僕は禿げる。(中略)それでも歌を聴いてくれますか?
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お久しぶりです。お疲れ様です。��(高)山です。
なんだか世の中が殺伐としていて、親と子供の疎通の荒さが露呈して、逆切れしてと酷いもんですね。この期に及んで学校に期待するのは、駅前に鍵をかけないで自転車を置いて、盗まれて文句を言うようなもの。期待することと現実の差を埋めきれない苦しみはまるで平和憲法のようです…。
どんなに願っても現実は僕らの思いを鋭く刻みつけて来る。でも現実はそれ以上でも以下でもなく、ただそこにあるだけなんですね。現実はもちろん人じゃないので悪意はない。話も通じない。北朝鮮に話が通じる良き隣人だとすれば平和憲法は有益ですが、そうじゃないんですよね。
刻み付けて来る現実から守るために子供に何をすべきなのか、それは結構シンプルな事だと思います。僕が考えるに、一つは「ぶっちゃけない」!
親の悩みや、醜いところを子供に見せ過ぎてはいけないと思います。大人にはみんながなる。働くのが当然。そこそこ楽しそうでなければいけない。スーパーマンのような大人でいることが本当は最も子供にとって良いことなんじゃないでしょうか。みんながみんな野党のような不平不満の蔓延する世の中じゃ子供は育てにくい。現状を納得できる技術を磨く授業なら僕得意です。それでいつもジェーに叱られてます…。
ともあれ、おいそれと感情をぶちまけたり、悩みを語ったりする友達感覚の親子では、子供に甘えて、子供を甘やかすことはできても、子供を未来にもてなすことはできないと思うんですよね。少なくとも、僕が子供の頃の大人たちは、それをしていたと思います。
僕にもできるかな。
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