管理人の想いの付くままに
瑳絵



 偽りの裏側 −1−

 目に見えるモノが多すぎて、見えないモノまで気にかける余裕が無い
 でも、本当は
 目に見えるモノなんてほんの僅かで
 見えていると思っているモノすらみえてない
 騙されるな、信じるべきは見えないモノなのだから
 捕らわれるな、目に見えるモノに何かを委ねてはいけない
 それが
 今この世で生きて行く為の掟なのだから・・・・・――――――



 信じた俺が馬鹿だったと、天気予報に対して悪態を吐きつつ、親友に切れと言われている前髪を掻き揚げた。どうやら雨は止む気は無いようでその強さを増す一方である。アワラにとってはもう何かを考えることすら億劫で、ボーっと雨に身を委ねた。
 いつもはサラサラとした黒髪は十分すぎるほどに雨水を含み、陶器を思わせる白い肌の首筋に雫を滴らせた。162cmとやや低めの身長に見るからに華奢な身体、大きな翡翠の瞳に長い睫毛、形のよう唇に整った面立ちは世間で”可愛い”と称される。17歳、高校2年生だ。追記するなれば、今年度の学園祭で出場した女装コンテスト―あくまでクラスの女子の陰謀であって本人の意思ではない―でみごと優勝を掻っ攫った。
「あ〜もう、スズロのヤツ、自分から呼び出しておいてこの仕打ちは何だ!」
 叫ぶと同時に足元に落ちていた掌サイズのコンクリートを思いっきり踏みつける。足を上げればそこには粉々になったコンクリートが雨に濡れていた。
 アワラは顔や身体つきに似合わず口が悪く喧嘩っ早い。その上強いものだから彼に何かしらの言い掛かりや因縁をつける輩が少なからず存在する。その反面、彼のことを心から尊敬する者も少なくない・・・つまり、良い意味でも悪い意味でも彼の周りには必ず誰かが居るのだ。
 先程の叫びに出て来たスズロと言うのがその筆頭で、アワラに前髪を切れと口を酸っぱくして言い続ける親友だ。その付き合いは小学校1年の頃からあれこれもう11年、所謂幼馴染で、現在のアワラの待ち人。
 スズロは健康的な血色の良い肌色にこげ茶色の髪をしており、顔の作りこそは極平凡だがやや切れ長の鋭い琥珀色の瞳はいつも何かしら強い意志を堪えている。
「アワラ!」
 不意に呼ばれた名前、とても聞き覚えのあるその声は間違いなくスズロのもので、いつもは飄々とした、滅多に感情を出さない彼にしては珍しく声が切羽詰っているように感じられ、アワラは訝しげに表情を歪める。
 が、深く考える暇もなく、必死に走ってきたスズロに手を取られ、そのまま引かれてアワラも走り出した。
 3月のまだ寒さの残る季節の中、幼馴染の手には鮮血が伝っていた。
 
 

「どう言うことなのか説明しろよ」
 平静を保ちつつ問いかけるが僅かな声の震えは隠せない。アワラはその生温かく己の手すらも紅に染める液体が何なのか、分かっているのに頭が理解することを拒否していた。
 スズロもアワラ同様に黒い服を着ていたので直ぐには気付かなかったが、彼の出血は右肩の怪我からだった。右肩と言っても心臓からさほど離れておらず、心臓に当たらなかったのは奇跡といっても過言ではない。
 今日は学校の都合上、授業は午前中で終わり2人が別れたのが午後1時頃、その4時間後にアワラはスズロに呼び出され、正確には分からないが30分ほど待っていた。空白の4時間半で一体スズロの身に何が起きたのかアワラには量りかねた。ただ、何かとんでもないことに足を突っ込んでしまったのだと言うことだけは漠然と感じられた。
「悪いな、アワラまで巻き込んじまって」
 肩で息をしながら言うスズロにアワラの不安は高まる。
 今2人が居るのはあの廃ビルから更に街の外れにある裏路地で、昔は栄えていたのだろうと思えし面影は残っているものの人は誰1人居ない。
 ココはアワラが小学校4年生の頃、家出をした時に偶然見付けた場所で、毎月2,3回は訪れる。だからこそ、隠れる場所に決めたのだ。自分の庭のように知り尽くしているこの場所を・・・・・・。
「痛むか?」
「大・・・丈夫、だ」
 そう言うもののスズロの顔はやはり痛みに歪んでいて、止血をしたいのは山々なのだが生憎アワラもスズロも黒のトレーナーにジーンズと言った格好で、タオルなどは一切持ち合わせていない。血は止め止め無く流れ、雨も手伝い、徐々にスズロの体温を奪って行く、あまりの歯痒さにアワラは握る拳に力を込めた。
「スズロ・・・本当に何があったんだよ」
「・・・・・・」
「おい、答えろよ!」
 キキキキキ―――――ッ
 アワラの叫び声を掻き消すようなけたたましいブレーキ音と共に、黒い車が2台、路地の入り口に停車した。
 アワラは何が起こっているのか考えるが、急なことで頭が着いてこない。ただ、自分の隣でチッとスズロが舌打ちをするのを聞いて1つの仮設が出来上がった。
 そしてお約束と言うべきか、車の中から合計5人の、黒いスーツに身を包み、サングラスをかけた男が降りて来た。アワラとスズロに銃口を向けて・・・・・・。
「アワラ・・・逃げろ」
「ヤなこった」
「なっ・・・――――」
 あまりの即答にスズロは一瞬言葉を失う。
「俺は、こいつ等が何者なのかお前の口から説明してもらうまで動かねぇからな」
 あぁ、らしいな、とその答えにスズロは思わずには居られなかった。アワラは昔から自分が納得いかないことには従わないのだ。それはスズロ自身が一番良く知っているのだが、今はそんなことを懐かしんでいる場合ではない。事は一刻を争うのだ。
「ごめんな、アワラ・・・」
「え?」
 なに謝ってんだよ、そう言おうとした言葉は頭に走った衝撃によって遮られ、目の前は黒に染まった。それが地面の黒なのか、不審な男達のスーツの色なの、はたまたスズロのトレーナーの色なのかを解せぬままアワラは意識を失い、ドサリト言う音が雨に紛れて静かに響く。
 その直後、パンッと一発の銃声と再び誰かの倒れる音、そしてパトカーのサイレンによって雨の音は掻き消され、この騒々しい音達を合図に全ては動き始めたのだ。
 そう、全ては偽りの裏側で――――――







2003年06月03日(火)
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