 今でも、彼女の気持ちを愛おしいと思う。 彼女は欲しくないが、彼女の気持ちは嬉しかった。 容姿? 安定? 経済力? 愛? 恋愛? 好き? 一緒にいる? セックス? 包容力? 家族関係? そんなものは愛おしくはない。」


  大声で、めい一杯大声で歌を叫んだ。 声は闇に聞こえていったけれど、楽になった。 私は賞賛などいらない。 彼女のような気持ちが欲しい。 愛おしさで星を目指して、ちっぽけな胸から直線状に伸びていく加速度が欲しい。


執筆:藤崎 道雪


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