Crstal Tear
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2005年12月08日(木) ありがとうの言葉と共に。


まず最初に色々迷惑をかけてしまった人に
心から謝りたいと思います。
「ごめんなさい。それしか言えなくて…」

この1週間、私は私であって私ではなかったのです。
私は24時間のうち現実から逃れるために薬を飲み
毎日20時間以上を眠りの世界で生活していました。
起きている時間には何かをする気力もなく天井を見上げたり、
時には怒りに狂い、発狂し叫んだり、泣き喚いたりしてました。
冷静に居た時間はありませんでした。
怒っていました、泣いていました、
腹がたっていました、孤独を感じていました。

私は心と頭の思考や感情のバランスを
上手くとることが出来ません。
それはきっと分かる人には分かって
分からない人にはわからないものだと思います。

私は今でも「死」や「自分の存在意味」に関して悩みます。
生まれてくる時、それは運命かもしれないけど
自分から好んで生まれてくる事は出来ません。
ならばもし辛く耐えがたい人生に生み落とされたのなら
死ぬという時期を自らが決めるという選択があっても
良いのでないかと凄く悩み考えます。
それが私の「心」の本音です。

そして「頭」の中にある思考や考えの本音は、
「死」に関して自ら命を経つ「自殺」という選択は
決してしては、いけないことだという思いです。

この2つの考えが私の中で何時も戦います。
それは今なお戦っていて、答えは出ません。

そして最近の私は心の考えの方が大きく大きくなって
「死ぬ」ことを決めるのは自分であっても
いいのではないのかという事でした。
もちろんそれは私が、現在(今)から「逃げる」という
意味での選択で、私は自らの「死」を覚悟しました。

私は↑でも言った通り何時も「死」とは何かを考えますが、
「死」という言葉を簡単に使う事はしてきませんでした。
それにはそれだけ重い意味があると感じていたからです。
それでも最近の私は「死」を言葉にし、文字にしてきました。
「そんなの脅し文句だろ」…とか、「出来ない癖に」とか、
どんな風に思われても仕方が無いと思います。
それでも私を間近で見てくれていた母にはそれが
本当か嘘かどうかは分かってくれていると思います。
それぐらい目で見て判断できるほど、私は弱っていました。

そして顔を合わせなくても、私の存在がこの世にある事を
証明してくれている人にも、私の今の状態が本当か嘘かは
分かってもらえてると信じています。



今の私の状況を書きます。何故か凄く冷静です。
でも昨日の今日で「死」を考えなくなったわけでもありません。
昨日の今日で「自分の意味」を理解したわけでもありません。

ただ何が変わったのか…考えると
セラピスト(臨床心理士)さんとのカウンセリングで、
心と頭の考えの比重を変えてもらったのかもしれません。
「死」を大きく考えていた心を小さくして
「自らの死」を否定していた頭の部分を大きくしてもらった
そんなように考えているのですが…

昨日はちょうどクリニックへの通院日でした。
寝て起きたままの姿で、クリニックへ行きました。
話すつもりも、治療を続けるつもりもなく行きました。
何も持たずに、化粧もせずに、目深に帽子を被り。
患者さんも少なかったため、早々にカウンセリングでした。
何も話せないと話さないと黙っていました。
沈黙がどのくらいだったのかわかりません…
ただ臨床心理士さんは待っていました。
そして少しづつ質問されたり、答えたり、
初めてカウンセリングで泣きました。
何時か今まで苦しくても、悲しくても泣けなかったのに。
途中気分が悪くなったり、背中をさすってもらったり、
「疲れたね」「しんどかったね」「心休ませないとね」と
言いながら、私の背中をさすってくれました。
子供をあやすように…「馬鹿かお前は」と言われようと
私は必要としていた、温かい言葉、温かい気持ち、
温かい手、温かい目でした。

その中で話しは進みました。
何があったのか、そして今どうなっているのか。
そこから何をどう感じて、今の状況が続いているのか。

私が追い詰めらあれた問題に関しては
「背負い過ぎ」だといわれました。
それは色々な話しをしてきた今までカウンセリングでも
「私という人間」を見てきて感じていたよと言ってました。
私は自分自信で色んな事を「背負い過ぎ」だとそう言う事でした。

その他には、「怒られるかもしれなけど・・・」と言いながら
「死」という事に関しても、率直に私の考えと言い、質問しました。
そして丁寧に「私はこうなの」という
臨床心理士さんの考えを聞かせてくれました。
何時かそれも文章に出来たら…と思います。

そしてそこから「私自信の存在意味」を感じない、
分からないと言う私の話しから、人間の存在意味に関しての
話しに変わっていき、またそれも臨床心理士さんの考えを
丁寧に聞かせてくれました。

そして今の治療に関して「歪んでいる私の思考の根っこ」が
私には、「あなたの発言は歪んでいるから全てが間違ってるのよ」って
何時も誰からも言われているように思っている…と言いました。
以前にも、同じ話しをしていたのですが、納得できなかったので。
そしてその事に関しては「歪んでいる感情や思考は
間違っているのではない」と言われました。
ならなんのために私は、自分の発言や感情を
時には変えていかないといけないのか…と思うのです。
そしてまた質問をすると、「この治療は、
自分が楽に生きられる様に、楽に考えられる様に…」との事。
そう「歪む」という言葉を間違って私は考えて感じ取っていたのです。
ただ今回のこの話しだけで、私の心が納得した訳ではありません。
頭が納得したんだと思います。
そんな直ぐに全てを変えられるなら…って思いますよね。

何時もなら治療の主旨である「歪んだ思考の根っこ」の話しから
「ココでこう考えるから苦しくなるんじゃない?」とか
「こう考えれば楽になるんじゃない?」とかって話しや
アドバイス的な言葉は一切無かった、それがとても嬉しかった。
その些細なことへの心使いが楽にしてくれた。

他には…
昔にしたリストカットの話し、お金の話し、
気持ちの回避の話し、ポジティブの意味、
心の病気の人が必ず持つ悩みの話し、
家族1人1人に関する話し(父、母、妹、妹)の話し。
言葉の意味、感じ方、捕らえ方の話し…etc...
1つ1つを丁寧に一緒に話していきました。
本当は全てを詳しく、もっと上手く書きたいんだけど。
機会があれば徐々に書いていきたいと思った。
そして何時もの倍の時間を割いてくれました。

一番最後には「降参状態」でした。
何がどうなったのかわからないけど
「洗脳された」と言われるかもしれなけど
私の中では…
私が暗い空気が漂う中にポツーンと居たのを、
よいっしょよいっしょってわざわざ抱っこして、
少し明るさが漂うような場所に連れていって
もらったように思いました。

だから今「元気」とか「復活」とかではないのです。
昨日の今日でそんなに変化するはずもなく…
今でも自分の全てが分からず先も見えず、
困惑ばかりして、何処に向かえば良いのかも見えずにいます。


その後の診察では、今の状態をよく話し合い
カウンセリングの結果からも、今年1月頃に
減らした薬の量を増やす事になりました。
それが後戻りと思えば思えるし、
前へ進むためのと思えば思えるし
それこそどう捕らえるのか・…なんだと思います。

だた私はまだそこまで考える余裕もなく、
「心の充電をしなきゃ」という母や臨床心理士さん
お医者さんの言葉を強く意識して時間を過ごしています。

長い文章を最後まで読んでくれてありがとう。
心から感謝し、心から幸せを祈ります。


arika |MAIL

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