| 2002年05月22日(水) |
三度目の用意ができています。 |
現実時間(25日)の話。 ちょりりの日記に,僕の詩について一行書いてあってちょっと嬉しかった。
彼と僕の関係って面白いなあとしみじみ思ったのが。 彼のサイトの自己紹介の「好きな言葉」に,僕の言った「もじゃー」は入っていて。 彼も僕をみやもじゃなんて呼んでくれていて,僕もちょりりって呼んで。 んでも「好きな詩人」には僕の名前がないところ(笑) そこらへんの分け方に好感をもってみたりしたみやぎ君。 詩をきちんと気合入れて読んでいる人なんだろうなあ。 いいなあ,いいなあ。
いろんな人がこの日記を読んでくれていて。 「縞田みやぎ」という人間に好感をもってくれている人は結構いるんじゃないかな。 (「もう惚れちゃうよ」って某氏に言われて喜んだ(笑)) でもそれが作品の評価に簡単につながっていかないところ。 「あなたが好きだから,あなたの作品を評価する」なんて言う人がいない。 それってかなり嬉しいよなあ。 気持ちが引き締まる。 いい友人たちをもったよなあ,と思う。
身内びいきをされると,いずい(東北弁)。
あ,卑屈になっているわけでなくてね。 自分が『至っていない』ことには自覚があるのだ。 詩も,絵も。まだまだまだまだである。 単発で,ちょっと良いかな?て物はいくつか作れているけど。 「詩人」として総合的に評価されるだけのものを作れていない自分は知っている。 んでもしつこく投稿したり発表してしまうのが業っぽくて,さあ。 さあ。
言葉に力が欲しい。 強い言葉を。 ノックアウトされるくらいの言葉を。 流れる言葉ではなく。 そこにそれとして置かれる言葉を。 他の言葉では駄目なんだ。 その言葉でなくては駄目なんだ。 それくらいの言葉を。 他の言葉に言い換えられるような言葉など僕は必要としていない。 他の言い方ができるなら,詩なんか書くな。 他の色を置けるなら,絵なんて描くな。
職人になれなくて何が表現者だ。 研ぎすませられもしないのに,そこに「自分」があるなんて思うな。 そんな浅さで,君の「自分」は満足なのか。 そんな器に入っちまうのか君は。君は。君は。
それぐらい言ってみたいですな。 詩人みたいでかっこいい。 君=自分で。さあ。
ついでに,二年くらい前に書いた詩。
色彩論
綺麗な事故などいらない 生き死に 形見の海 鈍色の劇場に 浮かぶは 老いた猿
歩くための足ならばいらない 踊れよ詩人! 掴むための手を食うための歯を かなぐり捨てて踊れよ詩人!
綺麗な舞台などいらない 色恋 慰めの海 桃色の日常に 流れるは 壊れたラジオ
泣くための喉ならばいらない 歌えよ詩人! 老いるためのいのちを愛されるための愛を 引破り捨てて歌えよ詩人!
本日開演幕を開け 何を描くやさあ詩人!
こんなのも書いてたんですね自分。 ああ,言ってることとやってることが合ってなくてかっこわるいー。 こんなとこでだらだら言わないで,黙って作品で示せよ自分(苦笑)
日記時間(22日)では。 雨が降っていた。 運動会準備のために紙でたくさん花を作った。 花ではないのに花の格好をしたものを,花のように作った。 それを「花」だと誰が思ったか。 つまり花が必要というわけではなかったのだな。 と,つぶやいてみる。
ああ,こんな気持ちで『箱庭』という詩を書いたな。
今日のタイトルはコリント�僑隠押ィ隠瓦茲蝓� 彼は旅に出る支度をしているらしい。
今日のお楽しみボタンぽちっとな。 それでこれくらいは名前知られたから。 ちょっとは頑張っている方かもなあ。 これくらい=エンピツの文芸ジャンルの上位にくる程度(笑) も,もしや。 詩人ではなく「日記書き」としての方が注目されてる? がうー。
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