先日 唐突に 石川 啄木 の詩を思い出してから 昔読んでいた詩集を読みかえしている 今でこそ 図書館の本を借りて読んでいるが 私が高校生やお勤めをしていた頃は そんな住民サービスはなかった 自分の働いたお金で読みたい本を買う そんなことがとてもうれしかった日々を思いだす 若い頃は詩が好きで よく詩集を読んだが 自分でも正に駄文というようなものを書いていたこともあった 確か ノートに書き溜めていたはずなのに そのノートがどうしても見つからない 子育ての合間に 若いころの自分の書いたものを読んで 何て甘ちゃんだったんだろう・・と 捨てたような気もするが・・う〜〜ん・・
その昔 読んだ詩集には買ったと思われる日付が入っている
S43.2.5 とある
私 17歳、36年前・・
そして かなりの個所に線が引いてある その頃は ほんとうに ひとつひとつの言葉に酔っていたような気がする まぁ 今でもその傾向はあるけれどね・・・・・
「さばかりの事に死ぬるや」 「さばかりの事に生くるや」 止せ 止せ 問答
こころよく 人を讃めてみたくなりにけり 利己の心に倦めるさびしさ
高きより飛びおりるごとき心もて この一生を 終るすべなきか
死ぬことを 持薬をのむがごとくにも我はおもえり 心いためば
どんよりと くもれる空を見てゐしに 人を殺したくなりにけるかな
死にたくてならぬ時あり はばかりに人目を避けて 怖き顔する
叱られて わつと泣き出す子供心 その心にもなりてみたきかな
石川 啄木 「一握の砂」
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