お施餓鬼は、お寺で一番多くの参詣者が来られるお勤めで、亡き千亡の霊位をしのびつつ、生かされる喜びにふれる法要です。 お釈迦様のおられた頃、お弟子の阿難尊者が鬼に「後、三日の命だ」と言われ、困ってお釈迦様に尋ねたところ、「多くの人々に供養しなさい。」と教えられ、その通りにすると天寿を得られた因縁のお勤めです。 私達は、ついつい自分中心に自分の家だけ別という「我」にとらわれておりますが、その「我」を離れることによって、のびのびと「喜びのいのち」に気づきます。「生きている」ことから、『生かされている』ことへの大転換、これを「回向」と申します。 千亡の諸霊位の御回向を通して、「生かされる私」に気づき、喜びの日暮らしを目指しまょう。
と言うことで 母のお墓があるお寺の施餓鬼供養に行く 寺の本堂はいつも暑くて、私はバテバテになるけれど今年は何とクーラーが入っていた でも寺の檀家を総集しての施餓鬼供養だけに、千亡の霊位のお施餓鬼の読み上げの2時間ほどがとても長く感じる 軟体動物になってしまったのか、椅子に腰掛けていても同じ姿勢でいることが辛くてならない
きのうが暦では立秋 時たま 涼しい風を感じることもあるが、選挙になってしまって何気にまだまだ暑い日々が続きそうだ それもよかろう・・ 人の意見を聞けないようなリーダーはいらない・・と私は思う
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