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■ 秋三題
朝、晴れた空。 出がけに、「シーツとか洗濯しておいてくれてもいいよー」と大声でひとりごちつつ行って、帰ってきたら、掛け布団カバーとシーツと枕カバーが干してあった。 ややシワシワ気味なのには目をつむろう、このさい。
昼、のい。 やっぱり母にいちばん甘えているのいは、出かけるしたくをする「おかあさん」の足元で、おなかをみせてごろんと横たわる。これはたぶん「遊ンデー」のしるし。 横たわったのいを見て父は「疲れとるんじゃないのか」と言った。心配性も極端までいくと笑えるが、しかし、父らしい。 母が準備を終えるまで寝室のドアの前で座って待っている。 階段を下りようとする行く手をはばむ。これは「遊ンデー」と「行ッタラ嫌ー」のミックスと解すべきだろう。 父も母も祖母もHもみんないるので、のいはおしゃべりだ。大きくなったねえ、と体重計に乗せると重さ3�圈�人間の赤ちゃんほどの重さ。 母は「こないだ、かぶ(蕪)を持ったとき」と、のいと蕪の重さ大きさとを比較していた。
Nさんは、のいの写真を見て、「秋色」だと言ってくれた。
実家でいちじくと梨をもらう。
夜、栗ごはん。 皮をむいた栗と米の割合を1対1にして炊く。確か去年も割合は同じだったと思うのだけれど、りー氏はもっと栗がたくさん入っている方がいいとのこと。 以前読んだ本に「栗ごはんは、食べているときにちょっと栗に当たるくらいの感じがちょうどいい」とあった。ゴロンゴロンなのがいい私は、ふうん、まあ、そっちの方が品はいいのかも、と思った。私ははっきりごろごろ入ってる方がいいな、とも。 家で作るのだし、食べたいように作ろう。だから敢えて2つ割にもしないで炊く。炊きあがったらいやでも実は崩れる。ごはんの中に栗が埋もれているのではなくて、栗にたくさんのごはん粒がくっついているくらいの感じがいいな。って、それじゃ「いい蒸し」だ。 栗そのものの味と食感を楽しみたいので、酒も入れず、出汁も取らず、ただ、塩だけ入れて炊く。 まめごはんは好きじゃないりー氏も、栗ごはんはおかわりして食べた(おかずが少なかったという説もあり)。
2002年10月05日(土)
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