土方聖架の日記

2005年02月12日(土) おじいちゃんの思い出

私の母方の祖父は、6歳のときに亡くなりました。ので、当然直接的な思い出は少ない。覚えていないのかと言われれば覚えているのだが、その記憶はアルバムにある写真から創造した可能性が否めない
とにかく雛人形を飾るたびに「これは死んだおじいちゃんが買ってくれたんだよ」といわれてたので、「おじいちゃんが買ってくれた雛人形」「雛人形を買ってくれたおじいちゃん」という意識がある。

実父が孫の雛人形にこだわった理由はコレだろうと思っている。実際最初の予定はもーちょっとお安いヤツだったので『大きくなって「小さい」と言われたらそのときの家が狭くて大きなのが買えなかったんだとくれぐれも言ってくれ』と言われたしな(苦笑)。
しかし本人的には「孫が物心つくころにはもういない」と思ってるのだが、周囲は「何だかんだ言って結構長生きしそうな気がする」と思っているのでビミョーにギャグである。



・・・ところで、冒頭の私の祖父だが、何故か葬式の記憶はすっごい鮮明なのだった。朝飯食ってるときに「死んだ」といわれたとか、葬式が誕生日だったので「6歳になった」と主張しまくったこととか、葬式の間二階でイトコと遊んだとか、火葬を待つ間すんごい長くてしんどかったとか、お骨が出てくるときに「さくらんぼのうた」というキャンディーを食っていたとか(今でもネタにされる)、幼稚園の先生に「おじいちゃんが死んだんよ」と一生懸命主張したとか。でも記憶映像が何故か第三者視点なのが興味深い。うーむ。


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