.第6話:『Teenage Walk』 ⑩

 書類をもらって教室に戻ると、誰もいない教室に瞳子さんが残っていた。

 「あれ?麻衣まだいたんだ」
 瞳子さんはなにやら書類のようなものを書いていた。
 中身はわからないけど、おそらく留学関連の書類なのだろう。
「みんなは?」
「もうしびれ切らして帰ったよ」瞳子さんは笑う。

 「…ねえ瞳子さん、留学するの?」
 さっきの本並先生との会話を聞いてからずっと気になっていたことを思いきって聞いてみた。
「うん、そうだよ。夢、だったからね。親にも昔からそういってたし。」
意外にあっさりと瞳子さんは返事した。
さっき本並先生に問い詰められて見せたあの切なげな表情はまったくない。
「瞳子さんってすごいよね、なんでも一人で決めてさ。迷ったりしないの?」
「そりゃーね、迷わないって言ったら嘘になるよ。
日本はなれて知らないところでっていう不安はあるし。友達とも離れちゃうしね。
でも、それで切れてしまうような友情なら、それだけのもんだったってことでしょ?」

すごいなあ…瞳子さんって。
あたしは瞳子さんの凛とした表情に見とれてしまう。
同じ18年生きてるのにこの違いはいったい何なんだろう。

 「麻衣は進路決まった?」瞳子さんが聞く。
「うん、やっと決まった・・・県立の美容学校受けることにした。」
「そっか!やっぱそっちの方に進むんだね。文化祭の時すごく生き生きとしてやってたから、本当に美容師になる気がないんだったらもったいないねって、藤崎とか市原と話してたんだ。藤崎なんかほんとに気にしてたからね、麻衣の進路。」瞳子さんまで藤崎のことを持ち出すので思わず苦笑する。
「何で藤崎がそんなにあたしの進路を気にするんだろ?」
「そりゃ、麻衣の事意識してるからでしょ?
あの人が他人を意識したり、ライバル心を持つなんてめったにないよ。
家柄と頭脳は文句のつけようもないし、彼に勝てる相手なんてそういるもんじゃない。
でも麻衣は違う。彼が本当に目指す道で、やっとライバルと思える人が現れたんだもの。
しかもその相手は素質も何もかも備わっているのにその道に進む気がないと来たら、嫌でも意識するんじゃない?いろんな意味でね」瞳子さんは意味ありげに笑う。
「本並先生にも梢にも同じようなこと言われたんだけど」
「藤崎の態度ってわかりやすいもんねー。麻衣のことすきなんじゃないかなーって、あたしは思うんだけど」と瞳子さんはにやにや。
はぁ!?
「確かに藤崎のこと、いい奴だなーって思うけど、別にそういう目で見たことないよ」
「ふぅぅぅぅん~?」釈明するあたしに、あくまで余裕の瞳子さん。
「そういう瞳子さんはどうなの?留学しちゃったら好きな人と離れちゃうんじゃないの?」
 その瞬間、瞳子さんの表情がさっと曇ったのを、あたしは見逃さなかった。
 「何いってんの麻衣。そんな人いたら留学するわけないじゃない」
本人は笑ってごまかしているつもりだろうけど、全然目が笑っていない。
 この際だから、思い切って気になってたあのことを突っ込んでみることにした。
「・・・違ってたらごめんね。ひょっとしたら瞳子さん、本並先生の事すきなんじゃない?」
 瞳子さんの表情がこわばっていく。予想外のことを言われて、どうしていいかわからないような顔だ。

 しばらくの沈黙の後、瞳子さんがぽつり、といった。
「気付かれないようにしてたつもりなんだけど・・・わかりやすいかな?あたしの態度って」
「ううん、文化祭までは全然わからなかった。ファッションショーのウエディングドレスを嫌がった時に、もしかして、って思ったんだけど。
それと・・・ごめん、さっき聞いてたんだ。瞳子さんと本並先生の話」
「そっか・・・」
力なくつぶやく瞳子さんの表情からは、いつものきりっとした雰囲気が消えている。迷子の子供のように戸惑ったような表情がすごく印象的で綺麗で、
 変な話だけど、瞳子さんみたいな美人ってどんな表情でも素敵なんだなぁ、ってそんなことを考えていると。
 不意に、顔を上げた瞳子さんが、思い切ったようにこう告げた。
「あたしね、本並先生のことが好きだから絶対留学しようって思ったの」
「・・・・・・?」意味が分からずに首をかしげるあたし。好きだから、離れたくないから留学をしない・ではなく好きだからこそ日本を離れるって?

 「あたしと先生が高校に入る前からの知り合いだって知ってるよね?」あたしはうなずく。
「中3のとき、先生があたしの家庭教師をしてくれてね。もうそのときには瑶子姉ちゃんと付き合ってたんだけど・・・彼があたしの初恋なの。二人が結婚しても諦められなかった。だから留学するの。近くで見てるのは辛いから、忘れるために日本離れるの」
瞳子さんの声は小さいけど、でもしっかりと聞き取れた。
「わかってはいるんだけど、二人が幸せそうにしてるの見るの辛くてね。彼にとってあたしは永遠に『義妹』で・・・二人ともあたしに変に優しくしてくれるから辛くて・・・おかしいよね、もう絶対自分に振り向いてもらえないってわかってるのにまだ好きでいつづけるなんて」
 瞳子さんが苦しそうな笑みを浮かべる。なんて悲しい微笑みなんだろう。瞳子さんはずっと耐えてきたんだ。かなわぬ思いを胸に抱えて、ずっとずっと本並先生を思いつづけてたんだ。
「ちっともおかしくなんかないよ!だって本並先生素敵だもん!!」
思わず大声出してしまったあたしに、瞳子さんは一瞬目が点になったような表情を浮かべ、次の瞬間それが崩れて、はにかんだような笑顔に変わった。
 中学時代から瞳子さんを知ってて、ずっと仲良くしてるけど、そんな表情は今迄で初めて見た様な気がした。


 「あっれー?おまえらまだ帰んないの?」
 教室の扉が開いて、藤崎が入ってくる。
「ちょっと女同士の内緒話をしててねー。ねぇ麻衣?」
「そっ、藤崎いいところで邪魔してくれたわねー」
「なんだよ俺は仲間はずれか?」と藤崎が笑う。

 「そうそう藤崎、麻衣の進路、決まったってよ」瞳子さんが言う。
「お?そうなん??やっとその気になったのか?」藤崎が興味深々な目線を向ける。
「うん・・・美容学校、受けることにした」
「おっ!やっとその気になったな!!さすが俺のライバル!!」
 まるで自分の事のように喜ぶ藤崎を見ていたら、まだ合格したわけでもないのになんだかうれしかった。




 そのときは、まさかあんなことになるなんて、少しも思わなかったんだ。

              (『Teenage Walk』⑪へ続く)

2003年06月08日(日)


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