│←鏡の割れたその後に。→│
いつも自分を映さない鏡が,いつのまにか割れていた。 自分はその破片を掴んでみた。握りしめた。今度は考えた。 腕に刺したら血は出るのだろうか。痛いのだろうか。 間も無く自分の腕にはそれが刺さっていた。 幻視を与えてくれるクスリなど,自分の手にはもう無いことは承知の上。 自分はいっそのこと,このまま,倒れこみたかった。 掌を傷付けて外へ出る。指は痛い。 痛いと感じる自分の心は,未だなお心臓と共に絶え間なく動いている。 爪には魚のうろこの様にキラキラ煌きを放つ綺麗なものが埋め込まれて, 自分は透明な人魚のようだった。嗚呼,勿体無い。 きっと,みんなみんな,そんなことしている場合ではないはずだ。 わたしは明日,10時から放射線科に行かなくてはなりません。 あ,19:08時点で母に,明日は免許の試験場に行くで。 といわれましたので,放射線科は拒否。 嗚呼,また落ちるんだろうな・・・。ショボーン(AA省略)
お昼に食べたもの。
アイスクリィム☆1個 はっしゅどポテト☆8個 海老グラタン☆1個 からあげ☆三つ ミートピザ(耳がチーズ入りでキツイ)☆3枚 シーフードピザ☆1枚 豚まん☆1個 巻き寿司☆1本
ということで,本日のちょっとした過食は1.5kg。結構,体力が附いてきた。 自分には,お風呂場でナイロン袋に吐いて,それを 体重計に乗せて�楚瑤魴廚觴駝�がある。いかにも, 食べ物をムダにしている感が残り, 戦地で闘う人々に情けない気持ちに襲われる。
大量服薬をして救急病院に運ばれるより, リストカットをして深く生々しい傷痕を増やすより, 注射針を手の甲に刺して無駄な血を排水溝に流すより, こうして, 棄てられゆく食べ物たちを食べて吐いたほうが オカネの無駄使いにはならないように自分は思う。 自分は注射針もカッターも両刃ナイフもカミソリも
 今朝から,母と巻き寿司を作っていた。関西では流行ってるみたいね。 うちは毎年作っています。 関西に住んでいる人は,丸かぶり寿司を東北東を向いて無言で噛付きましょう。
 18:09。おやしゅみなさい,早いけれど,みなさん,おやすみなさい。 今日は血を失くし過ぎて腕が痛いので, ベンザリン5mg×4とメデポリン0.4mg×4と,梅酒ロックで,逝ってきまつ。 和歌山に近い所為か,梅の実が大好きです。 もう一杯,逝ってきます。(未成年)
誰か・・・お薬下さい。(懇願)
しおに餌を与えて,薬を注射筒で投与する。 こんなのが毎日のように続いてる。でも,大好きな猫だから,苦痛じゃない。 水色のエリマキトカゲの怒ったような物は, 足の傷(膿んでいます)を舐めない為に附けられたもの。
 御飯食べてます・・・。
 まだ,御飯食べてます・・・・・・・・・。汗
わたしにとっては,可愛い愛おしい猫たんなのです。 しおちゃんに長生きしてもらいたくて,病院に一緒に行っています。
嗚呼,19:11,ラリラリでまた鏡で手首を切ってしまった。 みんなみんな,わたしへの罪。嘘は罪。 母の命令により, 巻き寿司と鰯を食べなきゃいけません。気分悪いです。 正直,眠りたいです。 こんなラリラリラリの状態で,明日,自動車免許にいけるのでしょうか。 放射線科さえ微妙だったのに。
みんな,わたしが悪いんだ。 全ての罪を抱え込め。わたし。です。 初詣でも,この願い事をしました。 嗚呼,節分豆も20粒食べなきゃいけないのか・・・。 だーーーーん。! たんぱく質と炭水化物はダイエットの敵だ!!!
あれれ,只今,19:49。あれだけのクスリと梅酒2杯飲んだのに, 一向に効いてくる気配が無い。耐性と覚醒が,問題なのだろう。 明日は,自動車免許の試験場に行けそうである。
開いた傷には, ゲンタマイシン軟膏をgazeに塗って,イソジンで消毒もした。その後, 去年の夏,「彼」にもらった赤いリストバンドで圧迫しているから, 血はとまるだろう。 大 丈 夫 。 両親には今日の傷の事,バレていない。 ズボンに飛んだ血は,しおの血が附いたと嘘を吐いた。
18:09に飲んだクスリは未だに効いていない。 つまり,自分は,正常を装いたいのかも知れない。 だから,MentalDrugが効かないんだ。
21:08。 曾祖母の家に母と行ってきました。曾祖母はもう,89歳になります。 相変わらず, 『すいません』 と 『ありがとう』 を繰り返す,曾祖母の口。
腰骨の辺りに,幾ばくかの床擦れがみられる。 しぼんだ風船のようである。 オムツにうんちをいっぱいしていた。黒かった。 介護福祉士の免許を持っている母は, オムツの交換などをプロ並にこなしていた。 『心良なったゎ・・・』 と,曾祖母。
曾祖母の家に一緒に居てくれて面倒を見てくれている 祖母の70歳強の従姉妹。優しい。母は,“姉ちゃん”と呼んでいる。 “姉ちゃん”に 「可愛らしい顔してて^^」 と言ってもらえて, 化粧も何もしていない わたしの素顔なのに,お世辞であったとしても有り難い。
曾祖母は, 『あすかか?』 と,ぱっと・すぐに解ってくれた。 『げんきかえ?あすか。』との問い,正直, 嬉しかった。 手を握られた。握り返した。 曾祖母の小さく・血管の沢山浮き出た手は, わたしの手よりも,少し・冷たかった。 曾祖母はいったい,何kgなのだろう。89歳にもなれば, 32kgにもなってしまうのだろうか。相当な軽さだと,見た目でも解った。 曾祖母は,わたしの手をしばらく放さなかった。右腕の傷が痛かった…。
『慶子(祖母)はな,仏さん買うた。』 「よかったなあ。」 「また明日な。明日来るからな。」 「今日は,もうばんやから,ゆっくり寝ときや。」 『またきてや・・・』 金曜日には,デイサービスの人が来て,曾祖母の大好きな・お風呂に 入れてもらえる。らしい。
「これダレ?!」 と母が問いかけをしても違う人の名前を言う。 段々,多臓器不全になってゆくのだろう。 世界でたった一人の89歳のわたしの曾祖母。 わたしの名前をすぐに呼んでくれた。忘れもしないで・・・。 曾祖母は,元気そう。眼は虚ろだけど。
大事にしなきゃ。 「自分にかかわる全ての人を大切にせなあかんな。 何のために縁があるんか解らへんなるやんか。」 と母は帰り際の車中でぼそりと言葉を発した。
わたしの人生は短いと感じる。 なんだか,こんな自分が悲しい。とても、悲しい。哀しい。愛しい。
 しおのように,ぐったりと,眠りたい。
21:38§2004年02月03日(火)§ |