土方聖架の日記

2003年10月25日(土) オンモラキの瑕感想

やっと読みました。どうでもいいんですがかなり読み進むまで「瑕」を「暇」と読み違えていて、それまでずっと「オンモラキのイトマ」と読んでました。(恥)

一応一部隠し文字でお送りします。

今回の印象は、何か外面だけ一番最初に戻った京極堂シリーズ、というものでした。実は今まで散々キテレツな事件に遭遇してきた人達で、その匂いもきちんとするのに、異様な取って付けたような新鮮さがあったような気がします。

というのも、私今まで関口をかなり毛嫌いしていたのですが、何か今回の読んだらその気持ちが結構キレイに消えてたので。

関口を嫌っていた最大の理由はおそらく「共感できるんだけどだから尚更ウザい」というものでした。近親憎悪?というと仰々しいけど、まあそれに近い反発です。それが何故今回でそれが消えたかというと、「共感」「反発」といった「自分に置き換え」発想を霧散させる、今回の『相当意図的な一人称表現』のせいではないかと。

塗仏も一人称トリックものだと思ったし(狂骨もそうだな)、そもそもトリックの意図などなくても元々京極シリーズは関口の一人称が多いんだけど、今回はその中でもかなり意図的だったと思う。そして多分関口だけだと関口に反発するんだけど、今回は伯爵と伊庭の3人の一人称で構成されているのが効いた。別に関口ばかりを語っているんじゃないんだけど、三人三様の語りから関口を見ると、関口は関口なりに必死こいているんだなと「見えた」(アムロ調)←不思議に関口一人称ではその必死さに反発してしまう。そして最後に地面に立った。これが大きかったんだと思う。まあ「好き」キャラではないですが、「好ましい」方には変わったかも。

事件そのものに関してはどー考えても犯人はアレしかおらんのに、やけに最初に皆が強調して容疑者から外すので不思議で仕方なかったんだけれども。でも「人」の「世界」の違いが引き起こしたカラクリは、私は興味深かったです。


しかし、今回の潤いの薫子ちゃん。
私は京極少女(京極作品に出てくる少女の総称)スキーで、薫子は年齢としては少女ではないものの気質は立派に少女系で、榎さんのアバレが消化不良だった今回では真面目に潤いでした。

が。

京極堂「今回何もなければ(薫子が死ななければ)僕はなにもしません」

薫子死亡確定。(ガビーン!)

いつもに増して芝居かかった京極堂の憑き物落としよりよっぽど衝撃でした(笑)つかすまん、笑った。


まあ京極シリーズ好きランキングとしてはちょっと下なんですが(事件そのものはえらく簡単だったから、まあ仕方あるまい)、興味深さランキングではかなり上位だったような気がします。

読書は、やっぱりヨイですv


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