なんと私は人間で、人間で、人間なのだろうか
迷いが、迷いの落とし穴のようなものが、ぽっとりと道程に用意されている。
その迷いの元は、好き嫌いだけで判断する限界を知ったから。
その迷いの元は、1つの合理だけで判断する限界を知ったから。
その迷いの元は、自らの名誉欲と金銭権力欲をコントロールできるようになったから。
その迷いの元は、最終的なゴールの虚しさをしみじみと感じているのに生きながらえているから。
その迷いの元は、日々の生活の中で統制して抑制する喜びと、評価と不満を同時に併(あわ)せ持っているから。
どちらでもいい。どちらをとってもいい。
ならば穢れと禊(みそぎ)で解決するのか、ただ唯々諾々と流されるのか、違う階層を垣間見ようとするのか、情動に生きるのか、何時までチャレンジを続ける分野を広げておくのか。
なんと私は人間で、人間で、人間なのだろうか。
徹底的に人間なのだ。