僕は禿げる。(中略)それでも歌を聴いてくれますか?
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「歌詞だと普段言えないような事も言えちゃうんです」的な発言を未だに目にします。僕が若い頃はハウンドドッグその他の人がそう言ってたと思うw。たまに音楽雑誌をパラパラしてると今もそういうインタビュー記事に出くわす。でもそれってどうなんでしょう。僕は歌詞は歌詞としてある程度(文学とまではいかなくても)鑑賞に耐えうるものであって欲しいと思うなあ。自分の書くものが絶対そうだとは言わないけど、できればそうありたいとは思います。
「なんとなく付けました」って感じの歌詞がすごく大量に存在して、それに中高生が騙され、または「若者ってこんなの!」って勘違いしてる大人たちが若ぶってありがたがったりして商売がなり立つのかな?それはそれでいいんですが、もう少し複雑なプロセスを経てお金に結びつかないと音楽が磨り減ってしまうのではないかと心配になるのは僕が臆病だから?人の心配してる場合じゃないのね。
さらには歌詞をつけ、歌うためにありもしない不幸を演出して無理にヒロインになっていく人。このタイプは少しは良心的かな。これはショー的要素としてありかね。どうなんだろう。この辺はわからないなあ。
では卒業をテーマに春の発売に間に合うように歌詞を書きたくなる人ってどうですか?すごいとは思うけど、アーティストとは程遠いw。商売人とかマーケティング事業部とか呼びたいな。
「君に思いを伝えよう(大概の場合なぜか「つたえよを」って言う)」とか実感を持って歌える人って素直にすごいよなあ。多分ろくな本を読んでないw。読んでたらそんなシンプルな言葉を力込めて歌うのは困難。どこかで欲が出てしまうはず。または自分大好きでないと自殺すると思う。
音楽の教科書に載っているものでさえ歌詞が幼稚な曲は多いと思う。歌詞に書いて言いたい事がなければラララでもいいじゃないですか。「歌詞ないと売れないんで、歌詞つけました」って認めていいと思います。そして自分がそういう理由で歌詞つけてるのに気づいてない人も多いんじゃないでしょうか。そういえば、故スキャットマンジョンは歌詞なんてほぼない曲を売ったね。
それはそうと、歌詞ができない苛立ちを世間に向けてはいけないんだね。ごめんなさい。
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